第24話 正しい順序で人は回る

 扉の前で息を整え、マルスは押し開けた。

 途端に、目が追いつかない。外の明るさのあとに、室内は赤い。炉の口が獣の喉みたいに光っていて、その奥が熱で揺れている。


 オラルの工房とは、また雰囲気がまた違う。

 石造りの壁は冷たいはずなのに、内側は長年の熱で乾いていた。指でそっと触れると粉っぽく、白い石はところどころ黄ばんでいる。継ぎ目に煤が入り込み、黒い筋になっていた。その物珍しさに、つい興味が先行する。

 

 壁際には、半端な刃、曲がった釘、鎖の輪、金具が並ぶ。まだ〝道具になる前〟の鉄がぶら下がり、どれも黒く鈍い。

 

(ここには……ないのかな?)


 冒険者が必要とするものが、置いていないように見えた。


 金床の上には赤くなった鉄片が置かれ、すぐに掴まれて打たれる。火花が散るたび、石壁に小さな星が走って消えた。

 一瞬だけ、鉄を打つ若い男と目が合う。だが革の頭巾はすぐ、また熱の方へ向いた。


 不意に、水に突っ込む音が響く。声を掛けようとした言葉が喉で引っ込んだ。


 ジュッ、と鳴いて白い蒸気が立ち上がり、鼻の奥がつんとする。川の上に建っているせいか、夏場でも桶の水は冷えていそうだ。その冷たさが、湯気をいっそう濃くしていた。


「なんの用だ?」


 男がひと段落するのを待った。顔についた煤を肘で拭いながら、ぶっきらぼうにそう言う。客に向ける第一声とは思えない。

 口で説明するより先に、マルスは布で包んだ剣を差し出した。


「はは、なら余所行きな」

「この剣を調べてもらいたいんです!」

 

 引き下がることなく、もう一度。

 ――今度は、ボロボロの刀身が視界に入るように角度を変えて見せた。


 男が大きな溜息をつく。続いて、面倒くさそうに剣を受け取った。

 剣を一目見たときは残念そうな顔だった。だが、次第に食い入るように見つめ始め、低く言う。


「これをどこで見つけた……?」


 意図のわからない一言。けれど、少なくとも剣に興味は引けたらしい。

 マルスは暗闇の中でを斬った話を伝えた。あえて、人とも魔物とも言わなかった。

 男は黙ったまま最後まで聞き、考えるように鼻を鳴らす。布を敷き、ぽろぽろと落ちる刀身の粉を広げまいと、慎重に包み直した。


「これは汚染された鉄だ。もう屑鉄にもなりゃしない」


(汚染された鉄……?)


 想定外の言葉。だが、こういう答えをずっと待っていた気もする。


「厄介なものを持ち込んできやがる」

「僕は何を斬ったっていうの?」


 布に包まった剣を突き返される。

 それだけではこの剣のがまだわからない。食い下がるように、説明を求めた。


「普通の魔物のせいじゃない。だがな――」


 〝わかるだろ?〟とでも言うように、室内へ視線を誘導される。

 この鍛冶屋では、日用品で溢れていて〝剣〟がない。――戦うための武器や防具が一切、飾られていなかった。


「そんな魔物はこの地には出ねえ」


 マルスは冒険者ギルドで受けられる依頼を思い出す。そこにあるのは、捕食菌バクター小鬼ゴブリンだけ。


 ――この町で武器を作る必要がないのだ。


「それも宿屋でそんな魔物が出た? 酔っ払いの戯言の方が信じられる。だがな……鉄は嘘をつかない」


 言葉はそれで終わりとでも言うように、男は革の頭巾を外した。


「坊主――冒険者ギルドに行くぞ。これは一大事だ。」


   ◇ ◇ ◇


 年々、武器を求める声は減り、昨今は依頼すらない。誰もが使う日用品を作り続けて、街の人へ笑顔を届ける。

 そんな日々を過ごす鍛冶師の男は、ギュングと名乗った。


「剣はもう作らないの?」

「必要がないものは作れと? それに冒険者が忙しい町なんて碌なものじゃない」


 先々代から鍛冶師として、この町の生活を支えている。そう語る彼は、誇らしげに胸を張った。

 ただ、少しだけ眉が下がり、どこか浮かない表情でもある。口ではそう言っているものの、すべてが本心ではないのが透けて見えた。


「俺は、なんでかわからず守られているのが気持ち悪いだけだ」


 それを突かれないためなのか、ギュングは聞いてもいない言葉を付け加えた。依然として、彼の足取りは早い。

 二人は並んで、冒険者ギルドの扉をまたいだ。


 受付には、以前もいた態度の悪い大男がいる。彼の声は広い室内でも反響するほど大きかった。


「だからよお! 『依頼がこれしかありません』じゃねえんだ。もっとよく探せよ」

「だからですね、バルデナードさん。申し訳ないですが、無いものは出せません」

 

 窓口で対応をしているのは今日もアンだった。ギルドに専属の担当者なんて聞いたことがない。なぜ彼女ばかり、大男を押し付けられているんだろう。


「君も、毎日毎朝飽きないものだね」

「ああ? 似非えせ貴族は口出すなよ」

「アンさん、ここは私に任せて」

「きゃっ、ヴァーゼル卿! そんな恐れ多い。これが私の仕事ですので」


(これは何を見させられているの?)


「悪いが、こっちは急ぎだ。坊主、剣を持ってこい」


 そんな疑問をよそに、堂々と間に割って入ったのはギュングだ。その度胸を、マルスは見習うべきだと思った。

 マルスは小走りで進み、布に包まれた剣を長い机の上に置く。


「ああ?! 便利屋が横入りかよ!」

「まあまあ。これが君の求めていた依頼に繋がるのでは?」


 大勢に囲まれながら、マルスは欠片をこぼさないよう布を丁寧に開いた。周囲の視線が、汚染された剣とマルスに集まる。


「説明は僕じゃなくて、……ギュングさんお願いします」

「おう、任せな――」


 ギュングが身振り手振りを使い、事の重大さを伝えていく。その声に誰もが耳を貸した。

 マルスは悔しい気持ちでいっぱいになる。


(僕じゃ、まともに取り合ってもらえないのに)


「この町のどこかに汚染源がある、か。湖畔の水質に問題はない。――いや、異常な綺麗さと関係が? 推測と逆になってしまう……」

幻惑妖精イリフェアリーに騙されたって言った方がまだ納得できるぜ?」

「それだと、この剣があることの説明はできん」

「私には判断しかねます……後ほどギルド長にお伝えいたします」


 自分と彼とでは、年齢も、話し方も、――なにより町と長年向き合ってきた信頼が違う。信じさせることの難しさを、マルスは痛いほど知った。

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