愚鈍な僕、ツインテール女を食べる
船堀パロ
第1話
僕の精神の虚弱な所は一人っ子であるとか小学校中学校高等学校一年生とまできて未だ友達と呼べるような人間を持てていないだとかそういったところが大いに関係しているのだろうけれど、やっぱり生まれてこの方小説家というモノを志望し日々自由帳に妄想と大差のない空想を地図を持たぬ探検家のような誇りと信念に似たカッコつけを胸に抱き大したシナリオもプロットもないままに駄文を書き連ねてきたことが主な原因だと僕は思っていて、しかしその努力と形容できそうな涙ぐましい一本5円の鉛筆の跡も一つ二十円の消しゴムの滓も夢が叶わなければ一枚0.01円のティッシュだとか長さがまちまちなせいで詳しい金額の分からないラップの破片だとか無駄に高級な包帯だとか芳しくない点数のテスト用紙だとかと共に毎週火曜日午前八時に一枚3円のプラスティック袋の中へ一様に放り込まれて寒々しい空気の吹くアパートのレンガ塀の前に捨てられてしまうような、冬の訪れとともに散って行く葉のような脆いものである癖にそれらのような美しさや儚さを持たないのだから、つまりこれらは単なる燃えるゴミなのである。これらと複数形にしたのは日本からハワイまでの橋すら作れてしまいそうな自由帳の切れ端の枚数を表したのではない。
物語はロクに作れないくせにそんな昭和時代の科学雑誌ですら書かないようなでたらめを言う、何を隠そうこの僕自身も同様にゴミであるということを伝えたかったのである。
十二月九日。僕は人生で初めて病院に行った。
病院は学校と同じくらい嫌いだ。
金がかかり過ぎるのである。
診断に診断に診断に診断。よく分からない漢字の並ぶ場所を一日中たらいまわしにされて、僕の気分は過去最高に落ち込んでいた。と言ってはみたモノの、何をもって最高と評したのかは当の本人である僕自身もよく分かっていない。一秒を僕の不幸自慢グラフの更新の単位とするのなら、それは現在進行形で谷底へと転がり落ちているためだ。いや、谷などという緩やかで角度の生じる様な生易しいものではない。
落下である。90度はその現象の当事者である僕にとって、角度ではないのだ。
転がるという名称は名前を変えて僕を殺しに来ている。診断を受けている最中もそうだった。部署が違うからかもしれないが、僕の悪い部分を形容する病名が幾度も幾度も変わっていくので僕は今日、自分の名前を危うく忘れてしまいそうになった。この思考を浮かべてる今だって己の名がぱっと思い出せないのだから重症だ。症状が重たいという正しいニュアンスで重症と言ってみたが、医者が告げるにどうも僕は色んな病気の症状が幾重にも重なって手の付けられないことになっているらしいから、重症という言葉は僕にとっては重奏──クインテットでもあるのだ。
自分でも思う。コレはツマラナイ。
ただ僕は自分の身体がそんなに今わの際に近づいているとは全く知らなかった。ので当然、かなりビックリした。最も驚いていたのは医者の方だったけれど、まぁその半分くらいは僕も驚いていたと思う。口だって夜闇に浮かぶ満月みたいにぽっかりと開けていたし。比喩で満月と言ってみたけれど、実際は半月くらいだったかもしれない。良く覚えていないのが、僕という存在の不完全さを物語っている。
自動ドアを通るとぴゅうと冷たい風が僕を撫でた。地球温暖化という言葉を表立って聞かなくなってから久しいが、やっぱりあれは何かしらの陰謀だったのではないかと僕は思う。政府が一家一台エアコンの取り付けと点検を義務付けたのもあの論調の真っ最中であった。本体分の助成金は出たが、点検にかかる費用の補助に関しては二年ほど前、つまり地球温暖化という単語の動きと共にひっそりと停止しているのである。ロクに使わないモノに何モノにも使う金を払うというのは、僕にとっては地獄と同義だった。国会に出向いて直談判するか、もしくは腹でも切ってやろうかとも考えたが、どっちも馬鹿々々しいので止めにした。前者は門前払いがオチだし、校舎に関してはうちには刃物の類が無いから実行不可能なのだ。刃物を買うくらいなら、僕は果物が食べたい。そうだな、ドラゴンフルーツとかが食べたい。あの薄気味悪い色彩の中に閉じ込められた果肉という奴を一度お目にかかってみたいのだ。
動物園にライオンが居ます、というくらい助成金の停止の件は話題にならなかったから、多分このことを知っているのは、少なくとも高校一年生15歳の人間の中では僕一人だと思う。動物園にライオンが居るのが当たり前だと思っている人間のなんと多い事であろうか。だってライオンだよ、ライオン。カブトムシと並ぶ憧れの対象。僕みたいなツマラナイ奴だってそんな風に思っているのだから、多分これはDNAとかゲノム配列だとかシナプスだとか、そういうミクロの単位で僕たちに刻まれているものなのだろう。そんな羨望の対象が場所によってはカブトムシよりも気楽でお手軽に見に行けるのなんて、これは本当に凄いことじゃないか。ただ僕は動物園に行ったことがないので、何を語っても説得力の欠片も無いのだけれど。
つまり僕が言いたいのは、僕は物凄い貧乏学生だというコトである。
僕はその辺にあった木製ベンチに腰を下ろした。途端に立っていた時とはまた違う寒さが僕を襲う。剥き出しになった脛から膝までの部分の感覚が死んでいる。そこから察するに現在の気温は多分マイナス十度くらいだろうか。半袖短パンには堪えるのが難しい寒さだ。
今日おおよそ数万円──僕にとっては三年分の食費を使用して得られた有意義な情報は、医師というのは皆一様に白衣を着ていて禿げているというコトと、病院の中はどこもかしこも変なにおいがするというコトと、待合室に漫画が置いてあるというコトだった。
良い経験だった。早速、家に帰って文章を書こう。
一歩を踏み出して、僕は手のひらの辺りにどうしようもない熱を感じた。
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