マシュマロのきみ

一番最初は素敵な門出にしたい。


そう思ったから、まず君の話に決めた。

毎日一生懸命を頑張ってる君の話。


私には好きな人がたくさんいるけれど、その中でも特に好きなのがきみだ。



君について語るために、どうしても説明しなければならないことがある。


私は吹奏楽部に所属していて、その中でコントラバスという楽器を弾いているということだ。

吹いているのではない、弾いているのだ。

コントラバスとは吹奏楽部で唯一の弦楽器、ピーナッツのようにまぁるく、人のように大きく、持ち運びが大変で、マシュマロのような優しい音が響き、君は深緑の音を奏でる。


君は濃い色で奏でる、らしい。

私は君の音色は空気の少ない高級マシュマロだと思ったけれど、別の友だちは赤だといい、後輩は深緑だと言った。

私の意見は何よりまず先に却下され、しかし赤も緑も主張が強く反発し合うため折衷案は見つからず、結局後輩の深緑が一番コントラバスとして理想的だということで、君の音は深緑になった。

でもどの色も共通しているのが、色が濃いということだ。


音の色は濃いのに、君はとても薄い。


私達コントラバスは5人いて、チューバ、ユーフォニアム、ファゴットとまとめられて低音パートに属している。

もちろんこんな扱いは低音のみだ。フルートはフルートパート、トランペットはトランペットパート、クラリネットはクラリネットパート、サックスはサックスパートだ。

全部の楽器あわせて18人で一つの部屋なんて、正直ちょっと狭いしうるさいけど、やっぱりここで良かったと思う。

金管木管、更に弦楽器が揃うのは低音パートだけ。弦楽器を受け入れられるのは低音パートだけなのだ。


そして何を隠そう、低音パートのリーダーが君だ。

パートリーダ、みんなは略してバーリーと呼ぶ。

低音パートにリーダーは二人いて、君はその一人だ。


候補にすら挙げられなかった私はどういうふうにきみがどういうふうにそれを任せれたのか知らないけれど、先輩に頼まれて、きっとやりたいと言ったんだろうと思う。

やりたくないこともついつい頷いてやってしまう君だけど、誰よりも努力できる君だから、努力の苦しさも孤独も知ってる君だから、君はわかった上で、全部ひとりでやり遂げる。


ああ、えらいな、すごいなあ。


遠目から見てすごいすごいとはしゃいでるだけの私は、悪者だろうか。

今までなんとも思っていなかったけれど、今言語化するとどうしようもなく悪者な気がする。


明日お菓子をあげよう。それで許される罪かどうかはさておき、君の笑った顔が見たい。

ここで書いていいのかわからないから名前は伏せるけど、君が好きなチョコレートのさくさくしたブルボンのお菓子でいいだろうか。

お母さんのストックを少し盗んだってばれないはずだ。明日の部活が終わったあと、一番お腹が空いた時間に渡そう。そしたら嬉しいはずだ。


君は私の前で泣かないし、怒らない。

吹奏楽部は女子の多い部活だから、部員はいろんなことで泣いて怒るけど、君はあんまりしないね。

でも君の感情はゆらゆらと揺れる。

大会前には緊張でかちこちになって、パートの人が迷子になっては慌て、悲しくて泣いてる人がいたら君も悲しむ。


でも君は怒らないし、泣かない。愚痴は吐いても、ほんとうに深い悩みがあっても私に話してくれない。


「昨日、これ以上ないほどの絶望があったから、今日はそれより悪くならないよね」


君の言う言葉はいつも優しくて好きだけど、私はこれが一番好きだ。


私と君の一番仲のいい友達二人が喧嘩をした。

それも大会前日、人数不足によって忙しくなった結果、人手が回らず、パートの中枢を担う二人が怒鳴り合いの大喧嘩をした、らしい。

どうにもこうにも状況が掴めないのは、私がその日休んでいた人の一人だったからだ。本当にすみません。元凶である。


君はそれを目の前で見て、きっと泣きたくなったんだろうけど喧嘩しちゃった子の怒鳴られたほうが泣いちゃったから、君は自分よりその子のほうが辛いはずだと思ったんじゃないかな。

自分が泣いていい場面じゃないと、そう、思ったんじゃないかな。


君は迷って困って彷徨うけど、いつも笑顔で、素敵なものを素敵という。


人の頼み事に弱くて、パーリーなのに前に立つのが苦手で、私が言えたことじゃないかも知れないけど、表現が少し独特で、それを意味のわからない場面で発揮してしまう。

連絡事項もうまく回ってこないし、弓の割り教えてくれないし、ロッカーに詰め込んだあの紙束はなんだ早くもって帰れ。

このやろうって思うときもあるけど、私は君が大好きだ。


だから私は門出に君を選んだ。

とろとろとした美味しいマシュマロの、とても甘くて、チョコレートを挟むためのクッキーは塩味がうすくてサクサクしてて、そんな音を奏でる、君が好きだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしの二割、きみの八割 @noa_0410

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る