第6話 走れマリウス

「"GA……?"」


 小鬼の喉が深く裂かれ、四肢が力なく崩れ落ちる。マリウスは短剣をひと振りして血を払った。


「ひゅ~♪」


 同行しているオラルが、出来もしない口笛で茶化してくる。


「手慣れたもんだな」

「先生たちの厳しい教えのおかげかな」


 油断はできない。魔物相手は先手を取って、一撃で沈める。仕損じれば歯や爪が飛んでくるし、相手は執拗に食らいついてくる。

 ――短剣を握る指に、無意識に力が入った。

 倒しきれない、あるいは出会い頭になったら、素早く動きを封じなければならない。


「生意気なことを言う余裕まで教えたつもりはないがな」

「はいはい。二人とも気を抜かないの」

「「はい!」」


 オラルが鼻で笑って憎まれ口を叩き、カミラさんがきっぱりと嗜める。お決まりのやり取りだ。


 マリウスにとってカミラさんは、どこか近寄りがたい存在だった。村長の一人娘で、切れ長の目と気品を備えた大人の女性。村で会っても挨拶くらいしかしたことがない。ただ、夜回り隊で一緒にいるようになってからは、母やミリアとも違う、強くて優しい憧れのようなものを感じていた。


「言い過ぎかしら?」

「いやいやっ、カミラさんの言う通りだ! なあマリウス?」

「そうだね」


 カミラさんの視線ひとつで、オラルが妙に素直になる。実際その通りで、これ以上の反論は思いつかない。けれど、カミラさんが絡むと、オラルはいつもの調子から一歩引くように見えた。その様子に、マリウスはどこかで覚えのある既視感を抱いたが――正体までは掴めない。

 そんなことを考えていると、後方を見ていた父が戻ってきた。


「こっちも問題なさそうだな」


 マリウスが父の前で小鬼を何度か倒してから、隊の形は少しずつ変わった。父は『前衛ばかり多くても動きにくくなる』と言い、前方の指揮をカミラさんに任せ、自分は遊撃に回った。冒険者時代の経験からくる判断らしい。マリウスは「確かにな」と思った。暗い夜の森の中、一体の小鬼に対して三人で囲む姿は少し滑稽だろう。


 しばらくして正面に松明の明かりがちらつく。今日も無事にミゲルおじさんと合流できた。ほっとして、肩から力が抜ける。


(でも……こんなに上手くいくものなのかな)


 これまで『夜回り隊で怪我人が出た』という話を聞いたことがない。父やミゲルおじさん、カミラさんにオラル――村の大人たちが場慣れしているからだろうか。何事もないのが一番だ。とはいえ、そんなに安全でもないはずだ、とも思う。


 そんな疑問をよそに、オラルが耳打ちしてきた。

「明日の昼過ぎにはアレ・・ができるから取りにこいよ」


(ようやく仲直りができる!)


 それからはミリアのことを思い巡らせながら、帰路についた。


   ◇ ◇ ◇


 翌日、マリウスは昼食のパンとスープ、サラダを急いで胃へ押し込んだ。母が何事かと驚いた顔をしているが、今は気にしていられない。


「ごちおーさま!」


 言うが早いか、家を飛び出して村の工房へ向かった。


 外に面した工房の一角にオラルはいた。近づくほど、金属粉の匂いと乾いた工具の音が濃くなる。彼は緑色の石を拡大鏡越しに覗き込んでいた。


「オラルー!」

「なんだよ。昼過ぎって言ったじゃねーか」


 いつもと変わらない憎まれ口。けれど表情は真剣そのものだ。マリウスはそっと後ろに立ち、拡大鏡を盗み見た。緑の石の中で、うっすらと円を描くように光が動いている。


「もしかしてこれが?」

「ああ。この前の小鬼の魔素結晶マナクリスタルだ。……つーか、魔石のほうが早いな。で、風の魔力が宿ってるって言ったろ? あれはな――」


 解説は難しくてよくわからなかった。けれど、あの淡い紫色の魔石が、澄んだ緑へ変わったことだけはわかった。


(すごい……)


 オラルは話しながらも手を止めない。ペンダントの台座に魔石を嵌め、細い鎖を通し、金槌で微調整を重ねていく。大きな手からは想像もできない器用さだった。


「名前は浮かんできたか?」

「ネックレスに名前なんている?」

「カーッ! 特別なプレゼントだろ? 『マリウスがくれたネックレス』にするのか?」


 そう言われると、たしかに味気ない。オラル曰く、特別な物には名前を付けると力を発揮し、大事にされるらしい。それならと短剣に名前を付けようとしたら、「武器に愛着を持ちすぎると死ぬ」と全力で止められた。


「渡すまでに考えとく」

「そうしろ。神の名前だとか、大魔導士とか、大袈裟なのはやめとけよ」


 浮かんだ案は、口に出す前にばっさり切られた。冷静に考えてみれば、渡すときに少し恥ずかしいかもしれない。


「さて、完成だ。ミリアと良い別れにしろよな」

「ありがと……え?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。――『別れ』?

 言葉だけが喉の奥に残り、息の仕方を忘れた。


 この頃はミリアと会う機会がめっきり減っていた。彼女は魔術に集中しているのだろう。マリウス自身も鍛錬に追われていた。……それだけのはずだった。オラルが神妙な眼差しで問いかけてくる。


「聞いていないのか?」


 マリウスはネックレスを握りしめ、短く礼を言うと、すぐにミリアの元へ駆けた。走る理由が、さっきとは真逆だ。本当なら『別れ』なんて確かめるために急ぎたくはない。けれど――走らずにはいられなかった。

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