3・きみが認めるまで離さない
休日の午後。
ダイニングに差し込む柔らかな日差しの中で、わたしは趣味の執筆に集中していた。
キーボードを叩く音だけが静かな室内に響いている。
話の展開に行き詰まり手を止めた時、ふと自分に向けられる視線に気がついた。
振り向くと、そこには隣接するリビングのソファで分厚い専門書を読んでいたはずの夫の姿があった。
何やら神妙な面持ちだが、一体いつから後ろに立っていたのだろうか?
「
そう問いかけるも、彼は専門書をぎゅっと抱きしめて視線をきょろきょろと動かすだけ。
首を傾げると、口を開いたのだが、
「ええと……その、」
と要領を得ない。
すると彼は恐る恐るといった風に右手を伸ばしくると、人差し指と親指の先で遠慮がちにわたしの服の袖をちょんと引っ張った。
なるほど、彼はわたしに構ってほしいのだ。
自分は本を読み終えたのでわたしと話がしたい、でもわたしの趣味の邪魔をしたくはないと直央さんは葛藤している様だ。
ちょうど行き詰まっていたところだし、わたしは保存ボタンを押してパソコンを閉じる。
「ふふ、声をかけてくださったらよかったのに」
そう言うと、彼の顔は嘘みたいにパッと晴れやかになった。
それがかわいくてかわいくて、ついわたしは言ってしまった。
「本当に直央さんはかわいいですね」
悪意はない。わたしにとっては好意的な感想だったのだが、直央さんはムッと唇を尖らせて子どものようにふてくされる。
「おれがかわいいだって? それはとんだ侮辱だよ。……おれはきみにはかっこよくて、頼りがいのある男だと思われたいんだ」
そうは言うが、いつもの彼の姿を思い起こすとそれもなかなか難しいものがある。
それよりもふてくされている直央さんがかわいくて、意地悪な気持ちが芽生えてしまった。
「う〜ん、それは難しいですねぇ」
冗談めいた口調で言うと、夫の瞳はみるみるうちに涙の膜で覆われていく。
あ、これは調子に乗りすぎた。そんな後悔をして直ぐに訂正しようとするも、その前に直央さんが動いた。
「そ、それなら……おれがかわいくないってことをきみに分からせる必要があるね。……うん、そうだ」
いつもの泣き崩れる寸前の表情から一転し、潤んだ瞳の奥には強い光が宿っている。
「……こ、言葉よりも行動。その体にしっかりと、おれがかわいくないってことを教え込んであげるよ」
つっかえつっかえ言いながら、直央さんはわたしの体を持ち上げる。
「え? あ、教え込こむ、ですか?」
一体何をされるかが分からずパニックになっていると、彼が寝室に向かっていることに気がつく。
「ちょっ、直央さん! 今はまだ昼間で……!」
夫の言葉の意味に気がついて慌ててその肩を叩くも、直央さんは泣きだしそうな顔でにっこりと笑う。
「大丈夫だよ、今日は
寝室の扉が閉まり、ベッドの上へとおろされる。
ああ、わたしはどうやら彼の甘い束縛から逃れることは出来ないようだ。
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