ひまわりは死体に咲く
僕は、勇者になりたい。
弱きを助け、悪をくじき、世界を危機から救うような。
ミネラルウォーターを探す道すがら、そんなことを考えたのは、ダンジョンをさまよう幽霊族モンスターの言葉を思い出したからだ。
掲示板のおかげで、転生への希望は見えた。
とはいえ、確実に生まれ変われると決まったわけじゃない。
難易度の高い作戦になるだろうし、失敗する確率の方が高いだろう。
そして失敗すれば、サービス終了と同時に僕という存在は消滅する。すなわち死亡する。
そんな場合に備えて、生きているうちにやりたいことを頭の中で列挙していたってわけだ。
こういうのをバケットリストというらしい。
僕のプログラムに内蔵された辞書機能が教えてくれた。よく知んないけど。
小さな願いから大きな野望まで、考えた夢は 30 くらい。
そのうちのひとつが『勇者になりたい』。
ずいぶんと
非現実的だって笑われるだろうか。
だけど、ここはダンジョンが実在し、スケルトンが暴れ、ドラゴンが空飛ぶゲームの世界。
現実じゃない世界に生まれたんだ。勇者願望も僕にとっては現実的な話なんだよ、きっと。
薄汚れた民家のトタン屋根の向こう、西の空遠くに飛翔するドラゴンを眺めながら、そうひとりごつ。
「それ、ほんとぉ??」
ちょうど僕のつぶやきに被せるようなタイミングで子供の声が聞こえて、僕は思わず肩を震わせる。
え、僕に話しかけてます? そう聞き返す寸前で、別の子の甲高い声がした。
「そうだよ!博士が言ってたもん!メリイオ様が魔王の手下、ディアボロスを倒したって!」
「まじかよ!俺たちもさ、大人になったらこんな生活抜け出してさ、冒険者になろうぜ」
「いいね!そんでさ、モンスターをぶち殺しまくってさ、いつかは【勇者】になって魔王を倒すんだ!」
両手をバンザイしてはしゃぐ子供たち。
しばらくすると、また片方が「それ、ほんとぉ??」と叫び、以下、先ほどの会話が繰り返された。NPCあるある、無限ループするセリフ。
ため息をついた。
そもそもこのゲームにおいて、僕の役職はダンジョンボス。どちらかと言えば勇者に倒される側だ。
モンスター討伐のためダンジョンを訪れたプレイヤーと
だからこそ逆に、悪役のまま死ぬのもなんかなってのがあって、勇者なんかに憧れるわけだけど。
ま、なれっこねぇか。
モンスターぶち殺し宣言をする子供たちに舌打ちをしながら、ミネラルウォーター探しのため僕は歩を進める。
/
マルドゥク村、北西。ダンジョンとは別種の緊張感に満ちた街。
それが僕が今いるエリア、ブラックマーケット。
ミネラルウォーターとやらが指示していたその場所は、トンデモ治安の犯罪テーマパークみたいなとこだった。
全部の窓が破れた小屋から顔を出しているのは、人骨とか売ってる闇の素材商人。
商人がちらちらと湿った視線を向ける先には、衣服と呼べるのかも怪しいドスケベドレスに身を包んだ
路上ではゴブリンと酔っ払いが、金貨の袋をめぐって殴り合いのケンカをしている。
うへぇ、近寄りたくねえ……なんて思いながらコソコソと歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おじさんみたいなクソザコでも、つよつよになれるクスリあるよ(笑)」
振り返ると、覆面を被ったメスガキが、明らかヤバい色のポーションを手にぴょこぴょこ近寄ってきた。
商人NPCの一種か。
と、判断した根拠はメスガキがつけている猫の仮面。
商人NPCってのはアイテムを売る行商人で、【ドソグ民】という民族の人たちがやっている。
彼らは家族以外に素顔をみせないという風習があるらしく、動物のお面を被っているのだ。
ちなみに僕が住んでたダンジョン内では狸面のおっさんが商人やってた。
それにしてもこの色。
なんか虹色してるんですけど。明らかに飲んだらやばいやつでしょ。
勘だけどこのポーション、【違法薬物】ってだろう。
このゲームにも犯罪行為はある。
黒魔術に分類されるスキルの解放や建造物の破壊など、この世界にはいくつかの犯罪――正確な用語で呼ぶなら【禁忌事項】があり、それを犯した人間は【
【違法薬物】の使用もこのゲームじゃ【禁忌事項】にあたる。わざわざやる必要もないだろう。資金も余裕があるわけじゃないし、買う理由がないな。
そう思って断ろうとした瞬間、メスガキの背後から黒い影が伸びた。
「ヒャッハーーーーーーー!!!!!! 新鮮なガキ一匹、収穫ゥウウ!!!!!!」
モヒカン頭のプレイヤーが馬に乗って爆走しており、メスガキをさらってそのまま走り去っていってしまった。
「お゛?? あたしは売り物じゃないんですけどぉお゛お゛???」
メスガキの濁音まじりの悲鳴が遠ざかっていく。
あっけにとられて、思考が数秒停止する。
そうか。普通の都市エリアじゃ市民NPC への攻撃は禁止されているはずだけれど、ここは闇市。市民NPCへの攻撃も、ここじゃおとがめなしってことか。
さすがはブラックマーケット、命が安い。毎日が凶悪犯罪のバーゲンセールだな!
特殊なスキルで NPC を殺すとドロップする【人肉】は、黒魔術の素材になる。哀れなメスガキの臓物はきっと、悪魔かなんかの召喚材料にされるんだろう。
……なんて。
ぼんやり考えている場合じゃないか。
だって、この状況。
闇市でやべえ薬を売って生計を立てる可哀想な幼女。
それを攫った、いかにもな風体の男。
そして居合わせた僕。
登場人物は以上3名。ここで僕が
むっちゃ勇者じゃん。
突如湧いた思わぬ好機に、心臓が
なにより、都合がいいじゃないか。
「買ったばかりの新品の武器、試してみたいところだったからなァ!!!」
腰を落とす。姿勢を低くする。空気抵抗を極限まで減らした前傾姿勢で、僕は石畳を一気に踏み込み、ダッシュ。
「おいてけ……おいてけ……」
さっき思い出していたからだろうか。未練を残すとどうたら~とか言ってた幽霊族モンスターの口調が僕に乗り移る。
幽霊も真っ青な【勇者】への執着を原動力に、馬をも超える速度で僕は走る。
「おいてけ……おいてけ……幼女をおいてけ……そのメスガキを僕に
「な、なんだこの変態???????」
猛追する僕を見て、馬上のモヒカンプレイヤーが目を剥く。
なんでダッシュで馬を抜かせるんだよ、とでも言いたげな男を尻目に、僕はさらに加速。
民家の塀を駆け上がり、大きく跳躍した。
月光を浴びる闇市の街並みを眼下に眺めつつ、宙返り。その勢いのまま、アンクラーゲで男を背中から切りつける。
「あっぶねぇええ!!!」
慌てた男は馬から飛び降り、間一髪で刃を避ける。そして邪魔だとばかりに、脇に挟んでいたメスガキを放り投げた。
「キ、キャァァアアーーー!!!」
空中に投げ出され悲鳴を上げるメスガキ。僕は慌てて彼女を左腕でキャッチする。膝を曲げ、衝撃を殺して着地、アンクラーゲを握りしめ、すかさず男に追撃を加える。
男は腰の刀を抜き放って受け止めた。だが、攻撃が刀の耐久値を上回っていたらしい。
ヒビが入ったかと思うと、甲高い音を立てて刀は真っ二つに破断した。
一撃での武器破壊。しかもクリティカルなし。
やっぱり、今までのキル数がバフにのったアンクラーゲの威力は馬鹿にならない。
「だ、第Ⅳ類魔術、【
男は
次の瞬間、僕の周囲に氷の
魔術は規模と習得難易度に応じて、第Ⅰ類からⅤ類まで分類される。
その中でも相手を氷で閉じ込める封印魔術――【凍つる牢獄】はⅣ類とレベルが低い。
しかし数ある封印魔術の中でも、物理攻撃に対する耐性が極めて高く、剣士と戦う際の定石の一手となっている。
そしてこの【凍つる牢獄】と併用されることが多いのが――
「【
【凍つる壁】の円蓋を、【物体縮小】で縮める。中に閉じ込められた敵は、どんどん内側に迫ってくる壁により圧死するっていう凶悪コンボ。
僕を閉じ込めているドームは瞬く間に内径を縮める。
耳をつんざくのは氷の圧縮により生じる轟音。
壁は僕の間近にまで接近する。氷の壁越しに見えるのは、男の姿。
フルスロットルで魔術を練っているらしく、汗を滝のように流しながら呪文を唱えている。
魔術使用による
こんなに全力に張り巡らされると、普通は刃が通らない。
厄介。だけど【凍つる壁】にも弱点がある。
そのひとつが炎系の魔術だ。物理に強いとはいえ、所詮は氷の壁。熱を当てられれば溶けてしまう。
やるか?
と、魔術を発動しかけた手を止める。……いいことを思いついた。
ウィンドウを出現させる。表示させるのは取引画面。
「お嬢ちゃん! さっきのポーション、買うよ!言い値で!」
「お゛お゛?? お賃金入ってくりゅ????」
メスガキと取引を成立させ、ポーションを受け取る。
虹色に発光している瓶を開け、一気に喉に流し込む。瞬間、視界が回り、周りがピカピカ光り始めた。
【 『禁忌事項:違法薬物の使用』が確認されました。『咎人度』が上昇。アンクラーゲの対人攻撃値、オブジェクト破壊力、魔術抵抗力が上昇しました】
そう、これを試したかったんだ。
悪いことをすればするほどステータスが増加する。それがアンクラーゲの特長。
強化内容が読み上げられるたび、アンクラーゲがずっしりと重くなっていくのを感じる。この状態で威力を試し、パラメーターの上昇率を確かめる。
「じゃ、危ないから下がっててね」
ガキを僕の背後に隠れさせ、アンクラーゲを構える。
バフがさらに乗ったこの戦槌を、防御魔法のドームに向かって思いっきり振り下ろした――
「俺の防御魔法は対物理攻撃特化!! 槌を振り回しただけで破れると思うなよ……へ?」
アンクラーゲの刃先が氷のバリアを穿っていた。
入ったヒビは、蜘蛛の巣状の割れ目へと変化し、みるみるうちに全体へと広がっていく。
崩壊寸前のバリアを目にして、男は声をひっくり返して叫んだ。
「いや、待て、待ってくれ!! 今死ぬとまずいんだよ、納期に遅れるからさぁ! 俺みたいな【闇商人】は信用第一、お得意様の信頼を失うと終わりなんだよ!」
「さっきは女の子
「いや、俺のことクソ性犯罪者みたいに言うのやめて?? これそういうゲームだから! 俺リアルだとむっちゃ愛妻家だよ??」
「君たちのような者がいるからこそ……!」
いるからこそ。
「僕は今!最高に勇者だァアア!!!」
路上に散らばるバリアの残骸をジャリと踏みしめ、男に一気に接近する。
男は
だがその見開いた目からは、みるみるうちに光が消えていく。血の引いた顔で見下ろす先は、自分の腹。
本の槌、アンクラーゲ。
その革表紙に
残りの半分は……男の腹の中だ。
アンクラーゲの狂刃が男の腹を突き刺していた。
数十秒と経たぬ間の決着。
これが違法行為をしたことによる威力上昇か。とんでもない武器を売ってくれたミスティルテインに感謝しつつ、僕は決めゼリフを吐く。
「もう大丈夫だよ、お嬢ちゃん。君を傷つける者は、もういない――」
あ、勇者ポイント100点。
これまで半ば仕事としてこなしてきたプレイヤーとの戦闘も、幼女を守るという勇者的動機をもって臨むだけで、こんなにも美味となるものか。
「ふ、はは。ははは。フゥゥハハハハハハアアアァァアアァアアアアッッッ……あ」
漏れ出た高笑いを、慌てて抑える。
なんだこの笑い方。僕の笑いのボイスを設定したデザイナーに、心中で中指を立てる。
こんな悪そうな笑い声の勇者はいねぇんだよ。
どこまでも僕はダンジョンボスらしい。
しょんぼりしながら僕は、アンクラーゲを背中のホルダーに戻した。
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