第2話 無情に切られる同人縁

 世間の年始ムードが抜けきっている一方、同人業界ではとあることについて随分と盛り上がっていた。

 それは、超有名同人作家・しんにまちわこがとある一冊の同人誌「魔力のマジカルミックスクッキング」というものを紹介したことから始まった。

 そこから、その同人誌の後日販売の捜索が行われてきたわけであるが、こんなに話題になっているのにも関わらず、どこにも委託販売していないという始末。

 それに加え、超無名サークルであり、その作家が誰なのか不明。

 しんにまちわこも奥付に載っている著者名、サークル名を公表こそしてみせたが、検索エンジンでそれに引っかかるSNSアカウント、ブログ、ホームページ等は存在しなかった。

 同人委託販売店も全力を尽くして、その作家捜索を行ったが、結果はうまいこといかなかったらしい……。

 かくして、同人業界の皆はその同人誌の作家のイベントでの販売。すなわち、このあとあるコミティアやCOMIC1、夏のコミックマーケット等で再販することを期待していた。

 そのなかでも、最もその作家の再出没を期待しているのは、しんにまちわこだったわけで……。


「全く原稿に手が付かない!!」


 彼女は仕事としての漫画原稿すら手に付けられない状態となっていた。

 わこは今一度、例の同人誌を開いてはため息をつく。


「ここまで露出の少ない神作家って今まであった……?正直、私よりもないよ」


 すると、彼女の後方で作業しているアシスタントが作業をしながら話しかけた。


「といっても、先生もイベントで積極的に顔を出そうとしないだけで、インターネットでは元気いっぱいじゃないですか、今回のここのさんの露出度とは比較になりませんよ」

「……そうかい?」


 ちなみにこの人はしんにまちわこ直属の漫画アシスタント。彼女がいなかったら私は過去に50回くらい原稿に押しつぶされて死んでいるだろう。たまに自分で同人誌を作ってい出しているらしいが、そんなとき以外はイベントでも売り子してくれるわこの相棒である。


「うーん、それにしても、アカウントさえ見つかればいいんだが……この人のアカウント」

「それにしても、その同人誌買った人本当に誰もいませんよね……。私もXの戦利品報告いくつか見たのですが、本当に誰も買ってない」


 そうなのである。

 この同人誌、本当に誰も買っていないのである。

 この本、表紙の絵、中身の漫画のシナリオ、絵、コマ割り、すべての観点からほぼ完ぺきな同人誌に近い、本来なら大完売して大盛況、ネットでも「おもしろかった!」「すごかった!」と超話題になっていてもおかしくはない。

 しかし、この同人誌は誰にも買われておらず、話題にはなったもののわこが紹介したことによる「なにそれ?」「買っとけばよかった」という話題のされ方なのである。


「まさか、この同人誌、私しか買ってない……?」

「まさか……そんなわけ」


 と、アシスタントもその冗談に苦笑したが……。

 まさか、その予想が本当だとは二人とも思いはしなかった。


───こんな完成度の高い本がわこが買ったもの以外一冊も売れなかったなんて、あるはずがない、と。


*****


 年は明けて一、二週間経った頃、大阪ではコミックマーケットの後夜祭的なイベント「こみっく★トレジャー」が催されていた。ちなみに同時期に「関西コミティア」もやっているようであるが、こみトレのほうが基本先に行われる。

 この二つの違いとすればこみトレは「オールジャンル」で関西コミティアは「オリジナルオンリー」が大きな違いである。


 その日、しんにまちわこはこみトレでコミケの新刊を大阪でも売ろうとし、これに出展していた。お手伝いにアシスタントと他売り子さんが来てくれている。


「まぁ、流石に大阪だからここのさんはいないかぁー」

「まだ諦めていなかったんですね」


 新幹線乗車中、わこのここのへの執着にわこのアシスタントは呆れこそしたが、彼女自身もあの凄い同人誌の著者に関しては興味があるので、否定こそはしなかった。


 とにかく、わこたちはいつもの要領で壁にサークルを構えた。

 手際よく、慣れた手つきによって数分でサークルスペースを完成させ、開場を待つ。

 そして、冬のこみっく★トレジャーが開幕した!


 開幕直後、しんにまちわこが主を務めるサークル「MOHUWAKO」には長蛇の列が作られた。

 わこは売り子に混ざって列整理を行う。


「今日、しんにまちわこ先生本人はいらしているんですか!?」


 という質問が度々飛び交うが、それに私は……


「いやー今日も来てないんですよー」


 といつものように大ボラを吹いた。

 この女、しんにまちわこはなぜかコミックマーケットなどのイベントでは自分の素性を隠すのだ。

 しかし、そんなことしても無駄な相手がこのインデックス大阪の地にやってきた。

 それこそ、冬のコミックマーケットの日にしかとその顔を見て、それをしんにまちわこと理解わかっている女……。


 三上ここのはその列に並んでいた。


「へーこういうのが「同人誌即売会」っていうのか」


 その隣には二ノ宮スバルの姿もある。彼女はどうやら同人イベント初参戦のようだ。


「それにしても、長蛇の列だな……これ、なんで人のところだ?」

「サークル「MOHUWAKO」。今大人気の超大手サークルだよ。コミケの時にいけなかったから、ここで買っておこうと思って……」

「でもこれ、私並んでる意味ある?」

「欲しくないなら、別に意味ないと思うけど」


 それを聞いたスバルは気怠そうに後頭部を数回掻いた後、特に見るところもないのでここにいることに決めた。


「それにしてもスバル、何で今日こみトレについてきたの?」

「だって暇なんだもん」


 すると、ここのは寂しい顔をしながら……。


「もしかして……私以外に友達いないの?」


 すると、スバルはこの季節に似合わないとてつもない量の汗をその額から垂れ流し、ここのの肩をガッと掴んだ。


「そ、そんなわけないだろぉー?!私一応バンドやってるし??バンド仲間とか?それ関係の知り合いとか?いっぱいいるんだからな??」


 見るからに焦り散らかしている。

———ほんとに馬鹿なやつ……。


「……あーはいはい」

「し、信じてないな……」


 誰が信じるか。

 その言葉をここのはぐっと心に押し込めた。


 列はその間もどんどん進んでいき、やがてここのの番が来たのだ。目の前には一人の女性が会計をしている。恐らくは売り子であろう。


「じゃあ、新刊ください」


 そう言いながら、私は財布から千円札を取り出す。


「はい、じゃあ千円……あ、ありがとうございます」


 売り子さんは慌ただしい様子を見せながら、ここのが差し出した千円と新刊を交換した。

 その瞬間、辺りをちらちらと見渡してみたが、あの時ここのの本を買った人物は見当たらなかった。


「やっぱり、大阪までは来てないのかな……」


 ここのはそう呟いた。


*****


 列が落ち着いてきた頃のこみっく★トレジャーでの「MOHUWAKO」。しばらく経つと、ピーク時に席を外していたしんにまちわこがそのスペースに戻ってきた。


「よっす!調子はどう!?」

「あ、ぱぱんち(偽名)さん!なんでピーク時に席外すんですか!大変だったんですよ!」

「……ごめんて」


 調子よく帰ってきたわこは売り子からのお叱りを受けて小さくなっていた。


「そういえば、ぱぱんち」


 アシスタントがぱぱんちことしんにまちわこに声をかけた。

 それにわこは「なんだ?」と応じる。


「さっき、このスペースにあんたの言ってた三上ここのの外見とけっこー一致してる人がいたよ」

「マジで!?」

「まじまじ大マジ。今ちょうどその話で盛り上がってたとこなのよ」


 すると、わこは鬼気迫った表情で盛り上がっている奴らに訊ねた。


「その人どこ行った!?」

「え、確か、4号館のほうに行ったと思うけど……」


 売り子がそう言うと、わこはすぐさま4号館へ駆けていった。

 わこは駆けた!そして……


 その背中を見た。


「いた!」


 わこはその見覚えのある人影を見ると、必死でその背中に飛び込む!!


「ここの……三上ここのさん!!」

「へ?」


 ここのは拍子抜けた顔をしている。

 そして、わこはそんなここのに容赦なく告げた。


「私と……サークル組まない!?」


それは、ここのにとっての初めての同人活動の始まりであり、

それは、わこにとっての新しい同人活動の始まりであり、


たった一冊の同人誌が繋いだ縁だった……。


 三上ここのはそのせっかく繋いだ縁を……。


「え?あ?結構です??」


 問答無用でぶちぎった。

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