第7話 思い出の場所で
玄関のドアをノックすると、「は~い」とミリアの母が顔を出した。
「あら、マリウスくん……」
その目に申し訳なさが入り混じっていた。いつものように笑おうとして、笑いきれない——そんな顔だ。その表情だけで、オラルの言っていることが本当だとわかってしまった。
(でも、確かめたいのはそれじゃない)
マリウスは一度息を整え、はっきりと告げた。
「ミリアに会いたいです」
彼女は小さく頷くと、ミリアの部屋の前まで案内してくれた。
マリウスが一礼をすると、ミリアの母は足早にリビングへ引っ込んだ。いつものようにドアノブへ手を伸ばして、思いとどまる。
(もう、これが普通じゃないんだ)
目を覚ますように頬を軽く叩く。そして、最近呼べていなかった名前を口にした。
「ミリア」
廊下に声が反響した。部屋にいるのはわかっているのに、いまは一枚の木の板がやけに重い。けれど、微かに紙を擦る音、床が軋む音が――そこにいる気配を返してくる。しばらくして、扉の向こうの少女が沈黙を破った。
「何しにきたのよ」
「ミリアと話したくて来た」
「私は……」
そこで言葉が途切れ、また沈黙が落ちる。焦ったマリウスは『何か言わなきゃ』と咄嗟に口を開いた。
「ごめん」
「それを言いにきたわけ?」
苛立ちの籠った声。最近はいつもこうだ。『怒らせるつもりじゃなかった』ばかりを繰り返してしまう。
だから、もう正直になるしかないと思った。
「違うよ。でも僕もわからないんだ。前みたいに楽しく話したいのに、ミリアを変に意識して、傷つけて、気まずくなって……ただ、これだけはわかる」
心臓が高鳴って、吐き気を感じる。唇の裏が乾いて、言葉が舌に貼りつきそうだった。
(でも、後悔はしたくない)
その思いが、背中を押した。
「僕はミリアが好きなんだ」
言った。言ってしまった。
達成感が一瞬だけ胸を満たし、すぐに不安へ変わっていく。
すると、すすり泣くような声が聞こえた。
ミリアが泣いている。
でも『大丈夫?』も違う気がした。マリウスは言葉を探すのをやめ、ただ待った。やがて彼女が呟いた。
「……一緒に遊んだ川辺に行きたい」
家を出てから会話はなかった。最初は、並んでも腕が触れない距離だった。何度か歩幅が噛み合わず、石ころを踏む音だけが増える。
マリウスは少し俯いたミリアの手を取って歩いた。
一緒にいた年月に比べれば、ほんのわずかな沈黙のはずなのに。こうして歩くのが、ひどく久しぶりに感じた。
西日が差す頃、二人は川辺に着いた。座りやすそうな石を見つけ、並んで流れを眺める。
「なんだか久しぶりね」
「そうだね。歩いてるとき、同じこと考えてた」
「マリウスは、私が村を出るって知ってたの?」
「今日、オラルから聞いて……びっくりしたんだよ」
「そっかぁ……」
ミリアが項垂れて、ため息をこぼす。
「私ね。魔術、がんばったんだよ」
「僕のお母さんから教わってるのは知ってる。いつも、ミリアはがんばり屋だって褒めてる」
マリウスは、すぐに挫折した自分を思い出して苦笑した。あの勉強を続けられる気がしなかった。
「そうじゃない! 私は――マリウスといるために、がんばってたんだよ」
(僕といるため?)
予想外の理由に困惑する。ミリアが魔術を学ばなくても、自分は離れるつもりなんてなかった。単純に魔術が好きなんだと思っていた。
だから『一緒にいるため』が、どうしても繋がらない。
「マリウスは、もう魔物と戦ったことがあるの?」
「うん。魔物って言っても小鬼だけど、何度も戦ってるよ」
「じゃあ、もし〝私も戦いたい〟って言ったら?」
『危ないよ』が喉まで出かかる。ミリアが怪我をしたら――想像するだけで背筋が冷えた。だから連れては……。
(いや、連れてはいけない?)
そこで、自分の過ちに気づく。大切にしようとして、僕がミリアを遠ざけてたんだ。
「危ないって思った。……そうか。でも、それだけじゃミリアの気持ちを考えてなかったね」
「そうよ! カッコつけて『俺が守ってあげる』なんて言っちゃってさ!」
マリウスは言葉を失った。
確かに、言った覚えがある。夜回り隊に参加するようになって、自分が強くなった気がして――浮かれていた。
いま思えば、ただの傲慢だ。
「ごめん……」
「ダメ!」
「ミリア、ごめんって」
「うーん、しょうがないから許してあげる!」
そのやり取りを経て、ミリアに花が咲くような笑顔が戻った。
彼女は何かを思いついたようにスカートの中をガサゴソと探り、短い杖を取り出す。ニヤッとした表情。
「見ててくれる?」
ミリアは立ち上がり、目を閉じた。念じるように杖先を川へ向け――唱える。
「"
「えっ!? 冷たっ!」
川の水が横殴りの雨みたいに、容赦なくマリウスを叩いた。広範囲で、ミリアも例外じゃない。それでも――。
「今日は、私の勝ちよ!」
ずぶ濡れのミリアが腰に手を当て、仁王立ちで勝ち誇る。
その〝とっておき〟に、マリウスの心が震えた。
『一緒に遊びたい』
言葉にしなくても伝わってくる。こんな気持ちのこもった招待状を受け取って、引き下がれるわけがない。
「いやいや、今のは引き分けだね!」
マリウスは最大限の反撃を開始した。遊びは、一方的だとつまらないから。
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川遊びシーン
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濡れた衣服が肌に張り付いて気持ちが悪い。乾かそうとして、ふとミリアの白い背中が視界に入った。
つい数か月前までは何とも思わなかったのに、今は妙に目を逸らせない。
「……あんまり見ないでよね」
「見てない。……たぶん」
頬を紅潮させたミリアに睨まれ、マリウスは慌てて顔を背けた。背中合わせに座ると、彼女の体温が布越しに伝わってきて――心臓だけがうるさかった。
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