10・きみとおれの極上バスタイム


 夕食の席で宵子よいこの様子がいつもと違うことに気がついた。

 彼女は目を合わせるとすぐに逸らし、そわそわとして落ち着かない様子だ。


​「……宵子、どうしたんだい? 何かあったの?」


 むくむくと不安が生じて訊ねると、彼女は頬をほんのり赤らめた。そしてもじもじとしながら切り出した。


​「あの……素敵な入浴剤を買ったので、今日は一緒にお風呂に入りませんか?」


 ​宵子がおれを風呂に誘う。これは夜の営みに誘っているのと同義だ。

 おれなんかを誘う為にこんなにも緊張して、頬を赤らめているのか……。

 ​そのかわいらしい事実に胸がキュンと締め付けられ、同時に宵子がおれを求めてくれていることに安堵を覚える。


​「ああ、もちろん。喜んで」


 ​おれが了承すると、宵子は花が咲いたように微笑んだ。


 ​浴室に入り、互いの髪や体をじゃれあいながら洗った後、湯を張った浴槽へと足を入れた。

 宵子は遠慮がちに浴槽の隅で小さくなっている。


​「宵子、こっちへおいで」


​ 宵子の細い手首を掴み、脚の間に座らせる。おれの胸に背中を預ける彼女ははにかんで俯く。


​「……温かいですね。それにいい香り」


 ​安心したように息をはく宵子のうなじが、鼻先に近い。その白い肌には、先日おれがつけたキスマークと歯型がはっきりと残っている。

 ​おれだけの痕跡。誰にも見せてはならない、おれだけの愛情表現マーキング

​ その痕を眺めていると、愛おしさと抑えきれない興奮、そして宵子は俺の所有物だという独占欲が一気に湧き上がった。

 ──このまま、ここで汚したい。


​「そろそろ出ましょうか、直央さん」


 ​宵子が湯船から出ようとわずかに身じろぎした瞬間、俺は迷わずその腰を強く掴んだ。


​「待って。……ベッドまで待てない」


​「え……でも……」


 ​宵子は浴槽の縁に手をかけ、言い淀む。


​「お願い、宵子。ここで一回だけ」


​ 宵子の胸に手を這わせる。すると宵子は小さく息を呑み、俺を見上げた。


​「直央なおかさんは、普段は弱気なのに……こういう時だけは強気です」


 たしなめるような声なのに、その奥にあるのは拒絶ではない。

 目はとろけ、まるで「もっと強くして」とねだっているみたいだ。


「そんなおれは……嫌い?」


 問いかけると、宵子の頬が一層赤くなるのは湯のせいだけではない。


​「……好きです。……でも、…手加減してくださいね」


 その言葉は甘えているようで、誘っているようで──心までくすぐってくる。

 うるんだ瞳を向けられた瞬間、全身が熱を帯びた。


「……分かったよ」


 そう言いながらも、胸の奥で跳ねる鼓動は抑えがきかない。

 宵子の濡れた肌の感触、香り、息遣い……その全てが俺を狂わせる。

 ──手加減は、きっと難しい。

 そう思いながら、俺はそっと宵子の肩に触れた。

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