第2話*銭湯の空気を凍らせた一言、そして溶かした一言。



***


### タイトル:『番外編:銭湯の桜吹雪と、恐れを知らぬ少年』


あのスーパーカー事件から数日後。

例の少年は、父親と一緒に近所の銭湯に来ていた。


カポーン、という桶の音が響く平和な男湯。

親子並んで湯船に浸かり、一日の疲れを癒やしていた、その時だった。


**ガラガラガラッ!**


脱衣所の引き戸が勢いよく開き、一人の男が入ってきた。

筋骨隆々の肉体。そしてその背中一面には、見事なまでの**「遠山の金さん」ばりの桜吹雪**が咲き乱れている。

その筋(すじ)の方だ。誰がどう見ても、カタギではない。


浴場の空気が、一瞬にしてマイナス20度くらいに凍りついた。

他のお客さんたちは、あからさまに見ないようにしつつも、背中で震えている。

(やばいよ、やばいよ……!)

全員の心の声が一致した。


しかし、この静寂を切り裂く「あの声」が響き渡った。


**「うわああ~!! さくら吹雪だぁ~!! カッコいいーー!!」**


湯船にいた少年が、キラキラした目でその背中を指差して叫んだのだ。

父親の顔から、サァーッと血の気が引いていく。

(バカッ! お前、何言ってんだ!? 死ぬぞ!?)


父親は息をするのも忘れて硬直した。

周囲の客も「終わった……」という顔でタオルを握りしめている。


刺青の男が、ゆっくりと振り返った。

鋭い眼光が少年を捉える。

父親が必死で謝ろうと口を開きかけた、その時。


男は意外そうな顔をして、自分の肩の桜を見、そして少年に向かってニカッと笑った。


**「ん? ああ? ……そうか? ありがとな、坊主! 褒めてくれてよ!」**


男は大きな手で、少年の濡れた頭をガシガシと豪快に撫でた。

そして、注目を集めすぎたのを気まずく思ったのか、それともただ照れくさかったのか、男は身体も洗わずに、足早に脱衣所へと戻っていった。


**ガララッ……パタン。**


再び静寂が戻った浴場。

父親と他のお客さんたちは、深いため息と共に、へなへなと湯船に沈んでいった。

少年だけが、「カッコよかったね!」と無邪気に笑っていた。


(完)

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