第4話 初陣
マリウスの役割は、松明を魔物に素早くかざすことと、魔石を剥ぎ取ることだった。前者は前衛の戦いやすさを助け、後者は夜回り隊の進行速度を左右する。補助的な立場だったが、隊の一員として必要とされている実感があり、そこに確かなやりがいを覚えていた。
そんな日々を重ね、夜回り隊に同行するのが当たり前になった頃――マリウスは今もなお晴れない心のわだかまりを抱えていた。
(最近、ミリアと全然話せていない……)
ミリアを意識し始めてから、うまく言葉が出なかった。それでも絞り出した言葉で彼女を怒らせてしまい、それ以来ミリアは山菜狩りにも来ていない。
マリウスは「ふぅ」とため息をつく。胸の中で何度も会話をやり直してみても、どうすればよかったのか、今も答えは見つからない。以前のように笑い合える日々には、もう戻れないのだろうか?
「おいおい、マリ坊はもうベテラン気取りか?」
「えっ……?」
オラルからの想定外の声掛けに、思考の渦から引き戻される。今は小鬼の胸を切り裂いて魔石を取り出している最中だ。複数体を捌き、これが最後の一体。刃の運びも深さも、教わった通りにできている。うん、少なくとも手元の作業に失敗はしていないはずだ。
「手つきは悪くないけどよ、頭の中が空っぽだろ」
ジェスチャーで頭の横をツンツンと指す。図星を刺されたようで、マリウスは思わず肩をすくめた。手はちゃんと動かしていた。でも、心ここにあらずで、決して『集中していた』とは言えなかった。
「ごめんなさい……」
「ったく。気を抜いてると死ぬぞ。……ああ!!」
オラルが何かを思いついたように、拳で手のひらを叩いた。
「リオニス! マリ坊がもう剥ぎ取りじゃ満足できねーってよ! そろそろ実戦をさせてやろうぜ」
「マリウス、そうなのか?」
「う、うん。そうだよ」
「そうか。気持ちを汲んでやれずに悪かった」
突然のことで自分でも煮え切らない返事だと思ったが、父には遠慮して言い切れないだけに映ったらしい。やりたい気持ちも嘘ではなかった。胸の奥で、恐さと同じくらい強い期待がうごめいている。
本当の理由を話すよりも、今はオラルの冗談じみた後押しに乗ることに決めた。
「やらせてもらえるの?」
「ああ。実はミゲルさんからも許可は出されてたんだ。まだ早いと思ってたのは俺だけだったのかもしれないな」
「失敗したら、俺が斧を投げてやるからな!」
「それ、全然安心できないんだけど……」
強がり半分で返しながらも、今まで以上に身を引き締めて臨もうと、マリウスはそっと拳を握りしめた。
父はすぐに夜回り隊の仲間を集め、「息子を戦列に加えたい」と相談した。左回り組の中心は、父、カミラさん、オラルの3人だ。わかってはいたが反対する者はいない。マリウスは、信頼と責任の重さを同時に突きつけられたような気がして、喉が少しだけ鳴った。
父が松明を持ち、マリウスが夜回り隊を先導していく。
松明の明かりは地形と周囲がぎりぎり確認できるように調整され、必要な分だけの光が進行方向に当たっている。暗闇の中で浮かび上がる地面の起伏や枝葉の陰が、見やすくもあり、同時に恐ろしい。
……しばらく歩いた。足元の落ち葉が潰れる音と、息の白さだけが一定のリズムを刻む。
マリウスは探索のしやすさに驚き、光の扱いひとつで生死が変わるのだと実感した。指示を受けながら何となく照らしていた自分とはまるで違う。オラルの言った『ベテラン』という言葉が、マリウスの胸にチクりと刺さる。
(本当に僕はまだまだじゃないか)
それでも、妙な違和感があった。なぜ暗闇の中で魔物より先に見つけられるのか。どうして矢を的確に当てられるのか。魔石の位置を正確に把握できるのはなぜか。経験や勘で片づけるには、どこか腑に落ちない。自分の中に、まだ言葉にできない何かが潜んでいる気がした。
獣道を抜けた先、月明りが射す丘の上に、尖った耳を持つ緑色の魔物――小鬼がいた。
積まれた石を椅子のようにして休んでいる。月光がその輪郭を淡く浮かび上がらせ、白い息が夜気に混じる。
父が松明の光を抑えるようにと後続へ指示を出す。マリウスは音を立てないように短剣を鞘から引き抜いた。柄にかすかな冷たさが残っている。逸る気持ちを抑え、一歩、また一歩と小鬼の背後へ回り込むようにして足を進めていく。あと十歩ほどの距離。
「"GYUAAA?"」
(気づかれた?!)
小鬼が声を出しながら腕を上に伸ばす。マリウスの上半身がびくりと跳ねかけたが、短剣を握る手に力を入れてなんとか踏みとどまる。
(ただの背伸びだ。落ち着け、落ち着け)
小鬼の荒い息遣いが近い。獣臭と鉄のような匂いが鼻を刺す。後頭部は目と鼻の先だ。
(騒がれないように喉を狙う)
短剣の握りをつまみ、刃を回転させるようにして逆手に持ち変える。腕をしならせるようにして喉元に突き入れる!
「"UAHHA?!"」
すぐさま短剣を引き抜き、振り向こうとする小鬼を蹴飛ばす。小鬼は跳ねるようにして転がり、仰向けに倒れる。マリウスは止まることなく小鬼の胸へ飛び込み、そのまま左胸を突き刺した。手応えが骨を滑り、肉を裂く感触となって腕を通じて伝わる。
小鬼と目が合った。黄色く濁った瞳が、大きく見開かれる。
マリウスは押さえつけ、何度も短剣を振るった。生温かい血が飛び散り、頬と手の甲に斑点のようにこびりついていく。
「マリウス! マリウス!!」
「ハァハァ、ハァ……父さん?」
マリウスは恐る恐る手を止めた。肩が上下し、短剣を握る手がかすかに震えている。
「もう死んでるよ。よくやった」
小鬼はピクリとも動いていない。耳も、指先も、だらりと力を失っている。勝ったんだ。ようやくその事実が、じわじわと胸に染み込んでくる。
「何もう終わりみたいな顔してるんだ。魔石を取るまでが仕事だろ?」
いつものオラルの軽口だ。緊張の糸がふっと緩み、力が抜ける。「もちろんやるよ」と強がって返したが、呼吸を整え、鼓動が落ち着くまでにはしばらく時間がかかった。
仕留めた小鬼の魔石を取りだした時、オラルは感嘆の声を漏らした。
「おお、こりゃ当たりだな」
「少しだけ風の魔力を帯びているわね」
カミラさんまで関心を寄せている。しかし、マリウスには今まで見た魔石との違いがあるようには見えなかった。淡い紫色の石で、月光を受けてかすかに内側から光っているようにも見える。
「初めての戦利品だな。無くすなよ」
夜回り隊の魔石は村の財産だ。マリウスがためらうと、オラルが魔石をグイッと押し込んだ。
「最初の一つはあげるのが村の掟だ」
「ありがとう」
マリウスは、その魔石を大事に革袋へと仕舞った。指先に残るざらつきと、石の重みが、今日の出来事を確かな形に変えていく。
「おーい」
すると、遠くから右回り組のミゲルさんの声が聞こえた。声のする方向を見ると松明を振っている姿が見える。火の揺らめきが合図のように上下している。今日の夜回り隊はこれで終わりのようだ。
村の焚火前に戻ってくると、夜回り隊の皆から労いの言葉をかけられる。煤と汗と火の匂いが入り混じる中で、肩を叩かれ、笑い掛けられる。オラルが自分のことのように自慢をしているのは恥ずかしかったが、少し自分が誇らしく思えた。
「オラル、ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「なんだマリ坊。いや、マリウスって呼ぶべきか?」
「そんなのどっちでもいいよ」
本心からの言葉だ。正直、呼び方なんて何でもよく思えた。それよりもマリウスには、帰る時にずっと頭の中で転がしていた考えがあった。自分にとって、大切なことはなにかの答えだ。だから、革袋から小鬼の魔石を取りだして、オラルにこう伝えた。
「これをネックレスにしてほしい」
「へいへい」
オラルが『わかってるよ』と言わんばかりに、ウインクを飛ばして魔石を受け取った。その仕草に、マリウスは胸の奥で小さく安堵した。自分の選んだ一歩が、きちんと受け止められた気がした。
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