第十二話『青年と再訪』

 ダンジョンまでの道のりは、思っていたよりも早く感じた。

木漏れ日が揺れる階層を抜け、夜のような通路を進み──


 そして──再び、あの広間へと戻ってきた。


 中央には、頭のないヘビーローズが、以前と変わらず崩れたまま横たわっていた。

あれほど見るだけで背筋が凍った姿も、今は、ただの大きな残骸だ。

周囲には魔物の気配はなく、ひっそりと静まり返っている。


 僕はヘビーローズのそばをそっと歩く。

蔓はすっかりぼろぼろ、あの鮮やかだった花弁も色を失い、見る影もない。


 不思議な事に、頭はどこにも見当たらない。

ヘビーローズにやられていたチュウルとカプリコットの姿もない。


 大蛇部分の断面に目を落とす。

ぐにゃりとした肉の折り重なり。

自分が斬ったとはいえ、まじまじと見られるものじゃない。


 …………?


 ……今、動いた?

 気のせい、だよね。


 頭を振り、気分を切り替え、外周を歩き始める。

広間の端から端まで視線を走らせ、石壁の影まで丹念に探す。



 「お宝……あったりしないかな」



 そのとき──


「……あっ」


 あった。

ひっそりと置かれた、まだ誰にも開けられていない宝箱。


 胸が高鳴り、思わず走り寄ってしまう。

 金具に触れた指がひんやり冷たくて、鼓動が余計に大きくなる。


 そっと蓋を開ける──



 キラッ、と赤紫マゼンタの光が跳ねた。


 箱の中には、手のひらにちょこんと乗るダイヤ型の宝石と、青い布がきちんと収まっていた。

布をそっと持ち上げると、それはフード付きのショートマントだった。

留め具には、あの時手に入れた短剣と同じマゼンタの宝石がはめ込まれている。


「えっ……! 短剣と同じ宝石ついてる!

 これ……絶対セットだよね!?」


 胸が高鳴り、思わず声が出てしまった。

 こんなの、テンション上がらないわけがない。


 すぐに肩へかけ、留め具をカチリと止める。

マントが軽く揺れ、視界の端で青がふわりと踊った。


「へへ……かっこいい、かも……!」



 ひとしきり満足してから、広間の隅々まで探してみたけれど、それ以上は何も見つからなかった。

やっぱり、このダンジョンはヘビーローズの階層で終わりらしい。


 帰るために残骸の横を通ったとき、ふと足が止まる。


 ──さっき、動いてたよね……?


 気になって断面を覗き込む。

 最初は肉の色だと思っていたけれど、よく見ると違う。

 半透明で、赤黒いゼリーのような、どろりとしたものが詰まっている。


 触れたら指が沈みそうな質感。

 スライムの中身と肉の中間みたいな……そんな、嫌な感じ。


「……ちょっと気持ち悪いな」


 背中にゾクゾクする感覚が走って、自然と一歩下がってしまった。

 触らぬなんとか、ってやつだ。

 余計なことは考えないようにしよう。


 気を取り直して来た道のほうへ向き直る。


「……よし、行こう!」


 マントをはためかせて駆け出す。

そのたびに留め具の宝石がちいさく光り、

気持ちも足取りも、まるで新しい装備に背中を押されているみたいに軽かった。

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