第3話

 仕事の大半はウンザリすることだ。締切に追われて碌に内容の吟味もできないまま原稿を上げなければならない時。私の記事にまるで見当違いのクレームを送ってきてやれ「偏向表現」「名誉棄損」などと騒ぎ立てる読者。そうかと思えば全く自分のミス、原稿の誤植を後になって見つけた間際等々…。

 嫌だなあ、と思う。好きでやっている仕事でも思わず「金輪際もう御免だ」とさえ思う。それでも続けているのはやはり大いなる惰性のお陰だろう。それに食べていくと云う現実。ウチの実家は地元の名家と呼ばれているが金はない。個々人が自分の才覚を駆使して世間の波を掻き分けていかなければならないのは皆と一緒なのだ。

 しかし…。

 日々を追いかける日常は或る意味救いでもありながら場合によっては地獄そのものにもなり得る。私はまだ幸福なのかも知れない。

 私の中にふとあの娘のことが思い浮かぶ。加藤嘉子。彼女にとってはどうだったのだろう。あの頃の日常。クラスメイトに蔑まれ、無視され、教師からも疎んじられていた日常。彼女はあの時どんな気持ちで私に声をかけてきたのだろう。

 サキガケ。そうだ、あの時加藤嘉子は私が読んでいた本を覗き込んでこう言ったのだ。「それと似た石を知っている」と。私は一体どの本を読んでいたのだろう?


 私があの頃興味があったのは確か日本の古代史だったと思う。だとすると嘉子が指差していたのは「勾玉」の類だったろう。私の中に急に明かりが灯る。そうか、私は彼女が言った「サキガケ」と云う言葉の字面に囚われていたのだ。彼女は勾玉に似たものを「うつせみ山」のどこかで目にした。と云うことはこの宮前の古代史を遡れば自然と「サキガケ」のことも分かるに違いない。


 確かに便利な世の中になったものだ。今や情報は自宅に居ながらにして掴むことができる。鷺谷刑事の言ったことはあらためて的を得ていると思う。現代の便利さは人生を呆気なくさせる。

 私はパソコン画面から昭和50年代、「うつせみ山公園」建設前に発見された「勾玉」らしき光石の写真に見入る。写真自体が古く色味がだいぶ褪せているが、それでも光の美しさは十分に伝わってくる。さぞ最初の発見者は驚喜・感歎したことだろう。

これがその「サキガケ」?自分の中に依然腑に落ち切れぬものを感じる。私は是非その発掘作業に携わった人たちに会いたいと思う。合わせてネットの情報を更に深掘りしていく。

 まもなく私は不思議な感情に囚われざるを得なくなる。と云うのもその先の情報が出てこないのだ。あるのは住居跡や武具をはじめとする幾つかの痕跡のみ。その他はない。まるで意図的に削除されたかのように。

 削除?こんな情報を誰が、どんな理由で削除する必要がある?或いは、やはり自分の考え過ぎ?私はもう一度写真に見入る。

 地元でこれだけの遺跡物が出たからにはそれなりの追加調査がされたのは間違いなかろう。では何故情報が少ないのか?私はその辺の状況を問い合わせてみることにした。

「随分前の話ですねえ。当時の担当者はとっくに定年で辞めてますし。ああ、そう云えば一人、ボランティアで調査に参加していた女性がいたなあ。その頃は高校の事務をやってて」

 教育委員会の参事がニタニタと笑いながら応える。

「その人と連絡取れますか?」

「ああ、どうかなあ。ちょっと待って。当時の名簿が残ってれば」

 参事が部屋を出ていくのを見送りながら、私はやはり自分の予想が正しいのではないかと思う。普通地元で古代史上の発見があれば、田舎であれば尚更大きなニュースになる。当然自治体ぐるみで取り組みを企画するはずだ。それが若干の情報を残してほとんど跡形なく、今は幾分くたびれた市立公園だけが残されている。

「分かりましたよ。その女性、まだこの宮前に住んでます」

「そうですか。なんとか連絡を取って頂くことはできませんか?」

「森川さんの頼みとあれば当方としても知らんぷりはできませんからね。分かりました。追って結果をお知らせしますよ」

「助かります」

 私は頭を下げる。

 数日後連絡が入り、その女性と話ができることとなった。やはり情報は自分の足で掴みに行くものだ。私はその思いを胸に、待ち合わせ場所のうつせみ山公園へと出掛けていく。


「今更私に何を聞きたいと仰るんです?」

 初老の女性は挨拶の後、いささか複雑な表情で私に尋ねた。私たちは公園内のベンチに腰掛ける。

「都司(つじ)さんはこの公園の造成前、発掘調査に参加されてたんですよね?」

「ええ。でももう随分前の話です」

「私、宮前でタウン誌を作ってる記者なんですが、その頃のお話を是非お聞かせ願えたらと思いまして、連絡を取らせて頂きました」

 都司さんはそれでもまだ困ったような顔を私に向けている。

「ご迷惑はお掛けしません。もう40年以上前のことですから覚えてらっしゃることだけでも結構です」

 私がそう言うと都司さんはようやく少し表情を緩める。

「40年ですか。時間が過ぎるのは本当にあっと言う間なんですね。思い返すと変わったこともあれば変わらないものもあります。この公園計画の頃はまだ宮前も静かで長閑な町でしたよ」

「発掘調査はいかがでしたか?」

「私は途中からの参加でした。勤めていた高校の先生から勧誘を受けまして。実はその先生こそ遺跡の実質的な発見者なんです」

「それはどう云うことですか?」

「先生は社会科地理の教師でしたが、その興味は遺跡調査に傾注しておられました。そしてうつせみ山には他では見られないものが埋まっていると日頃から力説しておられたんです」

「他では見られないもの。それは一体どんなものでしょう?」

 私は強く興味を引かれる。

「あくまで先生の推論と云うことですが、この地には縄文とも弥生ともつかない未確認の文化が存在していたのだと」

「それは初めてお聞きしますね」

「そうだと思います」都司さんは応える。「先生は休みの日には必ず自主調査に出掛けられるような人でしたが、あくまで考古学においては独学でしたから」

 つまりエビデンスに乏しい学説を周囲に唱えていたと云うことか。

「でも全く根拠がないわけでもなかったんでしょう?」

「そうですね。私が当時直接先生からお伺いした話では、日本各地に不思議な言い伝えが残ってるんだそうです。まあ、伝説のようなものですね。日本はもともと日本ではなかったと」

「え?」

「つまり今とは全く違う人種、文化が花開いた国だったと云うんです」

 都司さんはそこで自分の鞄の中から一枚の写真を取り出す。「これはその頃の写真です」

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