7・きみの思考をも独占するおれ


 夕食を終え、わたしと夫はリビングのソファで寛いでいた。テレビのバラエティ番組では、新作ドラマの宣伝が行われている。

 ​わたしはテレビ画面に映し出された主演俳優に思わず目を奪われた。

​ 何故なら彼はわたしの小説の新しい登場人物のイメージにぴったりだったからだ。

 ​精悍な顔立ち、少し皮肉っぽい笑顔、そしてその話し方。今まさに詰まっているシーンの助けになりそうだ。

 わたしは資料を覚えるように、その俳優の細かな表情や仕草をまじまじと見つめた。


​「……宵子」


 ​低い声が耳元で響いた。

 ​次の瞬間、両頬が大きな手のひらで優しく包まれ、顔の向きをそっと変えられる。


​「今……今、あの俳優に夢中になってたよね?」


 ​直央さんの瞳は、早くも涙の膜で覆われていた。


​「……お、おれなんかより、ああいういかにもかっこいい男が好きなのかい? 」


 ​直央さんは、まるで世界の終末が来たかのように顔を歪ませる。そしてその声は震えていた。


​「……駄目だ。駄目だよ、宵子。きみはおれの妻だ。おれみたいな無能で、頼りなくて、すぐに泣いてしまう男なんかに好かれてしまったきみは気の毒だけど……諦めてほしい。きみは、おれのものなんだ……っ!」


​ 直央さんの自己否定と独占欲の入り混じった言葉に、思わず笑ってしまった。


​「直央さん、何を言ってるんですか。落ち着いて下さい」


​ 掴まれた頬はそのままに、首だけを傾けて直央さんに微笑みかける。そしてリモコンを手探りで掴んでテレビの電源を切った。


​「わたしがかっこいいと思うのも、好きなのも、直央さんだけです。あの俳優さんを見ていたのは、小説の登場人物の参考にしていただけですよ。わたしはあの俳優さんの名前も知りません」


 ​わたしが理由を告げると、直央さんは小さく頷いて納得した──ように見えたのだが……。


​「……それじゃあ、きみは……、」


 ​彼はわたしの瞳を深く覗きこみ、息を吸う。


​「小説を書くたびにあの男を思い出すの?  あの男の仕草を、声を、姿を、おれのいない場所でも何度も何度も思い出すっていうのかい?」


 ​彼の声は泣き声ではない。むしろゆっくりと沈んでいくように低い。


​「それは嫌だ……。きみは、おれのことだけをずっと考えていてほしい。おれのことだけを思って生きてほしい」


 ​直央さんは顔から手を離すと、わたしを強く抱きしめる。


​「直央さん……」


 ​わたしは大きな体に包まれながら、優しく彼を抱きしめ返す。


​「はい、大丈夫ですよ。わたしは何をしている時でも直央さんのことを考えて、大切に思っています」


 ​だって直央さんは、こんなにも繊細で、こんなにも不安がりなのだ。

 わたしがほんの少しでも彼を忘れてしまったら、またすぐに泣き出してしまうだろう。 だからわたしは彼のことを片時も忘れたりなんてしないのだ。

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