第4話 私

私はその日、いつもより早く起床した。


起床してすぐに洗面台に向かい、顔を洗う。

世間では顔を洗うと寝起き気分が吹き飛びスッキリするとしばしば聞くが私はそんなことを感じたことは一度もない。



洗顔するたびに疑問に思っていた。洗顔が終わり、少しの化粧を終えたあと昨日作った料理の余りとジャムを塗ったパンを食べる、いつも通りに。 



どうやら早く起きられたようでまだ時間に余裕があった。のんびり着替え、通学の準備をする。そして結局いつもと同じ時刻に家を出た。



大学は退屈だ。高校も退屈だったけれど大学はさらに退屈に感じている。大学に着き、講義を受ける。いつも講義の話は右から左へ行ったっきり、そんな時間を毎日過ごしている。



気がつけば昼食の時間となり、次の講義のため早めに食堂を出るて講義室へと向かった。

講義室に入るとすぐに二人の女性が近づいてきて口を開く。 


「ねぇ!昨日テレビ見た? 俳優の榊さんダンスまでできるなんて本当に魅力的!」


「だねー 私も榊さんみたいな人と結婚したいなぁ」


二人は友達ではある。しかし話はいつもアイドルや恋愛ばかりであり、正直、程度の低い話のように常に感じていた。

それでも私は同調した返事を返す。


「ダメだよ 榊さんは私が貰うんだから」 


二人は大きく笑った。

それは過剰な程だったと思う。

自分としては何が面白いのかもさっぱりだったし、発言の内容は決して本意ではなかった。



しばらくして二人がいなくなると一人ため息をつく。何も考えず机に突っ伏す。

何分くらい経っただろうか、よく分からないし考える気力もない。そんな時、後ろから声がかかる。


「こんにちは」


突然だった。素早く振り返り顔を見るも全く誰だか分からない。


「…こんにちは」


とりあえずの返事をした矢先、ふと頭のメモリが蓋を開ける。


「あっ 先週の講義の人ですか? 先日はありがとうございました」


そうだ、先週講義を少し教えてもらった人だ。

不信感と緊張感が一気になくなっていくと同時、なぜここにいるのかという疑問が膨らんでいった。

彼に疑問を抱きつつも適当に会話をすます。そして疑問に答えを男は話した。 


「実は僕もこの講義に興味があって…少し前回の説明を教えてもらっても良いでしょうか?」


それを聞いて、この男は自分に好意を持っているだろうと推測した。

今までも気づいただけで多くの異性から好意を持たれてきた。



あからさまな者、上手く恋心を隠している者、突然好意を告白する者、様々な好意のパターンを知っていた。その経験から明白な判断ができるのだ。 



あぁ、またこれだ。

このような見るからに異性交流の少なかったであろう奴らは何がきっかけで自分に惚れるのか分からない、もはや恐ろしいほどに。

喋るだけで惚れてくる奴さえいるのだ、どうしようもない。自分に惚れる奴の多くは告白する勇気どころかお出かけのお誘いをする勇気すらない。 



しかしこの男はどうやらかなり干渉してくる、いや干渉できてしまう奴のようだ。

参ったな、と心の中で思う。

このようなタイプが一番面倒くさい。仲良くしすぎると行動はエスカレートしていき、逆に突き放しすぎると自分の身に何が起きるか分からない。



最適解は都合よく使うこと。

適度に脈を感じさせ、自分の駒にする。それを相手が飽きるまで続ければ良い。

その後もちょっとした雑談を続ける。今は好感度がひたすら上がるように接する。そうすることで後に服従しやすくなるのである。



あえて初々しい喋り方を続けた。突然名前を尋ねられたのでマイ、と名乗った。 


一番怖いのが男がストーカーと成り変わることである、なので個人を特定しやすくなる苗字は何が何でも伝えない。


私の独自の護身術である。その後も雑談をしていたがすぐ講義が始まり、講義中はほとんど喋らなかったし、帰り際も簡単な挨拶で済ませた。

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