エンカウント・レインコート・インザ・ブラックマーケット

「ほら、もう帰りな。夜のブラックマーケットは危ないよ、かわいこちゃん」


 僕は背後に向かって呼びかける。相手はもちろん、荷物箱の陰に隠れているだろうメスガキだ。


 わざわざキザな言葉をかけたのは【死ぬまでにやりたいことリスト】の筆頭が【女の子といい感じに仲良くなりたい】だから。


 うわ、キモ……なんてお思いか?


 仕方がないだろう。

 僕がいたのはダンジョンだぞ。


 僕は人間と近い造形をしているのだけれど、他にいるダンジョンモンスターといえば、ゴブリンやスケルトン。ヒト型のモンスターは極めて少ない。


 数少ない人間族ヒューマンの商人NPCはダンジョンじゃあ、狸面のおっさんだった。


 同族の雌と触れあう機会なんてまるでなかったんだ。

 だから、ちょっとくらい夢みたっていいだろう?


 そんな中で出会った、人間の女の子。優しくするのは当然ってもんだろ。


 とはいえ、相手は意思をもたないNPC。関係性は進展しようがないし、大体幼女は対象外だ。


 ま、要は気分で声をかけただけ。

 少しでもダンジョン外の生活を満喫してやろうっていう僕の意地だ。


 そのままその場を離れようとした瞬間。


「ふふ、いいね。なかなか」


「!??」


 唐突に言葉が返ってきたので、心臓が止まりそうになった。

 先ほどのメスガキと同じ声。

 

 だが、話し方が全然違う。

 元気だった声色は、一転してダウナーに。

 

 加えて、発声はゆっくり。

 洞窟にしたたる水滴みたいにポツポツと、ひとつひとつの言葉を静かなリズムで発している。

 

 このゲームのNPCは基本はっきりした声で話す。

 だからこんな話し方をするのは、プレイヤー以外にありえない。


 ……じゃあ僕は、こんなかっこつけたセリフをプレイヤーに向けて話してたってこと??


「かわいこちゃん、だって?? なかなか古い言葉使うんだね。某もみあげの大泥棒のアニメでしかみたことないよ、そんなセリフ」


 ダウナーボイスは僕のメンタルに追撃を加えてくる。

 

「いや……商人NPCだと思ったもんで……」


「はは、ごめんね、からかって。私、NPCのふりをして巡回するのが日課でね。この格好、他のプレイヤーの動きをこっそり探るのにぴったりなんだよ。ま、それは置いといて。さっきの戦いは見せてもらったよ。いい腕してるね」


 おそるおそる振り返る。民家の軒下の荷物箱の上、猫の仮面を脱いだメスガキが、意外に長い脚を組んで座っていた。


 ――美少女だった。それも、とんでもないレベルの。


 思わず触れたくなるような、亜麻あま色の艶やかな髪。形の整った鼻梁びりょうと桜色の唇。薄く青みががった大きな瞳は、少し眠そうに半分閉じられている。


 幼さと色気が同居した、奇跡の美貌びぼう。とんでもないキャラクリの出来だ。


 長い睫毛まつげを瞬かせながら、少女は箱から飛び降り、袴をぱんぱんとはたいた。


 さっきはあんまり見てなかったけど、服装もむちゃくちゃ良い。


 このゲームではあまり見かけないタイプだが、衣装は和装だった。


 袴は丈が短く切られ、ミニスカ風に改造されている。トップスの小袖は白、だがところどころに深紅の模様が散らされている。これも改造だろうか。かなり凝っている。


 極め付けは――青空色のレインコートを肩掛けで羽織はおっていることだ。


 なんだか変な取り合わせだが――相乗効果。


 このゲームではバフの効果は掛け算で決まる。

 武器とポーションの組み合わせで爆発的なステータス上昇が見込めるように。


 和服のしとやかさとレインコートの牧歌的ぼっかてきな雰囲気が合わさって、最強の美少女が出来ちまった。


「うーん……?」


 少女はとてとてとて、と小走りで近づく。息がかかるくらいの距離まで僕に顔を近づける。


「ごめんね、いま回線が悪いの。ラグくって、よく見えないけど……間違ってたらあやまるけど、たぶん初めまして、だよね?」


 ミネラルウォーターが、ぱちりと目を開けて僕を見ている。瞳はどこか遠い北国の湖みたいに透き通っていて、その水面みなもにはヘンチクリンなゴブリンが写っている。


 アイエエエ! ゴブリン??

 よく見ると僕だった。


 彼女があんまり美少女なので、自分の顔面が妖怪にしか見えないのだ。

 自己肯定感が下がる。下賤げせんなゴブリンめが話しちゃってもいいんでしょうか……?って気持ちになる。


「ア……ア……! ハジ……ハジメ……!」


 必然、ゴブリン語しか喋れなくなる。青目の美少女はそんな僕にふわふわと微笑む。


「う、うん、はじめましてだね。お名前、話せるかな……?」


「ク、ク……ロバ……」


「ロバくん?」


「クローバー……です」


「クローバーくん、ね!」


 少女は萌え袖にしたレインコートをひらひらと揺らしながら、「よろしくー!」ところころした声で言ってウィンクした。


 下手なウィンクだった。

 目にゴミでも入ったのかなって感じだった。本当にそうだったのかもしれない。


 それでも僕を骨抜きにするには十分だった。足腰の力が抜けてへなへなになる僕をにこにこと眺めながら、少女は初めまして、と挨拶した。


「私の名前はミネラルウォーター。君、ここらじゃ見かけない顔ね。こんなところにわざわざ来るってことは……もしかしてだけど、掲示板の書き込みを見てくれたってこと?」


 この少女が――あの貼り紙の主。僕の血液で募集文を書いていたプレイヤーなのか。


 こんな可愛い人が血文字を書いたの??という驚き。そしてある疑問がひとつ、頭に浮かぶ。


 静止した僕を見て、ミネラルウォーターは不思議そうに首を傾けた。


「んー? どうしたの?」


「いや、確かにあの貼り紙を見てきたんだけど……びっくりして。なんというか、もっとサイコっぽい人だと思っていたから……。だって、あの貼り紙の字、血文字だったし……」


「あは! やっぱり気づいてくれたのね。そうだよ、【バベルの塔】のダンジョンボス、クローカーの血で書いたんだよ。挑戦したのはだいぶ前だけど、強かったなー。出血をさせるのも一苦労だったの」


 やはり、おかしい。

 僕がプレイヤーと対戦したデータは、全て記録されている。だが、僕の視界にうつるミネラルウォーターのプレイヤー ID は、脳内の戦闘データベースを検索しても見つからない。


 ミネラルウォーターの言葉を信じるなら、彼女は僕と戦ったあと、アカウントを作り直していることになる。

 

 誰だろうな。僕に出血させた延べ 282 人とのバトルシーンを、ひとつひとつリプレイしようとして、やっぱりやめた。


 後にしよう。これから、思い出すヒントが得られる機会は多いはず。

 

 だって。


「それで、僕は合格かな……? 相棒として」


「もちろん。プレイスキルは見事のひとこと。クローカーの血液も把握しているし、まさに理想。ついに出逢えたって感じよ」


 僕はもう、ミネラルウォーターの相方だ。

 

「それじゃ、早速始めようか。【ホウライの玉の枝】イベント制覇に向けた作戦会議を」


 ミネラルウォーターが高らかに宣言する。

 

 思わず快哉かいさいを叫ぶ。胸が希望でいっぱいだ。

 

 転生に向けた計画の第一ページ。それがこれから始まる。


 なんてのも、もちろんひとつではあるけれど。

 

 【女の子といい感じに仲良くなりたい】。


 【勇者になりたい】の達成は中途半端に終わったけれど、こっちは早々に達成できそうだなァ!!


 唐突に埋まり始める【死ぬまでにやりたいことリスト】に震える。


 おぉ、神よ。あなたは私のような NPC にまで憐憫れんびんをたれてくれるのですか。

 

 僕を祝福するように、遠くで教会の鐘が鳴り響いた。

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