6・きみの魅力はおれだけのもの


 夕食後のことだった。

 いつものようにソファで寛いでいると、隣で紅茶を飲んでいた妻がふと真面目な顔でおれを見た。


​「直央なおかさん。何かわたしに隠してることはありませんか?」


 ​おれは一瞬心臓が跳ねたが、直ぐに冷静になる。

 今まで何度も情けない姿を彼女には見せてきたが、隠し事なんてことは絶対にしない。そもそも不可能だ。

 おれはおれの全てを彼女に委ねていて、彼女にはおれのことは何でもお見通しなのだから。


​「おれに隠し事なんてあるはずないじゃないか。宵子よいこ、何を言っているんだ?」


 ​そう言い返すと宵子は優しく、だが確信を持って微笑んだ。


​「そうですか。ではのお知らせはどこへいきましたか?」


 ​その一言で血の気が一気に引いて、体が固まる。


​「……っ、」


​「やはり知っているんですね。高校の友達から同窓会に出席するかと連絡をもらったんです。ですがわたしは案内を見ていません。……直央さんは以前も同窓会のお知らせを隠した前科があります」


 ​宵子は問い詰めるというより、真実を静かに確認しているだけだ。その優しがおれの罪悪感を深く抉る。


​「怒りませんから、正直に話して下さい」


 ​その言葉に抗えなかった。


​「……ご、ごめん、宵子! ごめんなさい……っ」


 おれはソファから飛び降りて、宵子の足元に縋りつく。そして泣きながら真実を告白した。


​「同窓会のお知らせは、おれがこっそりと捨てたんだ……っ!」


​「……どうしてそんなことをしたんですか?」


​「……どうしてって……決まっているじゃないか! 同窓会に行ってきみが当時の恋人や、憧れの人に再会したらどうするんだ! きみの心がおれからそっちに移るのが……おれは、おれは怖いんだ!」


 ​おれは顔をくしゃくしゃにしながら、宵子の手を握りしめた。


​「そんなことになったら、無能で頼りなくて、取り柄のないおれなんてどうせきみに捨てられる! おれは不安で……心配で……夜も眠れなくなるんだ……っ!」


 ​おれの告白に、宵子は呆れたように溜息をつく。


​「直央さん……、前から言ってますよね? わたしは小学校から高校までずっとですよ?」


​ そんなこと勿論知っている。


​「女子校だって関係ない! 性別なんて関係ないんだ!」


​ 宵子の肩を掴んでおれは泣きながら力説する。


​「きみはおれと違ってそんなことを気にするような狭量な人間じゃない。……それにきみの魅力は男女どちらも惑わせる危険なものなんだ! もし……きみが誰かと再会して……おれから心が離れていったらどうするんだ……っ!」


​ 宵子はしばし言葉を失っていたが、やがて優しくおれの涙を拭った。


​「相変わらず直央さんの想像力はすごいのですね。……でも安心してください。そもそもわたしは同窓会に行くつもりはありませんでした」


​「え……?」


​「仲の良い友達とは今も連絡を取り合っていますし、時間が合えばお茶にも行っていますので改めて同窓会に行く理由もないんです。それに……」


 ​彼女は真剣で、慈愛に満ちた眼差しでおれを見つめる。


​「わたしが最も大切にしたいのは、直央さんの心です。 あなたを不安にさせてまで行く同窓会に何の価値もありませんよ」


 ​その言葉はおれの心臓の最も深い部分に突き刺さる。そしてそこから溢れる極上の安堵。

 ​もう我慢は出来なかった。宵子の唇に涙で濡れた自分の唇を強く押し付けた。

 ……ああ、やっぱり宵子には何でもお見通しだ。彼女はおれの不安を吹き飛ばしてくれる言葉を、行動を全て知ってくれている。

 こうしておれはまた彼女の魅力に堕ちていくのだ。



※リア友より頂いたアイディア【同窓会】を採用させて頂きました。ご協力ありがとうございます。

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