第3話 温かい気持ち
野ウサギの肉厚ステーキ、きのこのポタージュ、山菜のソテー、ハムとチーズのサラダ、そしてマリウスの好物であるトマトたっぷりのマルゲリータ――四人掛けのテーブルは、これでもかと言わんばかりの料理で埋まっていく。『少し作りすぎたかしら?』と思いながらも、マーナの手は止まらない。
今日はマリウスが初めて夜回り隊に参加する日。誇らしさと心配が入り混じり、その手をさらに忙しなく動かしていた。
(まあ、パパがいるから大丈夫でしょう)
リオニスとは幾度となく迷宮を切り抜けてきた。冒険者としても、父親としても、――ひとりの男としても信頼している。女性の扱いをまるで知らないのは玉に瑕だが、長年寄り添ううちに、それすら愛嬌だと思うようになった。
(あら、惚気てしまったわ)
「母さん、ただいまー!」
「戻ったぞ~」
玄関から愛すべき家族の声が響く。
「おかえりなさい!」
ほんの少しの杞憂は、たちまちどこかへ消えていった。マーナは満面の笑みで二人を出迎えると、有無を言わせず浴室へと追いやった。
――そして、夕食の時間。
マリウスは所狭しと並べられた料理を見て、目を丸くした。
「なんだこりゃ! すごい量だよ。ピザもある!」
「ははは、作りすぎだろう」
「心配で落ち着かなくて、気づいたらこうなってたのよ」
「もうマリウスも立派な大人さ」
「それ、私とマリウスだけで行っても言える?」
「心配に決まっているじゃないかっ!」
また始まった、
「夜回り隊はどうだったの?」
「ん~」
慣れない夜道。動物と魔物の違い。魔石の輝き。今日の出来事が次々と頭に浮かぶ。疲れたし、怖かった。だが、思い返せば初めて熊退治をしたときと大差ない気もした。
「小鬼より、怒った熊のほうが怖いかもしれない」
でも、とそのまま言葉を続けて――「一番は父さんの戦う姿がかっこよかった」
「「ほう」「あら」」
父と母は驚いたように瞬きをし、それから柔らかく微笑んだ。
「マーナ、今日は良い酒を開けてくれ」
「はいはい」
母は鼻歌をこぼしながら台所へ向かった。
「マリウスは将来どうなりたい?」
「ん~、特にないけど……父さんたちは冒険者だったんだよね。なんでなったの?」
「まあ……俺は成り行きだな」
父はぽつりぽつりと、自分の過去を語り始めた。村生まれの次男で食べ物に困り、村を出たこと。靴磨きの仕事をしていたこと。冒険者の荷物持ちに誘われたこと。そして――母に一目惚れしたこと。
「必死だったさ。次もその次も呼んでもらえるように努力しただけだった」
コトンッ。
「命がいくつあっても足りない〝無茶〟を、でしょ?」
少し強めに置かれたグラスを見て、父は苦笑した。
その無茶は母と結ばれてからきっぱりやめたらしい。……でなければ、マリウスはここにいなかったのだろう。
自分がどれほど幸せなのか、答えはでない。
だから、今わかっていることを伝えた。
「やっぱり特にないや。父さんと母さんがいるこの村が好きだよ」
両親は今にも泣きそうな顔でこちらを見つめた。父がわざとらしく咳払いし、にやりと覗き込む。
「ミリアもじゃないのか~?」
「ミリア? そりゃミリアもいたら嬉しいよね」
母が額を押さえ、大きくため息をついた。
酒飲み同士の話は長い。マリウスは母の「やはり私もマリウスと夜回り隊に……」という言葉が即座に却下されるのを尻目に、自室へ戻った。疲れた体をベッドに投げ出し、父が言っていた〝将来〟について考えてみる。
具体的になりたいものは頭の中に浮かんでこなかった。村では生きるための方法を学んではいるが、それが何になるかということに結びついてはいない。ただ、何をするにも両親とミリアがそばにいた。
(あれ……?)
他にも同年代はいたはずだ。しかし、頭をいくらひねったところで顔も名前も思い出せない。まるで寝起きざまに見た夢を忘れていくような感覚だった。ただ、父のように村を出る理由は、誰にでもあるのだろう。
(僕が冒険者かぁ)
冒険者の模範は父だ。前衛としての力も、的確な指示も。夜回り隊で見た父の立ち回りは理想そのものだった。
母には悪いが、魔術は……。
(三日も持たずに投げ出したっけな)
ミリアは今も教わっており、魔術師として開花するかもしれない。注意力の高さも、マリウスは一目置いていた。前衛と後衛で、きっと良いパートナーになれる。
気づけば、どんな未来にもミリアがいた。
冒険者としても、それ以外でも――彼女はいつも隣にいた。
(これからもミリアと一緒にいたい)
その瞬間、胸の奥に熱が宿り、顔が火照る。思わず布団をかぶった。
(これは……風邪かな)
そう思い込もうとしても、ミリアの笑顔が浮かんでしまう。この温かくて溢れそうな想いを、魔物みたいに斬り捨てることなんてできやしない。
冷たさを求めて、ベッドの上をゴロゴロと転がる。
収まらない感情をどうにか誤魔化そうとしても、抜けられない泥沼のようだ。ただ、幸いにも溜まった疲れと食事の後の満腹感が救いの手を差し伸べ始めた。
(きっと疲れてるんだ。明日になれば――)
そう自分に言い聞かせ、マリウスはそっと瞼を閉じた。
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