第6話 目的と準備

「俺らは火祭りの前日までに、キングバクターを見つけなきゃいけない。そうだな?」


 確認するようなダイの声に、マルスは大きく頷いた。

 間違えようのない話だ。火祭りまで残された時間は少ない。湖畔の異変も、グールの出現も、その先にいるはずの捕食菌の王キングバクターも、放っておけば取り返しがつかなくなる。


 だが、目の前に危険があるとわかっていて、無策のまま踏み込むほど愚かでもない。

 ダイなら、リーダーとして一度引く判断を下すかもしれない――マルスはそう思っていた。


「それぞれが、やるべきことをやろう」


 けれど返ってきた答えは、マルスの予想とは違った。

 しかも悪い意味ではない。むしろその逆だった。


「あまりにも情報が少ないわね」

「だから、俺とアイカは町の調査担当だな。北側は俺が見る。南側はアイカ、いけるか?」

「もう! そのための服じゃなかったんだけど?」


 アイカが頬を膨らませる。

 洒落た服装をつまんで見せる仕草に、緊張しかけていた空気がわずかに緩んだ。ダイは苦笑しながら「悪い悪い」と片手を上げる。


「んで、オレはどうすりゃいい?」

「みんなの負担が減るように、バクターの魔石を多めに集めてくれ」

「うす」


 シシドは不満ひとつこぼさず、むしろ待ってましたと言わんばかりに拳を握った。

 単純な役回りでも不満すら言わない。そういう単純さは、ときに頼もしい。


(それでいいのか……)


 内心でそう思いながらも、マルスは口を挟まなかった。

 誰かが嫌な顔をするわけでもなく、それぞれの役割が自然に収まっていく。ダイは勢いで突っ走るだけの男ではないのだと、改めて思い知らされる。


「私はその鉄を使って、解毒剤を作る」

「ロロって薬師だったの?!」

「んー……薬師というより、錬金術師。初級の魔術ならだいたい扱える」


 さらりと言って、ロロが指先を軽く持ち上げた。


「――"Heat"ヒート


 小さな火が、指先の周囲にふっと灯る。

 それは焚き火のような荒々しい炎ではなく、まるで蝋燭へ火を移したときのような、静かで制御された熱だった。赤橙の光がロロの横顔を淡く照らし、その瞳の奥に揺れを宿す。


 マルスは息を呑む。

 ララーナの村で、そんな技術を学べるはずがない。


(これが、恩寵ギフト……)


 だからこそ、わかってしまった。

 ロロは〝迷い子〟だ。


 その気づきを、あえて口にはしない。

 今ここで問うべきことではないし、問い詰めたいとも思わなかった。


 ダイが小さく頷く。

 それだけで十分だった。ロロが自分たちを仲間と認め、この場で力を貸すと言った。その事実だけで、今は足りる。


 もっとも当の本人は、生憎あいにくとでも言うように、ぷいとそっぽを向いてしまったのだけれど。


「マルス。ギルドを必ず説得しろよ」

「うん、任せて」


 その役割だけは、自分にしかできない。

 マルスは迷わず頷いた。


   ◇ ◇ ◇


は厄介なものを持ち込んできやがった」


 低く吐き出された声に、マルスたちは揃って息を呑んだ。


 ララーナ冒険隊は、以前にも一度ここを訪れていたようだ。

 だがそのときは、門前払いだった。――『武器は作らない』と、ぴしゃりと言い切られて。


 ただ、今は違う。


 ギュングは片目を細め、差し出された汚染された鉄をじっと見つめている。やがて面倒くさそうに頭巾を取ると、乱れた髪を掻きながら短く鼻を鳴らした。


「そんで、おめえらは何が目的だ?」

「武器を作ってほしいんです。ツィロルの異変を調査するために」


 答えながら、マルスはギュングの顔をまっすぐ見た。


 彼は覚えていないだろう。

 けれど、マルスにとっては違う。ツィロルの町で、頼れる鍛冶師はここしかいない。無骨で口も悪いが、行動力は確かだ。少なくとも、そう信じられるだけのものを、マルスは知っている。


「ただのごっこ遊びじゃないってことだな」


 ギュングはそう言って、口を真一文字に結んだ。

 眉間には深い皺が刻まれている。突き放すような声音とは裏腹に、その目は汚染鉄から一度も離れなかった。


「オレらは冒険者だぜ!」

「……まだティン級」

「もしかして銀貨三枚じゃ足りない?」

「しー! みんな余計なこと言うなよ」


 好き勝手なことを言い出す仲間たちを横目に見ながらも、マルスは口を閉ざしたまま待った。

 ギュングの表情が晴れない。値段の話ではない。もっと別の、職人として見過ごせない何かに引っかかっている顔だった。


 やがて、重たく閉ざされていた口がようやく開く。


「汚染されない装備を作るにゃ、色々足りねぇし……すまないが――」

「ちょっと待って! うちらは鉄製でいいのよ」

「んん? この魔物と戦うための装備だろ?」


 ギュングが初めて、はっきりと怪訝そうな顔をした。


 数度、瞬きをするほどの沈黙が落ちる。

 そこでマルスはようやく理解した。この男は面倒だから渋っていたんじゃない。最初から、本気で考えてくれていたのだ。汚染に耐える装備を作ろうとして、足りないものを頭の中で並べていたのだろう。


 胸の奥が、少しだけ熱くなる。


「あくまで調査です。山奥に踏み込みはしますけど、ゴブリンと戦えればよくて。だから、それに通用するもので大丈夫です」

「……なんだよ。だったら倉庫にあるやつを持ってきてやる」


 吐き捨てるように言って、ギュングは踵を返した。


 その背中は、どこか拍子抜けしたようにも見えた。

 本気で鍛える前提で頭を回していたのに、話がそこまでではなかった――そんな肩透かしの色が、無骨な背中ににじんでいる。


 ……やがて戻ってきたギュングが、どさりと品を並べる。


 小剣が二本。盾が一枚。短槍が一本。籠手がひと組。


「銀貨二枚でいい。在庫処分だ」


 そう言って、受け取った銀貨のうち一枚をダイへ突き返した。


 店に残っていた鉄製武器は、それで全部だった。

 見ればわかる。最低限は揃う。けれど余裕はない。まして、ロロのように後衛寄りの人間に合う得物はなかった。


「私は行かないから、なくても問題ない」


 ロロは軽く手を振って、それで話は終わりだと示した。


 確かに、カジアシの館で見た弓銃ボウガンも、彼女にとっては主武装ではなく補助にすぎなかったのだろう。

 それでもマルスは、並べられた武器を見下ろしながら、わずかな引っかかりを覚えていた。


「もし鉢合わせたらどうするつもりだ?」


 珍しく、シシドが鋭い声を投げる。

 向けられた先はロロだった。


「逃げる」

「その約束、忘れんなよ」


 短いやり取りだった。

 だが、そこにあったのは冗談でも軽口でもない。万が一を見据えた、念押しだった。

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