第53話 紗耶との逢瀬


 実りある時間を過ごせた一日目から一夜明け、聖章祭の二日目が始まった。

 今日は生徒に招待された一般の人達も訪れるので、さらに賑わいを見せるだろう。


 俺のシフトは午後からなので、予定通り紗耶と二人きりの文化祭デートだ。


 休憩所として使われている教室で椅子に座り待っていると、紗耶がやってきたけれど、その後ろには、妹の麻衣と母さんもいた。


「お兄ぃきたよー」


 麻衣はなぜか猫の着ぐるみに身を包んでいて、頭に被る部分だけ外して脇に抱えている。

 暑くないんだろうか。中はムシムシしていそうだ。


「なんできぐるみなんだ?」

「クラスの宣伝を任されてね。うちのクラス占いの館やってるの」

「猫と占いって何か関係あるのか?」

「知らない。可愛ければそれでいいじゃん」


 俺と麻衣が普段通り砕けたやりとりをしていると、紗耶と母さんもそれに加わってきた。


「お疲れ様です、怜人先輩。咲さんとはここにく来る途中でたまたま会ってしまって」

「私が紗耶ちゃんに、レイのところに行くなら、ぜひ一緒にってお願いしたの」

「お疲れ、紗耶。母さんも忙しいのに、よくこれたね」

「どうしてもレイの執事服姿が見たくてね。何とか都合がつけてきたの」

「お兄ぃのシフトは午後からなんだよね?」

「ああ、そうだぞ」

「じゃあその時に執事服姿のレイに接客してもらうわね。それまでは紗耶ちゃんとの文化祭デートを楽しんでいなさい」

 母さんは含んだ笑みを浮かべながら、楽しげに俺の肩をぽんぽんと叩くのだった。



 麻衣と母さんと別れた後、俺と紗耶は予定していたバンドのライブを見に行った。


「結構盛り上がってるな」


 ステージでは軽音部のバンドが有名なJポップのコピーを演奏している。

 俺達は人が密集している最前列は避けて、そこよりだいぶ後方に立ってステージを眺めていた。


「ええ。中にはペンライトを振っている方々もいますね」

「やっぱり知っている曲だとテンション上がるよな」


 バンドのライブというのは初体験ではないものの、あまり慣れているものじゃない。

 でも、演奏されているのが知っている曲──しかも自分が何回もリピートした愛聴曲とあって、気分が高揚していた。


「デスメタルじゃなくてよかったですね」

「ホントにな。観客が皆ブンブン頭を振り回したり、バンドメンバーが観客に向かってダイブとかしてたら、泡を食って逃げ出してるところだった


 軽口を叩き、二人で顔を見合わせながら、クスクスと笑い合った。



 バンドの演奏をひとしきり楽しんでそれが終わった後は、演目の入れ替えのためにステージに暗幕が下ろされ、観客達は体育館から出る事になった。


 スムージーを出す模擬店をやっているクラスで渇いた喉を潤しながら一休みし、次の演目である演劇の開始時間が近づいたところで、再び体育館を訪れた。


 館内は、キャットウォークにある窓に暗幕カーテンが垂らされて遮光され、パイプ椅子が並べられていて、俺達はその前の方の席を選んで腰を下ろし、演劇が始まるのを待った。


 しばらくして、開始の場内アナウンスが流れ、照明が落とされて館内が薄暗くなるとともに、暗幕がゆるゆると上がり、公演が始まった。


 今回演劇部が行うのは、『ロミオとジュリエット』の舞台を現代の日本に置き換えたものになるらしい。

 うちの演劇部は有名な強豪だというし、内容は期待を裏切らないものになるはずだ。

 俺はそんな見立てを立てて、登場してきた演者達に熱い視線を送った。


 四十五分程に渡る舞台の始まりから終わりまで、俺達は一言も言葉を交わす事なく、主人公とヒロインが演じる悲恋を見守っていた。


 ラストで主人公とヒロインがどちらも死んでしまうという悲劇的なシーンが繰り広げられ、その悲劇に蓋をするように暗幕がゆっくりと下ろされる。



 公演が終わり、紗耶と二人で体育館を出たが、彼女の目元は赤く腫れていた。

 深く感情移入して涙を流してしまったんだろう。


「いい舞台だったな」

「はい。舞台が現代の日本に置き換えられていましたけど、違和感なくすんなりと受け入れられましたし、脚本も新しい解釈が加えられていて、新鮮な気持ちで物語に没入する事が出来ました」

「ああ。さすが強豪と呼ばれるだけはある」

「役者の演技も巧みで、表現力があって素晴らしかったです。今日の公演が見れて本当によかった。創作のモチベーションも上がりましたから、『星屑との邂逅』に続く次回作の構想が捗りそうです」

「書き下ろしの追加エピソードの部分も書き終えて、書籍化作業は順調に進んでるんだよな?」

「はい。早ければ年内には本になって刊行されるという事でした」

「追加エピソードは俺も読んでないから楽しみだ。期待してるぞ」

「ええ。また怜人先輩を感動させてみせます」


 紗耶は自信たっぷりに宣言した。

 『オモクロ』では、竿役の怜人の罠に嵌って書籍化の夢は潰されてしまったからな。

 それが実現するとあれば、俺もぜひその喜びを一緒に味わいたい。

 そんな事を思った。



──────



 演劇部の公演を見た後、俺達は校舎の非常階段にきて腰を下ろしていた。

 普段めったに人が立ち入らない紗耶のおすすめスポットらしい。


「確かにここなら誰にも邪魔されそうにないな」


 文化祭の喧騒からは離れたそこは、一種の特異空間だ。 

 何をしたところで他人に知られる事はないだろう。

 そう考えると、急に緊張して手が震えてきた。


「私、ここにたまに一人でくるんです。落ち着くんですよね、静かで煩わせるものがなくて」

「クラスじゃ浮いてるって言ってたもんな」


 動揺を悟らせないように努めて冷静に応じる。


「こんな色の髪と瞳ですからね。自分では嫌いじゃないですけど。大好きだったお祖父ちゃんから受け継いだ色ですから」

「俺も好きだぞ。幻想的ファンタジー小説に登場するエルフみたいで綺麗だからな」

「ふふ。怜人先輩も中々口が上手いですね」


 紗耶は嬉しげに笑みを零すと、「冷めちゃいまづから、食べましょうか」と模擬店で買ってきた焼きそばのパックを開けた。


「ん、美味いな」


 もちもちとした食感の焼きそばを頬張りながら舌鼓を打つ。


「怜人先輩、頬に青海苔がついてますよ」

「えっ? それは恥ずかしいな」

「子供みたいですね。仕方ありません。私が取ってあげますから、頬をこちらに向けてください」

「悪いな。こうか?」


 言われた通り俺が頬をそちらに向けた時──


 チュッと小さな音が鳴るとともに、ぷるんと柔らかい質感のものが優しく触れた。


「ごちそうさまです。これで葵さんと陽菜さんに並ぶことが出来ましたね」


 いたずらっぽい妖精のような微笑みを浮かべる紗耶。


「二人から聞いてたんだな」


 まだ大騒ぎしている心臓をなんとかなだめようとするが、中々言う事を聞いてくれない。


「はい。ですから私も置いていかれたくなくて。これで気持ちは伝わったと思います。でも怜人先輩は焦って答えを出さなくていいですからね」


 紗耶はそう猶予を与えると、


「今日の文化祭デートここまでにしておきましょう。私もこう見えて一杯一杯ですから」


 食べかけの焼きそばを手に立ち上がり、「それでは、また」と非常階段を上がっていった。



──────


新作ラブコメ『降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜』の連載を始めました。


過去にトラウマを持つ男子高校生が、ある出会いを経て、その人物の手を借りながら成り上がっていく感じの物語で、最初の内は暗い雰囲気が漂っていますが、徐々に明るい要素が増えていきます。


良ければ読んでみてください。


↓作品トップページへのリンクを貼っておきます。

https://kakuyomu.jp/works/822139841946000208

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