『表参道の悲劇~カッコいい俺とダサい俺~』*

志乃原七海

第1話『5秒間のヒーロー、そして転落』



***


### タイトル:『5秒間のヒーロー、そして転落』


週末の表参道。天気は快晴。

俺の愛車、納車されたばかりのイタリア製スーパーカーのボディが、陽の光を浴びてギラギラと輝いている。


信号待ちで停車した瞬間、その低いエンジン音が周囲の視線を集めた。

優越感に浸りながらハンドルを握っていると、歩道から甲高い声が響いた。


**「うわーっ!すっげー!お兄さんのクルマ、スーパーカーだ!!」**


声の主は、5歳くらいの男の子。

母親の手を振りほどく勢いで、俺のクルマを指差して目を輝かせている。

そのあまりの興奮っぷりに、信号待ちをしていた周囲の歩行者やドライバーたちからも、ドッと笑いが起きた。悪い笑いじゃない。平和な笑いだ。


**「こらっ! 指ささないの! すみません、本当にすみません!」**


母親らしき女性が慌てて男の子の手を引っこめさせ、俺に向かって何度も頭を下げている。

俺は余裕たっぷりにパワーウィンドウをウィーンと下げ、サングラス越しにニカッと笑って見せた。


**「へへっ、サンキューな! 坊主、見る目あるぜ」**


男の子は憧れの眼差しで俺を見ている。

俺は今、この交差点の主役だ。間違いなくカッコいい俺。

最高の気分だ。……そう思った、次の瞬間だった。


**ドガァァァーーーン!!!ガッシャァァーン!!**


ものすごい衝撃が背後から走った。

世界が揺れた。

俺の首もガクンと揺れた。


一瞬の静寂。


何が起きた?

サイドミラーを見るまでもない。

俺のスーパーカーの美しきヒップラインが、後ろの軽トラに見事にカマを掘られている。無惨にひしゃげたバンパーの音が、パラパラとアスファルトに響いた。


あまりの事態に、俺も、母親も、周囲のギャラリーも凍りついた。

さっきまでの「カッコいい空気」が、一瞬で「事故現場」へと変貌する。


その凍りついた静寂を切り裂いたのは、さっきまで俺を英雄視していたあの男の子だった。

彼は、ひしゃげた俺の愛車と、呆然とする俺を指差して、腹の底から叫んだ。


**「だっっっっせぇぇーーーーー!!!」**


**(えっ……!?)**


俺は耳を疑った。

まさか。嘘だろ?

さっきまで「カッコいい」って言ってたじゃないか。

カマ掘られたのは俺のせいじゃないぞ? 被害者だぞ?

百歩譲って「かわいそう」とかじゃないのか?


**「だっせー! お兄さん、だっせー!!」**


子供の残酷なほどの純粋さが、俺の心臓にトドメを刺す。

周囲のギャラリーを見渡すと、全員が「笑っていいのかどうかわからない」という、極めて苦しい苦笑いを浮かべていた。


俺は静かにウィンドウを閉めた。

スーパーカーの中で、俺は誰よりも小さくなっていた。


(完)

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