第5話 すれ違いざまに

秋の風に踊らされながら、浮き立つような気分で帰りのイチョウ並木を歩く。


頭にはもう彼女以外必要ない。

いつもは眩しくて鬱陶しくてたまらない夕日が今日は宝石のように見える。



住んでいるアパートの前に着き、この美しい夕日をもっと眺めたいという感情を殺して部屋に入る。

珍しく部屋を片付け、自炊をした。

何かせずにはいられなかった。



食事中も、入浴中も、床に就いてからも、彼女の事を考えずにはいられない。 

結局そんな生活を数日続けていた。



彼女と昼食後に会い、雑談をして隣で講義を受け、別れる。僕はいつも彼女と喋っていた。

周りの連中からすれば突然講義に顔を出したかと思えばその後ずっと特定の人の横に座り、話す。



惚れているとしか思えない、しかしもうそんな周りからの目を考える余裕は無かった。

彼女以外が見えないボンクラと成っていた。



彼女と始めて会ってから一週間半ほど経った。

いつも通り昼食後彼女の講義室に入るがどこにも彼女の姿が見当たらない。

今日はいないのか?そんなことを思いながらも一応適当な席に座る。



彼女がいないのならばこんな講義受ける意味もなく、せっかくの空き時間を一つ消費してしまうだけとなってしまう。



参ったなと考えていた時、視界にあの日の夕日のような髪が入ってくる。


「隣、いいですか?」


素早く声の方へ振り返る。

マイが立っていた。



ここ一週間で胸の高鳴りはこの瞬間最高潮に達した。


「いっいいよ、もちろん」


「ありがとうございます」


この後も講義が始まるまでの間、色々と話したはずであるがよく思い出せない。



そんなことより彼女が自らの意思で自分に近づき隣に座ってくれたのが何より嬉しかった。 



もうこれは自分は彼女に良い印象を持たれていると考えて良いよな。



あぁ、おしとやかで、上品で、それでいて髪色は派手なところがまたアクセントである。ご飯にでも誘ってみようか、そろそろ何か進展が欲しいななどと考えていた。



次の日僕は彼女を外食に誘った。



今までに感じたことのない不安感を押し殺し、驚天動地と言えるほどの勇気を出し、彼女を誘った。


「よっ良ければ明日、ご飯食べに行きませんか?」


いつもの講義の終わった後のことだった。



彼女からの返答が来るまでどれほどの時間があっただろう、時計の針はどれほど動いただろうか、もう僕には見当つかない。ゆっくりと彼女の唇が動くのが見える。


「行きましょう、内容はお任せします」


それを聞いた瞬間の感情を僕は一生忘れないと感じた。

もう二度と自分の人生で味わうことのない感情であろう。


「ありがとう、楽しめる内容にできるよう頑張るよ」



高揚が口から出ないよう努力し、さも平然のように言った。

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銃と、蜂蜜と、 海松純之介 @u0zu6ra16

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