第10話
私は早速気になっていたことを尋ねてみる。「全国レベルで云えば、失踪なんてそう珍しいものではないでしょう?」
「写真は見て頂けましたか?」
辰宮は問い返してくる。
「いえ、実はまだ」
「どうして?」
「一先ずお会いしてからと思いまして」
そう応えると辰宮はその細い目をじっとこちらに向ける。
「慎重な方なんですね。まあ、いいでしょう。お送りした写真はこれです」
辰宮は鞄からタブレットを取り出すと画像を表示させる。
「これは…」
「もちろん合成ではありません」
辰宮は言う。そこに映っているのは人ガタの空気の揺らぎとでも云ったものだ。「帰還者の自宅で撮られたものです」
「誰が撮影を?」
「帰還者本人です」
「本人?」
私はもう一度その揺らぎに目を凝らす。これは生き物なのか?辰宮は続ける。
「訳が分からない。ですがこの写真が手元に回ってきた時、僕はこれをネタにしたいと思いました」
「どう云うことでしょう?」
そう尋ねつつ私は動揺している。自分が追っていたのとは全く別の側面をこれ以上ない具体性で見せられている。しかしまだその真偽への疑いも拭い切れない。
「僕もしばらくは半信半疑でしたよ。その頃はまだ宮前の事は知りませんでしたしね」
「ちょっと待って下さい」
私は尚も動揺する。「じゃあ、これは宮前以外で撮られた写真なんですか?」
「ええ、東京です。それに宮前とは全く縁もゆかりもない人物。そしてこの写真。映画好きの知り合いは『まるでプレデターじゃないか』って喜んでましたよ」
「プレデター?」
「忘れて下さい。とにかく理解不能の現象が起きている。その正体を僕は知りたいんだ」
「しかし、でも…」
私は思わず口ごもる。「あなたの仰る事象は私がこれまで宮前で調べてきたものとはかけ離れてます」
「そうでしょうか」
辰宮は応える。「僕はそうは思わない。何かが起こり始めてるんです。あなたが想像する以上の規模と速さで」
「どうしてそう云えるんです?」
「自分で日本各地を回って調べたからですよ。宮前ほどの人口内確率ではないにしろ、この現象は決してローカルに限ったものではない。僕はそう確信してるんです」
辰宮の目は真っ直ぐ私に向けられている。「ただね」
「ええ」
「宮前の事例を見ると当然そこに特異性を見い出さざるを得ない。そこでしばらく前から単独取材を決行していると云うわけです」
辰宮はそこで自分の注文したカカオ・オ・レを口元に運ぶ。私はその様子にしばし見入る。言葉がうまく浮かんでこない。
「私は今、正直戸惑っています。想定はしていましたが、すでに全国区で同じ失踪現象が始まっているなんて」
「あなたはこの現象の危険性についてどれくらい知ってるんですか?」辰宮。
「危険性?」
「ええ。この写真の撮影者は間もなく精神病院に入りました。他のケースでもトラブルを自ら招いたり、警察沙汰に巻き込まれたりと散々です。この宮前でも同じ事が起こらないと云うのはおかしい」
「おかしいと云われても、現にそこまでの事は宮前では起きていません」
私は抗弁する。内心怖さもある。
「そうです。だから僕ははるばる宮前まで来た。ここには他所にはない特異性があるはずだから」
宮前の特異性?私は訊く。
「それで見つかったんですか、それは」
「もちろん。だからあなたにも会っておきたいと思ったんです」
「何故?」
「『何故』?決まってるじゃないですか。あなたがあらゆる意味で当事者だからですよ」
「!」
私は言葉を失くす。それは片方で私の中に思い当たるフシがあるから。
「さほど驚いていないところを見ると、自分でも或る程度は分かってらっしゃる」
「あなたは何を…」
「はい?」
「いえ」
私は首を振る。「それで私に何をお聞きになりたいのですか?」
すると辰宮は身を乗り出して言う。
「あんたの一族は、一体何を隠してるんだ?」
彼の理屈はこうだ。
→あんたの一族は永くこの一帯を治め守ってきた。
→それは裏を返せば何者かをずっと怖れてきたと云うこと。
→写真に写っているモノはその何者か、もしくはそれが現れる前触れ。
→宮前で不穏事が起きていないのは「うつせみ神社」があるから。
→しかし、それだけではない。
→或いは「うつせみ神社」があるせいでもっと大変なことが起きるかも知れない。
→あんた達一族はそれを分かった上でわざと見過ごそうとしている。
→国が滅びる。気がついているか。今、失踪者の大半は四十代以下だ。
→頭ガチガチかスポンジ化している連中のお陰でこの国は滅びる。ならばいっそその連中を滅ぼせばいい。今蔓延しつつある新型コロナはむしろ僥倖。裏では皆そう思っている。
私は辰宮の暴論に呆れる。そして失望する。気が振れているのではと疑いもする。一体この男は何だ?
「あなたには私怨すら感じられます。それでは状況を俯瞰できませんよ」
「は?」
辰宮は表情を歪める。「俯瞰?あんた、寝言を言ってるのか」
「何です?」
「奴らはもう目覚めかけてる。早く手を打たなければ…いや本当はもう遅いくらいだ」
辰宮は言い返してくる。私は辰宮を睨む。
「もうお話しすることはありません。余計な事かも知れませんが、くれぐれも法に触れることだけは自重して下さいよ」
そう言って席を立つ。そんな私を辰宮は一転して無表情で見送る。私はふと同級生の勤める施設で暮らす元受刑者たちのことを考える。彼らも、そしてこの男も或る意味違う世界に足を踏み入れてしまったのだろう。そして一生消しようのない轍を踏み残してしまう。
私は怖ろしさよりも、やり切れない心底ウンザリした気持ちになる。
私はその足で神社に向かう。20分程度の距離。街なかを抜けながら辰宮の言葉がつい反芻される。
→宮前はむしろ特異であり、その要として「うつせみ神社」の存在がある…。
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