第10話 サインの魔改造と、模範的インタビュー
デビューに向けた準備は、着々と、そして怒涛の勢いで進んでいた。
今日のミッションは二つ。
「イメージカラーの決定」と「サインの考案」。そして午後からは初の雑誌インタビューが控えている。
「まずはカラー決めよっか。ペンライトの色ね」
事務所の会議室で、璃奈マネージャーがカラーチャートを広げた。
「西園寺ちゃんは、やっぱり暖色系かな?」
「うん。私、ピンクがいい! ふわふわした薄いピンク!」
「OK。あかりちゃんの雰囲気そのままだね。じゃあ東堂は……」
璃奈さんが私を見るより早く、あかりがビシッと指差した。
「紫! 紫苑ちゃんは絶対、かっこいい紫がいい!」
「……あかりがそう言うなら、異論はない」
私は静かに頷いた。
あかり(ピンク)の隣に立つ紫。悪くない。むしろ、あかりの可愛さを引き立てる背景色として最適解だ。
「よし、決まり。次はサインね。これ、色紙。考えてみて」
渡された真っ白な色紙と、太いマジック。
その瞬間、私の背筋に電流が走った。
(来た……!)
サイン。それはアイドルにとって自らの象徴(アイコン)。
実は私には、中学二年生の頃、授業中にノートの端で密かに練習し続けていた「オリジナルサイン」のストックが30パターンほど存在する。
当時は「もし自分が有名になったら」という痛々しい妄想だったが、まさか伏線回収する日が来るとは。
「東堂、書けた?」
「……はい。こんな感じでどうでしょう」
私は迷いなくペンを走らせた。
『Shion』の文字を崩し、Sの字を鋭い剣に見立て、最後に小さな星マークを添える。
流れるような筆致。無駄のないフォルム。数年間の妄想の集大成だ。
「……うわ、すご」
璃奈さんが色紙を見て引いている。
「あんた、なんで一発書きでこんなプロっぽいサイン書けんの? デザイナー入ってる?」
「いえ……なんとなく、書きやすい形を追求したらこうなりました」
嘘だ。数学の授業時間を全て犠牲にして開発した努力の結晶だ。
だが、そんな黒歴史は墓場まで持っていく。私は「才能あるクールキャラ」の顔をしてペンを置いた。
問題は、あかりだった。
「できたぁ! 見て見て、うさぎさん!」
あかりが満面の笑みで見せた色紙。
そこには、ドロドロに溶解したスライム……いや、呪いの紋章のような歪な図形が描かれていた。
「…………」
会議室が静まり返る。
あかりには天性の歌声とルックスがあるが、どうやら「画伯」の属性まで持っていたらしい。
これをファンの前で書いたら、呪術グッズとしてネットで高値で取引されてしまう。
無論、その時はいくら出してでも私が買い取るが。
あかりが生み出したものなら、たとえ呪いの紋章だろうと私にとっては聖遺物だ。誰にも渡すつもりはない。
「……あかり。ちょっと、貸してくれるか?」
私は優しく声をかけ、あかりの背後に回った。
そして、ペンを持つあかりの右手を、後ろからそっと包み込むように握る。
「え、紫苑ちゃん……?」
「力が入りすぎている。もっと手首を柔らかくして……こうだ」
あかりの体温を手のひらに感じながら、私は彼女の手を誘導した。
『Akari』のAをうさぎの耳に見立て、丸みを帯びたラインを描く。
「わぁ……! すごい、可愛いうさぎさんになった!」
「うん。あかりには、こういう柔らかい線が似合う」
上目遣いで私を見上げるあかりの顔が近くて、心臓が跳ねる。
だが私は保護者だ。動揺を見せてはいけない。
完成した二つのサイン──鋭利な剣のような私のサインと、丸く愛らしいあかりのサイン。
並べてみると、不思議とバランスが取れていた。
◇
午後。私たちは都内のスタジオで、アイドル雑誌のインタビューを受けていた。
「──なるほど。お二人は幼馴染なんですね」
記者の男性が、興味深そうにメモを取る。
「はい。家の窓からお互いの部屋が見える距離で、幼稚園からずっと一緒です」
「へぇー! それはすごい。運命的ですねぇ」
記者のペンが走る。
記事のネタとしては美味しいだろう。だが、私たちの関係はそんな安っぽい言葉では括れない。
「では、お互いの『好きなところ』を教えていただけますか?」
定番の質問が来た。
私は即座に脳内で回答を用意した。
(存在そのものです。あかりの細胞一つ一つの配列が奇跡的であり、特に笑った時にできる左頬のえくぼは世界遺産に登録されるべきで──)
「……東堂さん?」
「っ、失礼しました」
危ない。5000文字ほど早口で喋るところだった。
私は咳払いをし、クールな仮面を被り直す。
「……笑顔、ですかね。彼女が笑うと、場が明るくなるので」
「おお、クールな騎士らしい回答! 西園寺さんは?」
話を振られたあかりは、少し照れくさそうに指先をいじり、それから真っ直ぐに私を見た。
「紫苑ちゃんは……私の、お守りなんです」
「お守り?」
「はい。私が怖い時も、不安な時も、紫苑ちゃんが隣にいてくれるだけで、無敵になれるんです。……だから、紫苑ちゃんのいない世界なんて考えられません」
あかりの言葉に、スタジオの空気が少しだけ甘くなった気がした。
……重い。だが、その重さが心地いい。
公共の電波(雑誌)に乗せて、特大の愛をぶつけられている。
「素晴らしい信頼関係ですね……! では最後に、デビューに向けて相方へ一言お願いします」
記者が締めの質問を投げかける。
あかりは私の袖をちょこんと摘み、潤んだ瞳で見上げてきた。
「紫苑ちゃん。私をアイドルにしてくれてありがとう。……これからもずっと、私だけを見ててね?」
──破壊力(ダメージ)、計測不能。
私は平静を装うために、膝の上で拳を固く握りしめた。
そんな顔で頼まれたら、断れるわけがない。
私はあかりの瞳を見つめ返し、腹の底から湧き上がる誓いを言葉に乗せた。
「……うん。約束する」
私は短く、けれど重く告げた。
「私が盾になる。どんな敵が来ようとも、あかりには指一本触れさせない。……だから、あかりは前だけを見て歌えばいい」
「わぁ……!」
記者が感嘆の声を上げた。
あかりの耳が赤くなっているのが分かる。そして私も、耳が熱い。
後日発売された雑誌には、二人のツーショットと共に、こんな見出しが踊っていた。
『大型新人現る! 魂の共鳴(ユニゾン)、相思相愛の騎士と姫』
相思相愛。
その四文字を見た瞬間、私はコンビニの雑誌コーナーで変な声が出そうになり、必死に口元を押さえたのだった。
そして、震える手で棚にある雑誌を何冊か鷲掴みにすると、レジへと向かったのだった。
保存用、観賞用、布教用、予備の予備……よし、全部買おう。
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