第23話 握る証拠

 詰所の一室。簡素だがしっかりとした机と椅子のある応接間。柔らかい椅子に腰を沈め、机越しに二人は対峙していた。


「なんで理由も聞いてくれなかったの」

「まあ、これでも食って落ち着けって」


 ヘルナーから差し出されたものは、湯気を立てる黄色いスープだった。マルスは手を付けていいかどうか、ほんの少し迷う。牢の中の出来事は、いまだにただの夢だとは思えない。あの場所にを除いて善意などなかった。


 甘い誘惑には裏がある。自分でもわかるほど警戒心が高まっていた。


「いらない」

「昨夜とはまた見違えるような目だな……。ああするのは仕方ねえんだよ。ほら、冷めちまうぞ?」


 マルスはそっと目を閉じ、首を振った。石の上で一晩を明かした。身体の節々は痛いし、だるい。けれど、まだまだ限界ってわけじゃない。

 最初に疑うことを教えてくれたのは――ヘルナーだ。

 

 膠着したまま時間だけが過ぎる中、部屋の扉が開いた。目の先にはバートンさんが映る。今は目線を交わしたくない。視線を横へとずらした。


 ヘルナーが助けを求めるように、後ろへ振り返る。


「彼が、頑なに『なんで?』って聞いてくるんだよ。こういうのはバートンの方が向いてるだろ?」


 場所を交代するように、今度はバートンさんが腰を掛けた。彼の視線がスープを通り、まっすぐに正面を向いた。


「マルスくん。私からまず謝ろう。昨日の夜は信じてやれず、すまなかった」


 頭のてっぺんがこちらに下がる。だが、求めている答えとは違う。マルスはいつだって〝真実に近づきたい〟と思って動いてきた。


「謝ってもらいたいわけじゃない。何があったのかを知りたいだけだ」

「ああ、教える。私たちも、君がなぜそうしたのかを聞かなきゃいけない」


 バートンさんから淡々と事実だけを伝えられる。ラブランタンでの夜は、ただの抜剣として取り扱われていた。


(――誰も、人を斬っていない?)


 その証拠を示すように、布に包まれていた剣が机上に置かれた。バートンさんが慎重に布をめくる。錆びた刀身はどす黒く変色し、ぽろぽろと鉄くずが落ちた。


「人の血でこうはならない。あの日、君は何をしていた?」


 回帰の原因となった盗人の正体を掴もうとした。逃すまいと剣で裂いた手ごたえ。少女のような叫び声。


「革袋を盗もうとした人を斬った……そう、思っていた」


 でも、魔石灯の明かりの下で〝何が起きていたのか〟を、マルスは知らない。人を斬った恐怖と罪悪感に押しつぶされ、目を逸らすしかなかった。


「ミルキーは、宿屋の人たちはなんて言ってるの?」

「彼女からは、血に濡れた剣を持った君だけだって聞いた」

「ははっ、少なくとも正気には見えねーわな」


 バートンさんに睨まれながらも、ヘルナーは口を挟む。


「だがな。冒険者なんかじゃ珍しいことじゃあない。逆に嬢ちゃんが『大事おおごとにしてしまった』って気にしていたくらいさ。時間あったら顔でも見せにいけよ。その方が後腐れがねぇはずさ」


 マルスはその軽さに困惑した。『全員が示し合わせて嵌めようとしている』――そんな邪推がよぎる。

 ただ、魔除けの鈴をつけない夜の代償としては、その程度の方がつりあっているとも思える。


(侵入者は間違いなく、いた)


 そのままあの夜を越えたら、きっと回帰してしまっただろう。盗まれてしまう〝謎〟も残る。

 痕跡は今や、ぼろぼろになった剣ひとつだけだ。


「もし、調べたいのなら、鍛冶屋に行けばわかるかもしれないが」

「無駄骨になるだろうな……」


 剣を見つめていると、バートンさんがそう言葉を濁し、ヘルナーも同調する。


 寂れていて、おおよそ期待が持てないのだろう。二人の口ぶりから、マルスはそう察する。

 だが、証拠を握っているのは今だけだ。おそらくこの剣は、回帰によって引き継げない。ケロピーの皮手袋が失われたことを思えば、なおさらそう思う。

 この剣が失われてしまう前に、確認しなきゃならない。


「どこにありますか!」


 今は鉄くずにだって、すがる必要がある。


 冷めて生温くなったスープを手に取り、喉へかきこむ。トウモロコシの甘さが広がった。夏の旬の味を堪能することもなく、器を空にする。

 用意してくれた感謝と、マルスなりの礼儀だった。彼らはどこかほっとした表情を浮かべていた。


   ◇ ◇ ◇


 河川通りを山側に歩く途中。峡谷のような斜面の横には、気持ち程度に欄干らんかんが設置されている。そこから一段高くせり出した石の建物。


 ――鍛冶屋だと、すぐにわかる。


 白い石の壁に、窓枠と換気口のまわりだけ煤で黒く縁取られている。屋根は低く、煙突だけが無骨に突き出し、風向き次第で煙が川や街へと横に這った。


 川風が吹き抜けるたび、熱い匂いが混じってくる。焼けた鉄の甘いような焦げ臭さ。油の匂い。

 それらが、マルスの鼻の奥に居座った。


 次に来たのは音だった。


 カン、カン、と金床を打つ高い音が川面に跳ね返り、二重に聞こえる。欄干が共鳴しているのか、ジーンと小さな震えが手に伝わってむず痒い。


 それにしても――。


(どこが寂れているんだ?)


 水車は今もなお、忙しなく動き続けている。

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