第2話 ユマちゃんとメイドカフェ
店の扉を開けた瞬間、ふわりと甘い香りに包まれる。
ここは、現実世界の中でも特別な空間。ピンクを基調にした内装で作られた、ハートあふれる夢の国。一歩足を踏み入れれば、誰もがご主人様になる。
モカカラーのメイド服のスカートをふわりと広げ、ユマは満面の笑みをつくった。
「おかえりなさいませ、ご主人さまっ☆」
もちろん営業スマイルだ。声のトーンも、語尾の☆や♡マークも完璧に。
「お食事、なにになさいますか? オムライスですねっ、かしこまりました!」
笑顔のままバックヤードに入ると、一気に笑顔を解く。
小さくため息をつき、調理担当に注文を伝える。
「オムライス入りまーす」
すぐにオムライスが出来上がり、再び笑顔でご主人様の元へ持っていく。
「おまたせいたしました、ご主人さま☆ ユマ特性のオムライスでーす♪」
(本当は調理担当が作ったんだけど)
「ご主人さまのために、おいしくなるおまじないしちゃいますねっ☆」
ユマは手でハートマークを作り、いつもの決め台詞を言う。
「もーえもーえキュンキュン♡ おいしくな〜れ♡」
ノリのいいご主人様は、一緒になって「もーえもーえきゅんきゅん♡」と唱えてくれる。
(あー、わたし、なにやってんだろ……)
内心思いながら、バイト代のためだと笑顔を保つ。
「ごゆっくりお召し上がりくださいね☆」
笑顔のまま、バックヤードに戻る。
そして素に戻る。
「あー疲れた」
一気に肩を落とす。
気負って笑っていた分、一気に反動がきた。
「時給いいから始めてみたけど、 笑顔がこんなに疲れるとは……」
メイド喫茶の仕事を、正直ちょっと甘く見ていた。
思っていたより体力も気力も求められる。
夏休みを前に、ユマはアルバイトを始めた。夏休みは遊びに行ったりでいろいろとお金がかかる。部活に入っていない分、社会でがんばろうと決めたユマだったが、笑顔の貼り付けすぎで頬が引きつりそうだった。
「帰ったら速攻、癒しを摂取しなくちゃ……」
そう思っている間にも、他のメイドたちが「おかえりなさいませ、ご主人さま〜」と、他のご主人さまを迎えている。店内は七割ほど席が埋まっていた。
「今日、忙しいな〜」
ふぅ、とため息をついていると、店内から聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「おお〜、本当にメイドさんだ〜」
「ご主人様ふたりでーす」
ショウののんびりした声と、リョウの興味津々な声。
二人の姿を確認すると、ユマは固まった。
どこかから「ヤバ、イケメン!」と、聞こえてきて、店内がざわめいた。
「な、なんでお兄ちゃんたちがここに!? 内緒にしてたのに!!」
慌てふためくユマに、先輩メイドの「ありな」が声をかけてきた。
ありなは、この店のメイドリーダーで、その証である水色のメイド服を着ている。
淡い水色のメイド服は、この店の憧れの制服でもある。
「ユマちゃーん、チェキ指名だけど」
「むむむむむむむ無理ッス!!!!!!!!」
腕で×を作り、即答した。
「え、でもいっぱい稼ぎたいって言ってたじゃない? チェキ指名いっぱい取ると、ボーナス出るよ」
「ま、マジすか……」
(お兄ちゃんたちで一気にプラス2じゃん……)
でもお兄ちゃん、でもバイト代……。
脳内で葛藤しながら、ようやく出した答えは──。
「い、行きます!」
覚悟を決めて、唇を引き締めた。
「ほら、笑顔笑顔!」
先輩に背中を押され、ユマは兄たちの席へ向かった。
「ご主人さま、お待たせしました〜」
引きつった笑顔で双子の席へ行くと、リョウが笑顔で親指を立てる。
「おお〜、似合ってるぞ!」
「ちょっと心配だけどな」
ショウは、やや心配そうだ。
「……なぜ、ここがわかった」
「え、だって──」
「おまえ、家で制服洗濯してただろ」
さらりと、二人が言う。
(バレてた……!)
夜中にこっそりと洗っていたつもりだったが、浴室に干していたからか、見られたようだ。
「ほら、チェキ撮ろう撮ろう」
「あ、でも壁ブース混んでるし……」
ここへ来て、覚悟が萎んでしまい回避しようとする。
「そんなの、ここでいいからいいから」
ざわめいた店内をバックに、ショウと二人で並び、リョウがカメラを構える。
「なんでお兄ちゃんたちと……。うー、ボーナスのためだ……」
「に」と、無理やり笑顔を作る。
カシャ
続けてリョウとのツーショットも撮る。
カシャ
兄二人は笑顔だったが、ユマの笑顔は引きつっている。
それでも、二人はご満悦だった。
「おー、よく撮れてる」
ショウとリョウが、ユマの肩に触れながら写真を覗き込む。
ユマは冷静な目で、二人の手を払った。
「ご主人さま、お触り厳禁でーす」
「家では普通なのに」
「ここでは兄でもなんでもないただの主人とメイドだ」
「照れて──」
「違うからな」
なんでもポジティブな方向へ持っていける兄たちの頭が、少し羨ましくもある。
そこへ、ありな先輩がオムライスを二人分運んできた。
「お待たせいたしました〜」
テーブルに、黄色いオムライスが二つ置かれる。
ユマは逃げるように身を翻した。
「じゃ、私はこれで──」
「えっ、ちょっと待って」
「おいしくなるおまじないを……」
冗談じゃない、兄たちの前で、あの「もえもえキュン♡」をやれと!?
どんな羞恥プレイだ!と、目がぐるぐるする。
(セ、センパイ〜〜〜!)
振り返るが、誰もいない。先輩はさっさと奥へ引っ込んでいた。
「って、もういないし!」
ユマは観念して瞑想する。
(心を無にする……ワタシハロボットダ……)
カッと目を見開き、ケチャップを取り出す。すべて出し切るくらいの勢いで、玉子の上に軌跡を描いていく。あまりにもケチャップが多すぎて、なにを書いているのかわからないくらいだ。
それは、まるで先鋭絵画。机の上にケチャップははみ出て、兄たちはその間、ポカンとそれを見つめている。
それでもユマは、胸の前でハートマークを作る。
「おいしくな〜れ、モエモエキュンキュン」
「も……もえもえきゅん……」
ポカンとしながらも、復唱する二人。
「ごゆっくりお召し上がりクダサイ……」
ぎこちない足取りで、バックヤードに戻っていくユマ。
姿が完全に見えなくなった瞬間、ユマは息を吐いた。
「……ぶはっ! なんとか乗り切った!!」
だが、その直後だった。
店内から、ありな先輩の大声が聞こえた。
いつもの優しい感じではない。
見ると、別のご主人様に先輩が詰め寄られている。
「先ほども注意しましたよね⁉︎ 当店ではメイドへの接触は禁止しております!」
「な、何もしてないって言ってるだろ! 証拠でもあるのか!?」
トラブっている先輩と他のご主人様。
そこへ、ショウとリョウが割って入った。
「証拠ならあるぞ!!」
さきほど撮った写真を掲げる。
ぎこちない笑顔のユマと、終始笑顔のリョウが写っているその端の方に……先輩メイドの太ももあたりを触っている手が見えた。その袖口は、今言い争っているご主人様のものだ。
「真実は、チェキの中に!!」
兄たちは毅然とチェキを突きつける。
「な、なんで……」
迷惑なご主人様は、ふらついて椅子にもたれかかるように腰を落とした。
「お、覚えてろよっ!!」
五千円札を放り投げるようにして捨て台詞を吐き退店していった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい、ありがとうございます」
ユマはそんな兄たちの姿を見て、少し見直した。
店内は、小さな拍手で溢れた。
(お兄ちゃんたち……やるじゃん)
やがて兄たちも帰っていき、ユマもそろそろシフト終わりの時間となった。
「あ、ユマちゃん。さっき助けてくれたお客さんなんだけど」
着替えようとすると、ありな先輩に呼び止められドキッとする。
双子の兄だということがバレてしまっただろうか?
「お礼に1回だけ、VIP特典使わせてあげることになったから。次回指名された時、よろしくね」
「へっ?」
先輩は、それだけ言うと奥へ引っ込んでいった。
「VIP特典ってなんだっけ……?」
店内マニュアルを確認する。
『お好きなメイドさんをお姫様だっこして、チェキ撮影できます♡』
「…………」
「いやちょっと待ってああああああぁぁぁぁーーーー!!!!」
ユマの叫びが店内に響いた。
次の更新予定
2025年12月28日 14:03
双子の兄たちの溺愛は間に合ってます! 草加奈呼 @nakonako07
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