第4話
発掘チームの集合写真。まるで修学旅行の記念スナップのように皆が若い笑顔を見せている。
「毎日が驚きの連続で、私たちはもう夢中で掘っていました。教育委員会からの支援もありましたしね」
「その先生もさぞ喜ばれたでしょう」
「そうですね。でも長くは続かなかった」
「どうしてです?」
「元々公園建設の予備調査でしたし、県からも調査団が合流して私たちはお役御免になってしまったんです」
「お役御免?本格的な調査にはならなかったんですか?」
私は訊く。
「ええ。私たちも不審に思って教育委員会や市の偉い人にも進言したんですが聞き入れてはもらえませんでした。先方の理屈は『学術的にはありふれたもので追加調査にはあたらない』と」
都司さんの表情が僅かに歪む。私はその彼女に問う。
「都司さん、私はこの件を調べ始めてからずっと不思議に思ってきたんです。此処の発掘の事実は意図的に隠されているのではないでしょうか」
「意図的に?どうしてですか」
「そう思われるのも無理はありません。都司さんは『サキガケ』と云う言葉をご存じですか?」
「サキガケ?ああ」
都司さんは深い笑みを零す。「久し振りに聞きました、その言葉」
その返答に私の心は躍動する。
「それは所謂勾玉のようなものなんでしょうか?」
「分かりません。先生が仰っていたのは、その遺跡文化の中核は巨石信仰にあって、その中の一つが『サキガケ』と呼ばれるものだと」
巨石信仰?意外だった。つまり古神道関連の遺跡があったと云うことか?
「その巨石は見つかったのでしょうか?」
「いいえ。でも先生は必ずあると繰り返し仰ってました。ところが発掘作業は取り止めになってしまって。先生はその翌年定年で学校を去られました。聞くところによるとその後も一人で研究を続けておられたとのことです」
「そうですか」
私はその老教師のことを考える。
「どうしてお若いあなたが、今になってその発掘調査のことをお知りになりたいの?」
今度は都司さんが私に訊く。
「どうしても気になる思い出がありまして」
「思い出?」
「はい。私に『サキガケ』のことを教えてくれた同級生がいたんです。彼女とはその後すぐに会えなくなってしまったんですが、今もそのことが胸に引っ掛かっているんです」
私は正直にいきさつを話す。都司さんはそれに小さく頷いた。
「そう云うことってありますよね。でも、その人はどうして『サキガケ』のことを知ってたんでしょう?」
「分かりません」
「その人、今は?」
「転校してしまったんです、突然。その事も奇妙な思い出として私の中に残っています」
私が応えると都司さんは少しだけ黙る。
「もしかしたら、その子の家族が発掘調査に関わっていたのかも知れませんね。名前は?」
「加藤と云いました」
私はその名を口にする。
「加藤さん…」
「聞き覚えありますか?」
「そうですね。今はちょっと」
都司さんは首を振る。「一時期は百人規模でいましたからね。分かりました。私も帰ってから調べてみましょう」
「有難うございます」
「云われてみれば奇妙なことは色々あったんです」
「え?」
私は都司さんの呟きに反応する。「奇妙なこと?」
「発掘作業をしている時のことですが、そうですね、日暮れ近くだったと思うんですが、たまに人から話しかけられたような気持ちになるんです。不思議なのが言葉の意味はよく分からないと云うことです」
「もちろん近くにいた人から、と云うわけではありませんよね?」
「ええ。周りにそれらしき人はいませんでした。後で先生に伝えてみると『発掘現場ではよくあることだ』と」
「そうなんですか?」
「『遺跡で掘り返すのは物だけじゃない。そこに暮らしていた人たちの思いもだ。それは場合によっては不可思議なことを巻き起こしたりもする』、先生はそう仰ってました」
都司さんは懐かしそうに微笑する。「私も『言われてみればそうだろうな』って妙に納得した記憶があります」
私はそれに頷いて自分でも想像してみる。古(いにしえ)の里で暮らす人々とその情景。
ん?
私の中に何かひらめくものがある。
「もしかして、そのことが調査打ち切りの原因と云うことはありませんか?」
「え?」
都司さんは目を丸くする。「その声が、ですか?」
「ええ。当てずっぽうですが、もしかしたらと思いまして」
「でも別に何か不都合があったわけではありませんし」
そう言われると私も返す言葉に詰まってしまう。「実は他に気になっていることがあるんです。都司さんは今宮前で失踪事件が増えている事をご存知ですか?」
「失踪?いいえ、全然知りませんでした」
「それで私の頭に思い浮かんだのがその同級生のことだったんです。『サキガケ』のことを私に教えて突然いなくなった女の子」
「…」
「もしかしたら彼女がいなくなったのも、その『サキガケ』のせいかも知れないって」
私は自分の内省を思いつくままに言葉にする。そしてその内容に自分でも驚いている。都司さんはそんな私をじっと見つめる。
「森川さん」
「はい」
都司さんの眼差しが真っ直ぐに私を捉えている。
「あなたは少しお疲れなんだと思います」
「私がですか?」
「もし、今本当に失踪事件が増えているとしても、それはあなたのお友達とは直接関係ないと思います。それでなくてもいろんな事がありますからね。私もその中を生きてきて、あなたからご連絡を頂くまでは『サキガケ』のことなんてすっかり忘れていました」
「…」
「それで良いんじゃありませんか?」
私は半ば呆然と都司さんを見返す。そう、確かにそうかも知れない。私は想像だけで相関を見い出そうとしている。本末転倒だ。都司さんは続ける。
「結果的に私はこれで良かったんだと思います。この公園は今でも家族連れでそれなりに愛されていますし、私も何度か小さかった子どもたちを連れてきたことがあります。ここに大昔誰が住んでいたのかは分かりませんが、今生きているのは私たちなんですから」
「でも、その今生きている人たちがいなくなってるんです」
私は混乱している。加藤嘉子だって、今どこでどうしているか?
「会ってみたらどうですか?その同級生の方に」
都司さんが言う。「その方が順当ではないかと、私は思いますね」
「あ」
私は思わず声を上げる。
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