第25話 ラブランタンの朝

 すぐに答えが出るものじゃないことは、わかっていた。


「チッ! こんな鉄屑を災厄と呼ぶにはみみっちいな。ミラベルの占いどうなってやがる――」


 大男は愚痴だけを残して去っていった。


 災厄という言葉。マルスは、捕食菌の王キングバクターの姿と結びつけた。もしあの日、飲み込みこまれた濁流が町にきていたら、災厄以外の何物でもない。


 この空気で「夢の中の出来事」なんて言ったら、たぶん笑いものになるだけだ。


「坊主、言えるときに言えよ」


 そう言ってギュングが機会をくれる。例え話として口に出すなら――ありかもしれない。そう考えた。


「……例えばなんだけど、でかい捕食菌っている?」

「おいおい、藪から棒だな……」


 後押ししてくれたはずのギュングが、呆れ顔を作る。


 ヴァーゼル卿は眼鏡を少しだけ鼻から持ち上げた。彼女の何かの琴線に触れたのだろうか。瞳に映る光量が増したように見える。「の定義はわからないが……?」と、疑問で返される。


「なら、このくらいの捕食菌の触手」


 マルスは目一杯、両手を広げた。おそらく、これよりも太かったはずだ。


「想像が逞しいね。触手でその寸法サイズなのだとしたら、本体はその何十倍も大きい。理論上では可能だけど、現実的じゃないよ」

「現実的じゃない……」


 復唱するように、ヴァーゼル卿の答えを口にする。夢なのだから、正しくなくても当然だ。

 ただ、夢の中で見た捕食菌の王の大きさだけは、後から当てはめても妙に正確だった。マルスの知らないはずの寸法が、記憶の感触として残っている。


「理由は簡単だ。捕食菌には継続的な魔素マナが必要だからさ。そこまで大きくなるにはどれほどの魔素が必要なのか、計算するのも億劫だ」


 彼女にそこまで言わせる規模。どう考えても再現はしないだろう。考えれば考えるほど、自分が間抜けなことを言っているような気持ちになってくる。心がむず痒い。


「この欠片から、その発想と問い。将来、研究者を目指すのはどうだい?」

「け、けっこうです……」


 お世辞で言っているようには聞こえなかった。だが、追い打ちみたいに言われると余計に恥ずかしい。

 マルスは顔を強張らせて首を何度も横に振った。


「調査はギルドの方で頼んだ」

「承知いたしました」


 汚染された剣のは布ごとギルドに預けた。言い換えれば、毒物とも呼べるものだ。持っていても損はあれど得はない。管理してもらえる方が安全で確実だろう。

 ただし、ほんの一部――欠けた刀身の破片だけは、こっそり仕舞っていた。

 

(引き継がれないものかもしれない。でも、これは大事な証拠だ)


「さて――私もうかうかしてられないな。このままでは撤収指示がでてしまう」

 

 ヴァーゼル卿の区切りを機に、それぞれが、それぞれのいるべき場所へと戻っていく。マルスとギュングも、流れるように外に出た。


 じりじりと焼けるような日差しが降り注ぐ。夏の始まりが近い。同じ季節をもう十二回も経験しているのだから、知っているのは当然と言えば当然だ。

 だが、この既視感はそれだけじゃない。ツィロルの町の蒸し暑さを身体がなぜか〝覚えている〟。


「すっきりしたか?」

「えっ?」


 あとは調査が進み、いずれ結果もわかる。そんな状況で、彼はそう聞いてきた。

 マルスは素直に頷いてもよかった。だが、心が晴れたかと言えば、それはまた別だ。


「いや、実は……全然」

「面倒なやつだ」


 協力してくれたギュングに嘘をつきたくなかった。彼は言葉とは裏腹に、満足そうな笑みを見せる。


「何かあったら、話だけは聞いてやる」


 ギュングは鍛冶屋に戻るため、河川通りの道へ向かう。そんな彼の後ろ姿は――どこか〝剣を打つ理由〟を探している。そう感じた。


   ◇ ◇ ◇


 マルスは表通りから湖畔通りへ抜けた。


『時間あったら顔でも見せにいけ』


 ヘルナーからの言葉は、まるでマルスがミルキーとは親しい間柄かのように軽かった。

 だが今回に限って言えば、宿屋で暴れる迷惑な客で、ミルキーは被害を受けた店員だ。どう考えても、「遊びにきました」なんて言える関係じゃない。


 それでも、マルスはラブランタンへの一歩を止めなかった。


 なぜか。自分がしたことの結果を直視できなければ、きっと前には進めないからだ。少し、いや多分に――ヴァーゼル卿の考え方に感化されつつあるかもしれない。

 誰に向けるわけでもない苦笑いを浮かべ、これも成長だと割り切った。その心の勢いのまま、ラブランタンの扉を開ける。


「はい! いらっしゃ……い、ませ?」


 マルスを見たミルキーが様々な声色を聞かせ、最後には疑問を浮かべた。

『なんで、来たの』とでも言うように、見開いた目と固まった表情が物語っている。


(誰だよ……。顔でも見せろって言ったの)


 ひょろっとした大人の姿がよぎる。騙す方が一番悪い。

 ただ、相手を選ばずに信じることが良いとは言えない。特に――ヘルナーに対しては注意が必要だった。何度、術中にハマれば、この頭は学べるのだろう。


「あの……、マルスさん。ですよね?」

「昨日は、暴れてごめんなさい!!」


 一にも二にも、謝罪が先だと思った。そうでもしなければ、ミルキーの顔を見て、まともに会話ができそうもない。


「いえいえいえ! 勝手にお部屋に入って、叫んだのは私です。……ごめんなさい。ヘルナーさんから、一晩牢に入ったって聞いています……ごめ、うああああん」


 涙を流しながら、なおもミルキーは謝り続ける。

 本当は、ミルキーがだと思っていた。気持ちとしては問い詰めたかった。


(こんなの……僕が間違っていたとしか思えない)


 罪悪感が、彼女の謝罪の数だけ積み上がっていく。マルスも負けじと謝った。


「なにやってんだい! 二人ともこっちにきな!!」

「「わっ」」


 その負の連鎖を断ち切ったのは、ステラさんだった。

 マルスとミルキーは手を取られ、蝶番の扉の奥――厨房の中へと引っ張られる。


 白くて長い帽子を被った男性が、真剣な表情でかまどの中を覗いていた。こちらの様子に、耳だけピクリと動く。


 三人は厨房の隅に固まった。仁王立ちのステラさんが、睨みつけられるように目を細める。

 

「あたしゃ謝らないよ。いつだって、ミルキーは愛娘まなむすめなんだ。危険があれば、魔物の群れにだって喜んで飛び込んでやるわね」

「お母さん……」


 マルスはあの夜の衝撃が蘇って言葉がでない。ステラさんのそれが娘を守るための突撃であったのなら、なおさら。


(父さん、母さんも……同じだった)


 溜まり始めた水が溢れ出さないように、天井を見上げて耐える。一度、零れてしまったらしばらくは止められない。鼻をすすり、歯を食いしばった。


「ステラ、そう責めるな。こんな子が一晩牢にいたんだ」


 ふわっと小麦の香りが運び込まれる。初めてラブランタンで食べた朝食の匂い。


「――ほら、出来立てのパンでも食べよう」


 その優しさに、マルスは堪えることをやめた。

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