第54話 不穏な気配と祭りの終わり
紗耶と非常階段で別れた俺はまだ午後からのシフトまでは一時間程あるので、それまで時間を潰すために、喫茶店の模擬店をやっているクラスを訪れてみる事にした。
一見うちのメイド&執事喫茶と被っているみたいに思えるけれど、こちらは大正ロマン風とコンセプトが違っている。
その喫茶に入店し、袴を着た女子生徒に迎え入れられ、席に着く。
メニューを手渡され、「じゃあ、レモネードで」とすぐに注文を決めた。
紗耶にキスされたおかげで、気分が高揚し、発汗が促されたのか、さっきから喉が渇いて仕方がない。
間もなく届けられたレモネードを、俺は今まで砂漠で漂流していたように、それを一気に飲み干した。
渇きを潤し人心地ついていると、何か不穏な気配を感じた。
誰かに見られている気がする。それも邪な視線で······
まるで全身を舐め回されているような不快さに身を竦めながら、こわごわとそちらに顔を向けてみると、隣のテーブル席に座っていた若い大学生くらいの髪をハーフアップに纏めた女性と視線が交錯した。
「レイト君!」
そのハーフアップの女性に名前を叫ばれ、ビクリと身体が強張る。
「やっぱり! 本物だ!」
ガタリと勢いよく席を立ったかと思うと、素早い動きで近づいてきて、顔を覗き込まれた。
「私、貴方の大ファンなの! 雑誌で見て一瞬で好きになっちゃって! でも見れたのはその一度きりだったから、ヤキモキしてたんだけど、まさかこんなところで本人に会えるなんて! まさに運命の出会い! 二人は赤い糸で結ばれているんだわ!」
早口で一気にまくし立てられ、俺が何も言えずに戦慄していると、ハーフアップの女性は、不意に俺に正面から抱きつき、胸元に顔を埋め匂いを嗅ぎ出した。
「クンカクンカ······は〜、かぐわしい。これがレイト君の匂い。香水にして毎日嗅いでいたい」
ド変態である。
このままでは貞操まで奪われかねない。
身の危険を感じた俺は、テーブルの上に千円札を叩きつけるように置くと、「お釣りはいりません!」と定員に叫ぶように告げ、脱兎のごとくその場から逃げ出した。
「ああん! 待って〜!」
背後からハーフアップの女性が引き留めようとする声が聞こえるが、知った事ではない。
捕まったら一環の終わりだと、怜人のずば抜けた身体能力を発揮し、フルスピードで学内を駆けた。
「ここまでくれば、一安心だな」
人気のない体育館裏まで来たところで、足を止める。
さすが怜人。これだけ全力で走ったのに息一つ上がっていない。
そうしていると、建物の陰に隠れた場所から、誰かが会話する声が届いてきた。
なんだろうと気になって、建物の角に身を隠しながら覗き見る。
そこにいたのは、転校生の藍原だった。
こいつのシフトは午前中だったはずだけど、早めに切り上げてきたらしい。
その藍原と向かい合うようにして、二十歳前後程の柄の悪そうな茶髪の若い男が立っている。
「ありがとう。おかげで僕の好感度をさらにアップさせる事が出来たよ」
藍原はその柄の悪い男に、万札の束を手渡した。
その厚みからすると、三十万はありそうだ。
「か弱い女子を勇敢に守るナイト様ってか? お前もゲスい事考えるよなぁ」
「お互い様さ。君達も僕が主催するパーティで好きなようやってるじゃないか」
「へへっ、違いない。これからもよろしくやっていこうぜ」
何やら悪巧みをして、柄の悪い男に頼み事をしていたみたいだ。
最初から不審な気配を感じ取っていた俺は、素早くスマホを取り出し、その現場を撮影して動画に収めていた。
──────
午後から入ったシフトでも、執事として給仕の仕事に打ち込んだ。
前日の経験が活かされて、よりスマートな接客が出来るようになっており、麻衣と母さんが来店してきた時も、たくさん褒めてもらった。
午後四時になって閉店時間となった後は、着替えて体育館に集まり、閉会式が行われた。
そこで各賞の発表があり、うちのクラスの出し物、メイド&執事喫茶『カシェット』は、売り上げ一位となり、見事最優秀賞を獲得する事が出来た。
胸をドキドキさせながらの結果発表で、うちのクラスの名前が呼ばれた時には、皆大きな歓声をあげたり、肩を抱き合ったりして喜びを互いに分かち合った。
式後は、皆でこの後に控えている打ち上げについての話をしたりしながら、喫茶店の営業のために色々と飾り付けなどした教室の片づけをした。
その際に、俺は一つ気になっていた事をクラスの女子に尋ねてみた。
「よくぞ聞いてくれました。私がメイドの格好で給仕してる時に、ヤンキーみたいな格好をした男達が入店して来たの。そして怖かったけど、接客しないわけにはいかないから、勇気を出して注文を取りに行ったんだけど、その時、その男の一人がお尻を触ろうとしたんだ。でもその寸前で藍原君が男の手首を掴んで、『お客様、当店ではそのようなサービスは行なっておりません』って言って防いでくれたの」
「へぇ、勇敢だな」
「でしょ? それにその後も、毅然とした態度で、『ちなみにお客様は入場許可証をお持ちになられていないようですが、まさか無許可で校内に侵入されたわけではありませんよね?』ってクールに指摘して、格好よかったなぁ」
「冷静で落ち着いた対応だよな」
「だよね! しかもとどめに、『仮にそうだとすれば、先生方や警備員を呼んで対処にあたらせてもらう事になりますが、それでもかまいませんか?』って、く〜っ、痺れるぅ!」
「なるほどな。確かにその行動はヒーローって感じだな」
「それ! まさにヒーローだよね! 私まるでドラマのヒロインみたいってときめいちゃったもん!
」
その後も、いかに藍原が素敵な人かという事を熱弁されたが、俺はそれを話半分に聞き流しながら、今後藍原をどう扱うかを考えていた。
─────
「皆の頑張りのおかげで、我が二年C組の模擬店、メイド&執事喫茶『カシェット』は、見事最優秀賞を獲得する事が出来ました! その売り上げも一位で、この打ち上げにかかる費用も全てそれで賄えますので、大いに食べて飲んで羽目を外しちゃってください!」
「「「おー!」」」
クラス委員長の三つ編み眼鏡女子高梨さんの挨拶で幕を開けた文化祭の打ち上げ。
場所は焼肉屋で、予算は潤沢なので食べ放題コースだ。
クラスの皆──特に育ち盛りの男子達は、まるで飢えた野犬のように、カルビや牛タンなどにがっついている。
そんなワイワイと賑やかな打ち上げも始まりから一時間程が経ち、皆の食べるペースもゆっくりとなり、次第に会は落ち着きを見せ始め頃。
俺は葵と陽菜を連れ出し、店の前に置かれているベンチに三人で並んで座っていた。
「怜人、話って何?」
葵に尋ねられた俺は、今日後片付けの時に、クラスの女子から聞いた話を二人に伝えた。
「──っていう事があったらしいんだよ」
「その事なら私も陽菜も知ってるわよ。加賀さんから聞いていたから」
あの女子は加賀さんというのか。覚えておこう。
「加賀さん、クラス中の女子に話してたから、知らない人はいないんじゃないかな〜」
「あの分じゃ、他クラスにも──というか、学校中にあいつの武勇伝として伝わりそうね。忌々しい事に」
「ね〜。私も出来れば関わりたくない人だけど、今度の事で、株はだいぶ上がったんじゃないかな〜」
「まぁ、元々有名な芸能人って事で人気はあったけど、これでさらにあいつは持ち上げられる事になると思う」
「皆、あいつのねちっこさを知らないからね」
「でも、その事がどうかしたの〜。私達に何か関係してるとか〜?」
「ああ。まずはこれを見てくれ」
俺はスマホを取り出すと、二人に画面を向けて、例の動画を再生した。
「──これって······何よそれ! こんなの完全なマッチポンプじゃない!」
「うわぁ〜。悪い事考えるね〜。これじゃあ助けられたって感謝してる加賀さんが可哀想だよ〜」
「これがあいつの裏の顔って事だな」
「でもそれなら、この動画を皆に見せれば、あいつを追い詰める事が出来るんじゃない?」
「いや、それは出来ない」
「なぜ?」
「隠し撮りしたものだし、この会話だけじゃ犯行を確定する事は出来ないからな。それに今はAIを使ったフェイク動画なんてものも出回ってるからな。この動画も偽物だって言い逃れされるかもしれない。十万人以上のフォロワーを味方につけてるあいつの言い分を信じる人の方が多いと思う」
「そんな······こんな卑劣な手段で自分の地位と名誉を得ようとしているやつを、何も罰する事が出来ずに野放しにしなくちゃいけないなんて······」
「どうにか出来ないのかな〜?」
「悔しいけど、今はまだ様子を見よう。あいつが決定的なミスを犯すのを待つしかない。その間、またあいつが近づいて来るだろうけど、二人は絶対に誘いを受けたりはするなよ?」
「ええ、当然よ。話しかけられても無視してやるわ」
「私も気をつけておくね〜」
「それとこの事は紗耶にも伝えておいてくれ。あいつは紗耶の事も気に入ってるみたいだからな。一応俺からも気をつけるようには言っておくよ」
「分かったわ」
「悪い事が起きないといいんだけど〜」
「それはあいつの出方次第だな。また金を使って不良達を動かしてくるのか、あるいは、さらに卑劣な手段に打って出るのか。いずれにしろ、葵と陽菜に紗耶、それと麻衣もだな。四人の事は俺が絶対に守ってやるから」
俺はそう誓った。その誓いが決して破られない事を願って。
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エロゲの竿役に転生したけど寝取らずにヒロイン達を幸せにしてみせます 朔月カイト @Sasuraiblue
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