12・きみはおれだけの天使さま


 神童と呼ばれていた中学生の頃、おれは自身の有能さだけを信じていた。クラス内のいじめを解決出来るのはおれだけで、それで皆が救われると疑わなかった。

 だが、おれの介入は逆に標的だった同級生を追い詰め、彼は学校に来られなくなった。助けたつもりが、彼を傷つけたのはおれ自身だった。その日から胸に残ったのは「おれは無能だ」という呪いだけだった。

 その呪いを抱えたまま大人になったおれは、共同発表のスライドで“致命的なフォント崩れ”を見落とし、図書館の地下書庫へ逃げ込んだ。子どものように泣き崩れていたその時、きみは現れた。


「神代先生は、責任感の強い立派な方なんですね」


 おれの全てを肯定してくれた、ただひとりの人。その言葉は呪いの底に光を落とした。

 ああ、彼女はおれの天使だ。



 仕事の間に暇さえあれば地下書庫へと通い、彼女がやって来るのを待った。

 毎日欠かさずメッセージアプリで何度もプロポーズした。彼女の勤め先である図書館を知ると、足繁く通った。

 彼女は困ったように笑っておれのプロポーズ断り続けたが、決しておれ自身を拒否しなかった。

 そんな日々が数カ月続いたある日。いつもの地下書庫で、彼女は静かに言った。


「神代先生。今日はわたしがあなたのプロポーズを断り続ける理由をお話ししますね」


 彼女の顔はいつになく真剣で、おれは息を飲んだ。


「わ、わかった。どんな理由でも……おれがきみを諦めるわけがないけど……聞くよ」


 彼女は深く息を吸い、おれをまっすぐ見つめた。


「わたしは、極道……組長の娘です。あなたと結婚すれば、ご迷惑をおかけします。だから……神代先生とはお友達のままでいたいんです、」


 彼女の精一杯の告白はひどく現実離れして聞こえた。けれど、おれの反応は単純だった。


「……? ええと……それがどうして“結婚できない理由”になるんだい?」


 気づけば、震える手で彼女の手を掴んでいた。


「きみが組長の娘だろうと、宇宙人だろうと関係ない。おれが求めているはあの時、おれの全てを“立派だ”と言ってくれたきみの存在なんだ」


 言葉があふれた。涙も止まらなかった。


「おれは無力で無能な人間だ。だけど、きみと一緒にいることだけは絶対に諦めたくない。おれにはきみが必要なんだ! きみがどれたけ嫌がっても……絶対に離れないよ。だからお願いだ、おれと一緒になってくれ……っ! きみが好きなんだ!」


 通算1862回目のプロポーズはいつも通り懇願のであった。

 だがしかし、今回は彼女の反応が違っていた。いつもは直ぐにNOを突きつけてくる彼女が──泣いていた。


「神代先生はわたしの背景は関係なく、“わたしそのもの”を好きだと言って下さるんですね」


 彼女はおれの手を握り返し、そのまま胸元へ顔を預けてきた。


「……わたしも神代先生が好きです。わたしをわたしとして見てくれるあなたが大好きです。……わたしもあなたとずっと、一緒にいたいです」


 その瞬間、全身から力が抜けてきみを抱きしめて床に崩れ落ちた。そしてわんわんと泣いた。

 ああ、こんなにも幸せでいいのだろうか? いつかきっとバチがあたるかもしれないが、彼女が一緒ならそれもきっと乗り越えられるに違いない。

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