第四話『青年と大蛇』

 僕は大蛇と対峙する。

 怯んではいられない。


 幸い、さっき拾った短剣がある。

スティレットとは違い、刃がついている……

大蛇の首だって、うまく決まればいける。


 考える暇もなく、茨が鞭みたいにしなって襲いかかってきた。

僕は身体をひねり、かがみ、地面を滑るように避ける。

こういう動きだけは、昔から得意なんだ。


「……フル・シルヴィ!」


 速度強化フルシルヴィの魔法を唱えると、

世界の動きが一瞬だけ遅く見えた。

風になったような感覚が背中を押す。


 今だ──!


 地面を蹴り、大蛇へ一直線に突っ込む。

狙うは首一点。


「フシャアアアアアアァァ!!」


 白蛇が鋭く頭をひねり、刃は狙いを外した。

浅く横を裂いただけ……だけど赤い血が弾ける。


「……よし、効いてる!」


 逃げようと思ってたのに、胸が熱くなる。

短剣の切れ味にテンションが上がってしまうなんて……我ながら単純だ。


 速度魔法フルシルヴィが残っているうちに背後を取ろうと踏み込む。


 だけど──


 大蛇も必死だ。


 花の根元から、一斉に蔓が伸び上がる。

棘だらけの茨が天井へ突き刺さり、視界を埋めていく。

まるで大蛇を守る巨大な檻だ。


「う、わっ……!」


  縦横無尽に振り回される茨。

棘の先端から液体が飛び散るのが見えた瞬間、背筋がぞくりとした。

 理由なんてわからない。

でも、本能だけは叫んでいる。


 ──あれは絶対に触れちゃダメだ。


 僕は縮こまって転がり、茨の隙間をすり抜ける。

どうしても避けきれない軌道だけ、短剣で切り払った。

背中を冷たい汗が伝う。


 くっ……! 近づけない……!


 それでも後ろへは戻れない。

むしろ、不思議と負ける気がしなかった。

こういう時、腹が据わるのが僕なんだ。


 短剣を握り直し、息を整える。

茨の合間……一瞬だけ首を狙える場所……


 どこか……

 どこか……

 ──あった! あそこしかない!


 僕は地面を蹴り、矢みたいに跳ね上がった。


 狙いはひとつ。

白い首の中心──!


 ──ヒュウゥッ!


「──っ!!?」


 太腿に鋭い痛みが走る。

な、なんで……? つよい風……?


 大蛇の周りの空気が渦を巻き、僕の軌道をわずかにずらした。

そのずれで、伸びた茨の棘が太腿をかすめた。


 でも……外さない。

こんなところで引けるものか。


 短剣を首へ突き刺し、そのまま横へ引き裂く。

ずぶり、と骨を断つ重い感触が手に伝わる。

 大蛇は悲鳴もあげられず、最後の痙攣のように頭を天へ伸ばした。


 僕は大蛇の首元を足場にして飛び降り──

着地しようとして……足がもつれ、そのまま地面へ転がり落ちた。

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