第11話 初配信と放送事故

 デビューに向けたプロモーションは、SNSでのカウントダウン動画から始まった。


 『MV公開まで、あと3日!』

 『あと2日だよ♡』


 動画の中で、あかりはカメラに向かって無邪気に手を振る。

 その横で、私は「クールな騎士」という設定を死守するため、彫像のように直立不動を貫いていた。

 だが、あかりが「ね、紫苑ちゃん?」と首を傾げて上目遣いをしてくるたびに、私の眉間がピクリと動き、必死にニヤけ顔を耐える様子が映り込んでしまった。


 これがネット上で『騎士様、すでに姫にデレかけてない?』『表情筋が仕事してない』とプチ話題になったのは誤算だったが……まあ、本番はこれからだ。


          ◇


 そして迎えた、MV公開当日。

 19時ジャスト。デビュー曲『Sirius』のMVが全世界に放たれた。


 イントロは、重厚なストリングスと激しいギターサウンドが絡み合う、疾走感のあるシンフォニック・ロック。

 映像はモノクロに近い色調で始まる。瓦礫の山で、孤独に歌うあかり。

 そこへ、一番のサビ前で私が現れる。抜刀し、あかりに襲いかかる「見えない敵(カメラ)」を一刀両断する瞬間、世界に色彩が戻る──という演出だ。


 あかりの透明感のある高音と、私の低いハモリが重なり、サビで爆発的なカタルシスを生む。

 特に話題を攫ったのは、やはりラストシーンだった。


 崩れ落ちる天井からあかりを庇い、壁際で守る私。

 その時の私の表情──酸欠で意識が飛びかけ、潤んだ瞳で苦悶する顔──が、カメラに大写しになる。


『曲が良すぎる。神曲確定』

『右の子(あかり)の声、浄化される……』

『ラストの騎士様の顔、切なすぎん?』

『叶わぬ恋だと分かっていても姫を守る覚悟……泣ける』

『演技力化け物かよ』


 コメント欄は絶賛の嵐だ。

 私は寮のベッドでその反応を見ながら、「(ただ息を止めて死にかけていただけなのだが……まあ、あかりが可愛く映っているからヨシ!)」と自分を納得させ、裏垢であかりの映っている全フレームをスクショ保存した。


          ◇


 MV公開の興奮も冷めやらぬ20時。

 私たちは事務所の配信ブースに移動し、記念すべき第1回目のYouTube Liveを開始した。


「東堂、いい?」

 直前、璃奈マネージャーが私に釘を刺す。

「あんたは『喋らない』『笑わない』『動かない』。この三原則を守って。ボロが出るから」

「了解です。私は地蔵になります」


 カメラのランプが赤く点灯する。配信スタートだ。

 同接数はすでに1万人を超えている。


「みなさーん、こんばんわー! はじめまして、『Sirius』の西園寺あかりです!」


 あかりがカメラに向かって手を振ると、コメント欄が加速する。


『あかりちゃん可愛い!』

『天使キター!』

『動いてる! 実在したんだ!』


「えへへ、ありがとうございます……! そして、相方の……」


 あかりが私に視線を向ける。

 私はカメラを直視し、低い声で短く名乗った。


「……東堂紫苑だ」


『声ひっく! イケボ』

『顔がいい』

『笑ってなくて草』

『殺し屋みたいな目をしてる』


「今日は私たちのことを知ってもらうために、生配信をしちゃいます! まずは……これ!」


 あかりが取り出したのは、二本のペンライトだ。

 一本は淡いピンク、もう一本は深い紫色。


「私たちのイメージカラーが決まりました! 私は『パステルピンク』!」

「……私は『バイオレット』だ」


 私は紫色のペンライトを灯し、あかりのピンク色の光にそっと寄り添わせた。


『ピンクと紫、相性いいね!』

『あかりちゃんのピンク、ぽいわー』

『紫苑ちゃんの紫、高貴な感じで似合ってる』

『並ぶとマジで姫と騎士だな』


「ふふ、嬉しい。ライブではこの色で応援してくれたら、私、すごく頑張れちゃうかも」


 あかりが上目遣いでカメラにアピールする。

 そのあざと可愛い仕草に、コメント欄が『振る!』『家にあるピンクの棒全部持っていくわ』と阿鼻叫喚になる中、あかりはスルリと私の腕に抱きついてきた。


「ね、紫苑ちゃん?」

「……ッ!」


 突然の密着。柔らかい感触と甘い香りが、ダイレクトに私の神経を侵食する。

 私は心拍数を悟られないよう、必死に「無」の表情を作り、虚空を見つめた。


『距離ちかッ!』

『初手からてぇてぇ(尊い)』

『左の人、地蔵みたいに固まってて草』

『あかりちゃん、そこ代わって』

『騎士様、役得すぎんか?』


 流れるコメントの中に、『そこ代わって』という文字を見つけた瞬間。

 私の眉がピクリと反応した。

 代わる? 誰が? この席を?

 私は無意識のうちに、カメラレンズをギロリと睨みつけてしまった。「私の聖域(ポジション)は誰にも渡さん」という、野生動物のような威嚇の眼差しで。


『ヒッ、睨まれた』

『騎士様こわw』

『ご褒美です』

『ガチ勢の目をしてる……』


 いけない。クールキャラだ。私は慌てて視線を戻し、咳払いをした。


          ◇


 そして事件は、配信後半のバラエティコーナーで起きた。

 『箱の中のお題を実行しよう!』という企画だ。


「じゃあ引くねー……じゃん! これ!」


 あかりが引いた紙には、無慈悲にも**『ポッキーゲーム』**と書かれていた。


「却下だ」

 私は即座に反応した。

「えー、やろうよぉ。紫苑ちゃん、怖い?」

「怖くはないが……衛生面とか、教育上の配慮とか……」


 私がしどろもどろに拒否しようとするが、あかりは既に箱からポッキーを取り出し、端を咥えてスタンバイしていた。

 やる気満々だ。この子、たまにこういう小悪魔的なところがある。


『やれ!』

『逃げるな騎士様』

『事故れ(願望)』


 逃げ場はない。

 私は覚悟を決め、震える唇でポッキーの反対側を咥えた。


 スタートの合図と共に、あかりがサクサクとポッキーを齧りながら進んでくる。

 近い。睫毛の一本一本まで数えられる距離。

 あかりの瞳が、いたずらっぽく笑っている。


(無理無理無理! これ以上近づいたら、私の唇があかりの聖域に触れてしまう!)

(というか、私の汚れた呼吸があかりの顔にかかっているのでは!? CO2排出量規制に引っかかる!)


 限界だった。

 あかりの顔があと数センチに迫った瞬間、私の脳内防衛本能が暴走した。


 ──緊急回避!


 私は勢いよくポッキーを噛み砕き、マッハの速度で頭を後ろに引こうとした。

 だが、あかりもまた、私を逃がすまいと前に踏み込んでいたのだ。


 ゴチンッ!!


 鈍い音がスタジオに響いた。

 私の額と、あかりの額が、正面衝突した音だ。


「いったぁ……」


 あかりが涙目になり、おでこを押さえてうずくまる。

 その瞬間、私の中から「クールな騎士」という人格が消滅した。


「あ、あかり!? すまない! 大丈夫か!?」


 私は椅子から転がり落ちるようにして、あかりの顔を覗き込んだ。


「見せてみろ! 赤くなってるじゃないか! どうしよう、跡になったら……! 氷! 誰か氷を! いや救急車か!?」

「だ、大丈夫だよ紫苑ちゃん、ちょっとぶつけただけだし……」

「大丈夫なわけあるか! 国宝に傷がついたんだぞ! くそっ、私の石頭め! 割れろ! 今すぐ粉砕しろ!」


 私は自分の頭を拳でポカポカと殴りながら、半泣きであかりのおでこをフーフーと吹き始めた。

 完全に「過保護すぎる親」か「パニックになった彼氏」の姿である。


『wwwwwwww』

『騎士様、キャラ崩壊してて草』

『あんたもこっち側の人間かよ‪だろ笑』

『過保護すぎて引くレベルw』

『国宝てwww』

『クールかと思ったら、ただのポンコツ愛重(あいおも)勢だった』

『推せるwww』


 コメント欄は大草原(草生えまくり)。

 璃奈マネージャーが慌てて「カメラ切って!」とジェスチャーをし、配信画面がプツンと途切れた。


 静まり返ったブース内。

 私はあかりのおでこに手を当てたまま、ハッと我に返った。


 ……あれ?

 私、今、全世界に向けて何を晒した?

 クールな騎士? ミステリアスな相棒?


 いや、今の私はどう見ても──「推しに頭突きをかまして発狂した不審者」だ。


「……あ、しまった」


 私の絶望的な呟きが、虚しく響いた。

 こうして私の初配信は、華麗なるキャラ崩壊と共に幕を閉じたのだった。

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