新聞配達

佐古涼夏

新聞配達

 地元紙にアタシが紹介されてると知人から連絡があった。3日前のものらしい。

 

さっそく最寄りの販売店に架電。15分後に持ってきてくれるという。

 

 アタシの家は郵便局でも間違える難しいところに立地しているから、最寄りのコンビニ駐車場で待ち合わせした。そもそも赤の他人に家を知られたくないし。

 

 少し早く行こうかな、と約束の5分前に到着した。通話時に伝えられた白の軽バンが止まっている。ナンバーは「115048」(いいころしや)。


――あれだ!


 軽バンに近寄ると、アタシに気づいた男性が降車した。痩身で日焼けした市民マラソン常連のようなオジサンだった。


 彼は調子のいい声色で、

「殺しんぶんの生首です。佐古さんですか?」

 と微笑んだ。


 なんだかいろいろおかしくないか、と思ったので、1部売りの料金を払うと踵を返した。

「ちょっと待ってください! まえにうちで記者やってた佐古さんですよね? いい記事書くので覚えてましたよ」


 どんなショボい記事でも末尾に署名が入る。退職したのは何年もまえなのに覚えてたのか。

 気持ち悪さを覚えながらも顔に力を込め、

「覚えてもらっていて嬉しいです」

 と作り笑いした。


 寒いし早く帰りたかったので、一礼して背を向けた。また呼びかけられた。いい加減にしなさいよ、失礼しちゃうわ。

「配達員もされてたことありますよね? よかったら働きませんか?」


 生首さんによると、過去に勤務していた社員はデータとして記録されていて、それなりの社内地位にある人は閲覧可能らしい。


 そんなこと部外者に話していいのかなと疑いの念が胸裏に湧出した。ちょっとアブナイ人かもしれない。

「子供が生まれたばかりで目が離せないので、失礼します」

 嘘をついてその場から駆け出そうとした。

「72歳の配達員が足が痛くて辞めたいって言ってるんです。すぐとは言わないので検討してもらえませんか?」


 アタシは返事もせずその場を離れ、家路を急いだ。細い路地に入り、さらに舗装されていない狭隘な砂利道を進んださきが私の家だ。

 後をつけられていないか確認した。誰もいなかった。カラスが鳴いて飛んでいった。


 帰宅後、ホッと息をついていると、スマホが鳴った。画面を見ると生首さんと思しき番号が表示されていた。「通話拒否」をタップして着信拒否設定にした。


 渡された新聞は恐怖で開けなかった。しばらくボーッとしていると、ベランダでカラスが跳ねている。アタシはベランダに生ゴミを置いているので荒らされたら大変だ。すぐに引き戸を開けた。


『その用心深さ、朕の隠密部隊として密書を届けてもらおう』


 朕? わが国で最も高貴な御仁がアタシに話しかけてくるわけない。てゆーか、カラスが喋ってるの? これは幻覚幻聴。ストレッチでもして心を鎮めよう。


『随分と体が柔らかいのだな。ますます欲しい人材だ』


 アニメの見過ぎで脳がおかしくなったのだと合点し、ベッドに転がった。背中に柔らかい個体が当たっている気がする。


 起き上がると、さっきのカラスが羽をばたつかせながら屹立している。ごめんね、と心中で謝罪しつつカラスに触れようとした。


「臣民の分際で朕に触れようとするとは無礼だな」


 えっ? 本当にカラスが喋ってる!? もしかして、このあと、異世界に召喚されちゃったりするの!? 魔法陣とか出てきて。。。


 アタシはカラスを包丁で一突きすると冷凍庫に投げ込んだ。これで大丈夫。安堵していたらテレビドアホンが鳴った。


 ハイハイ、生首さんが玄関に立ってるんでしょ? で、異世界に連れていく気なんでしょ? 元記者のカン舐めんな! ドアホンの画面を見たら無人だった。


『朕を刺した上に氷魔法まで使うとは。お主がますます欲しくなったぞ!』


 エッ!? 生きてるの!? コノヤロー! こうなったら!!



 追記︰ある日の朝刊に「Z市で住宅火災」との記事が載った。消防によると、民家は全焼で類焼はなし。ここで暮らす佐古涼夏さん(46)は行方不明。出火原因も不明だそうだ。

 佐古さんに会ったという生首さんに話を訊いたが、何も知らないそうだ。

 

 ま、俺はいつもどおりに新聞配るだけだ。でも、なんで俺はこの話を知ってるんだ?

(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新聞配達 佐古涼夏 @sakoryoka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画