第2話
病院内で出来るコトの中で最も金のかかることは何だろうかと言われれば、それは恐らく手術である。僕は本日初めて病院に行ったので、その考えが本当に正しい事なのかどうかは分からないのだが、たらい回しの診断よりも処方された錠剤よりも0が一つ多い金額を請求されたので、多分この考えはあってるだろう。
本当に、爆発しそうだ。というより爆発したいし、爆発するよりも爆発させたい、病院を。昨今の若者は直ぐに他人に何かを託そうとするので質が悪い、僕が常々思っていることである。幸せの定義は哲学書でも先生でも親でも自分の過去でもなく、自分の中に保持するべきものだ。僕は高校一年生にして両親亡く、祖父母も亡く、兄弟と友達は元から居ない。そのために学費を自分で払い、料理掃除という、現代のコンプライアンスや倫理観からすれば、そういった子供たちを保護する団体の一つや二つを横転させられるほどのインパクトを持つ人生を送っている訳だが、不幸を感じたことが無いのだ。だから親の居る家庭や、学校に何の気苦労も悩みも無く通えている人間は、押しなべて嫌いだ。
というか学校が嫌いだ。高校は金を払って座ってればある程度の立場を確保でき、また社会からのモラトリアムを合法的に獲得をすることが出来る合理的な手段ので──自分で学費を払っているのにモラトリアムという表現が合っているのかどうかは謎だがとにかく──好きだが、義務教育は大嫌いだ。給食なんて最悪だった。給食はどんな貧富の差も身分の差も無視して、一つの狭苦しいクラスという箱の中で、マナーもクソも無い食事会を毎日毎日既定の時間が終わるまで開くという、半ば尊厳の破壊をやらされるのだから。
それが、僕の心というモノに苦痛の与えられた最初の瞬間である。
僕はレイシストなのだ。
今では僕がその蔑まれるべき身分に落ちている訳であるけれども。
僕の右手には今朝と違って、指が四本しか付いていなかった。
じいっと残った指を見つめる。人差し指、他人が居なければアイデンティティを保てない指。中指、不平不満を示し、権力に抵抗するための指。薬指、生涯を誓い合う呪われた指。小指、こいつだけ名前がおかしい、なんで小さいという部分をわざわざ選んで名前に付けたんだ。
そして、親指。
「そうか。これ、親指か!」
僕は叫んだ。理性的にも物理的にも冷えた頭で、僕はようやく無くした物の名前を思い出した。笑えてくる。親の居ない僕にはこんなものが無い方が良いということか。だとしたら、それは大いなる失敗だ。運命とやらの失敗を僕は見たのだ。そんなことをするくらいなら左手の親指も切った方が良いだろうに。医者というのは勉強のし過ぎで洒落も分からなくなってるらしい。ただ、今から院内に戻ってこっちの親指も切ってくれと言うのは、もっと金がかかりそうでいやだった。
僕はこの醜悪さをもってこの世界を生きねばならないらしい。
何という──素晴らしさであろうか。
そう、誰かがこの僕の姿を見てどんな感想を抱くかなんていうのは、僕の考えうる範囲には全くそんなこともなくて、あろうことか今僕はある種歓喜というモノに打ち震えているのであった。
その理由というのは至ってシンプルだ。この今の僕の気持ちを文章にしたためれば、それは恐らく僕の今までの生を肯定してくれるような傑作が書けると思っているためだ。
いや、思ってすらいない。
それは実感として、今僕の胸の中に何処かから飛来してきたのであるのだから。その予感はどんどんとどんどんと膨らんでいって──僕は涙をこぼしていた。
「あれ」
何だこれ。どうして僕は泣いてるんだ。疑問符。それが心の中を、喜びとか空腹だとか、何もかもを埋めていく。
それは先ほど語ったあの苦痛──原初の記憶だけが持つ、余りにも純粋で、生を折るような蠢き。
その理由と言うのは至ってシンプルだ。
僕はもう、以前のように文章が書けないのである。
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