第2話
〈 本章 〉
人ひとりが忽然と姿を消す。それ自体あり得ないことではないし、今でも隠れた社会現象として多くの事案が上がっている。私もタウン誌の読者から或る噂を聞いた時には特に目新しい情報としては捉えなかった。今トレンドにおいて都会と地方の境界は曖昧になりつつある(特に若者に関しては)。読者からの投稿は端的にそれを表すものだと思う程度(レベル)だった。
契機となったのは私が噂に触発され、とある特集を組んだことだ。すなわち「ご当地伝説」。つまり地元の「都市伝説」や「怪談」「奇談」を集め、掘り起こしてみようと思ったのだ(実を云えば私は「サキガケ」の一件のこともあり大学では「マスコミ論」と並行してその類の歴史も研究していた。謂わば「裏マスコミ論」として)。そしてその反響はタウン誌の発行部数をじわじわと、しかも確実に伸ばし始めた。夏場となれば毎年小さな「怪談特集」が恒例になっていたとは云え、その様相はこれまでとは明らかに異質で、だいいち直接体験者からの投稿が多かった。最初こそ眉唾モノと踏んでいた自称「現実主義者」の編集長までもが早速私に追加取材を命じるほど、それは降って湧いたようなセンセーショナルなものだった。
行動とはすなわち認知の変容である。私は少しずつ当事者と会うようになった。最初こそ自分の興味をどこに持っていけば良いか迷ったが、次第に(と云うか否応なしに)インタビュィー=語り手の話に引き込まれるようになった。不思議だったのは、彼らがそれぞれの失踪事案をどこか自然の流れとして受け入れていること。もちろん身近な人間が不意にいなくなって平静でいられるわけはない。インタビューの出だしでは大抵の人が少なからず「何故?」と取り乱している。しかし幾らか話が進み、本人の具体的な様子が語られる頃になると落ち着いてくる。それはひとえに本人が失踪直前に至極落ち着いた様子だった理由に因るだろう。インタビュィーの救いと戸惑いはその両方がそこに由来する。そして私自身もその点に奇妙な感慨を抱かざるを得ない。
もしかしたら、この一連の失踪事案には根本的な共通項があるのではないか。
いつの頃からか私はそんな仮説を思い浮かべるようになった。共通項。失踪者の年齢や性別、失踪までの背景はまさに千差万別。個々の話からそれを探るのは難しいが、当事者たちの話を私自身の中を通すことによって少しずつ折り重なっていくものが現に在る。私はそれをより鮮明にするためにインタビューを続ける。確証があるわけではない。実際にはインタビューの独自性を大事にしていく。
衝撃だったのはインタビューの後で失踪者本人が帰ってきた事例だ。その後私は取材を依頼したが本人は希望しなかった。とは云っても特別何かを隠している様子ではなく、部分的に記憶を失くしているか、ただ単に「その気が起きない」と云うシンプルな理由からだった。仕方なく私は引き続き直接関係者であるインタビュィーに話を聞くしかなかった。
「もちろん本人です。特におかしなところはありませんし、失踪前の記憶が抜けていることもないようです。ですが、敢えて言うなら何か子どもが急に大人になってしまったような、そんな一抹の淋しさを本人を見ていると感じるんです」
或る年配の女性はそう応えた。
「それは、お孫さんに何か精神的な成長があったと云うことでしょうか?」
「いえ、多分そう云うことではなくて…」
私は相手の表情に見入る。相手は自分の心に浮かぶものへじっと意識を集中している様子。そしてやおらこう呟く。
「あの子の中の一部が何か別のものにすり替わってしまったと云うか、或いはそこだけがぽっかりと空洞になってしまったかのような、そんな落ち着きの悪い感じがして仕方がないんです」
表現の仕方はそれぞれに違う。だが語り手の言う事にはやはり共通項を感じる。失踪した者。帰ってきた者。そのいきさつの流れと残された者たちの反応。私はふと過去に同じようなことがなかったのか気になり文献を調べたが、それに当たりそうなものには行き着かない。にもかかわらず私には何故かこの状況に決して浅くない歴史的な背景を想像する。それは他でもない私の第六感だ。そして一方でこの現象の直接的引き金となった事象についても推察する。
突然そして人知れず始まったこの現象は、あくまでまだ水面下のものだ。それには何か相応のきっかけがあったはず。人が消えてなくなる。警察の力でも跡が追えないほどに忽然と。どうやら警察はまだそこに共通項を見い出していないが、おそらくそれも時間の問題だ。もしこの現象が一般化され世に知らしめられたら、事態は次なる段階へと移行する。それは失踪の感染的広がりを意味しよう。私が今抱えているのはそんな漠とした予感にも似た不安だ。
失踪が日本全国で感染化する?そんな馬鹿な。自分でもおかしいと思う。だが笑い飛ばすことはできない。そうだ。この現象には関係者一人一人の内面が深く関わっている。つまり失踪者には共通項として或る内面特性が窺われると云うこと。私の興味は今そこに向かいつつある。
「どうにも得体の知れない事件ばっかりでな」
鷺谷刑事はおそらくクセであろう、手で自分の顔をゴシゴシを拭いながら応える。
「捜索願いは何件ほど?」
「詳しいことはまだ発表できないが、先月から20件は下らんだろうな。全く何がどうなってるんだか、後に残る身にもなってみろってんだ」
鷺谷刑事の云わんとするところは尤もだ。人間は一人ではない。だからこそギリギリのところで踏ん張ることもできる。失踪した彼らはその境を軽々と越えてしまったのだろうか?
「人の縁が薄くなってますからね」
私は何気に応える。
「上手いことを言うじゃないか。要するに便利な世の中になったってことだ」
「便利?」
「そうだろ?コンビニどころか、最近じゃネット通販で買い物も済ましちまう。そもそも縁の結びようがないじゃないか」
鷺谷刑事の理屈はよく分からないが、言いたいことは伝わってくる。
「俺は時々考えるよ。便利になるのは良い。科学技術がどんどん発達してくるのもだ。ただ、どこか釈然としない。まあ、世の中を裏からばかり見ているからかも知れんがね」
「分かります。特に今回のような事が続くと」
「俺の経験上起こってしまったことは元へは戻せない。受け入れて先に進むしかないんだな」
刑事の周りでは他の捜査員たちがまるで事務職かのようにパソコン作業に没頭している。フロア全体も整然としたものだ。
「慌てなくたっていずれ皆んなお陀仏だ。それまでボチボチ生きてればよかろうにな」
私はそう言う鷺谷刑事に礼を返して警察を出る。自分の中にある嫌な予感を最後まで口に出せなかった。こうしている内にも一人また一人と姿を消す人たちがいる。私はこの人たちをどうしたいと感じているのだろう?
何かが始まっている。それは多分私自身の中でも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます