第20話 この件から手を引いたほうがいい


「あれが猫鬼マオグイであるか?」


 王離が聞いてきたけど、私もよくわからないよ。


「さて? そうとも言えるし、そうじゃないともいえるかな? 王離。琅宋ろうそうの守りをよろしく。気を整えているから、倒れることはないと思うけど」


 私は前に出て、王離を後ろに下げる。あれは、ただの人では厳しいだろう。


「白。手伝ってもらえる?」

「黎明がお願いと、俺に頼むのであれば、仕方がないなぁ」


 別にお願いとは言っていないけど、白は手伝ってくれるらしい。身体を巨大化し、窮奇の姿になる。


 そして私が更に一歩進めたところで、どこからとも無く現れた黒い猫たちが襲いかかってきた。

 十や二十ではない。最低百匹はいるだろう。


 ニャーニャーうるさかったのは、この猫たちだったようだ。


「全てを燃やし尽くせ『爆炎』」

「『颶風』」


 私が炎を出すと、炎の勢いを後押しするために、白は風を出した。


 周りに一気に燃え広がり、全てを燃やし尽くすように炎が踊りだす。そして、襲いかかってきた黒猫は紙くずのように一瞬で灰になって燃え尽きていく。


『ミャウミャウ。ミャァァァァァン!』


 再び頭が黒猫の女性が叫ぶ。

 だから、何を言っているのかわからないのだよ。


 ざわざわと産毛が沸き立った。何か来る。


「はぁ。これは駄目だ。黎明。ここに本体はいない」

「え?」


 四方八方の空間が歪み、空間の隙間から巨大な黒い猫が現れる。一匹ではない、十匹の巨大な猫。

 まさか、この全てが猫鬼マオグイだというの?


 そして白が本体がいないということは、女性の身体をもった黒猫は本体ではないということ。


 というか、本体ってなに?

 あ……呪物が庭に埋まっている痕跡がなかったことに由来するのであれば、どちらにも矛盾はない。


 呪物もこの場にはなく、本体もここにいない。


「倒しても倒してもキリがない無限の呪だ」

「そうなると、私が祓えるのは猫頭の女性だけだよ」


 呪詛返し。本当なら、本体を祓うところなのだ。だけど、本体がいないとなると、この引き起こしている現象の呪を作り出した本人に返すということだ。


「わかっているが、俺一人だとちとキツいな」

猫鬼マオグイなんて、子猫だって言ったの誰よ」

「俺だが、子猫によってたかられると身動き取れねぇだろう?」


 言い訳がましいね。


 袖口からひょうたんを一つ取り出す。中に液体が入ったひょうたんだ。

 そのひょうたんの蓋を取った。

 すると、8尺6寸2mほどの十匹の黒い猫が一斉に向かってきた。


「白。黒い子猫の相手はしてよ」

「だから、よってたかられるとなっと」


 そう、文句を言いながらも、正面からきた猫鬼マオグイをその鋭い爪で引き裂いていく。しかし、姿が揺れたかと思うと、元の姿に戻った


「こういうことだから、早くしろよ」

「わかっているよ」


 左手を下にして、ひょうたんを逆さにする。中からはぼとぼとと水が落ちてきた。

 その水を左手で受け止める。

 水が空中で渦を巻き球状に形をなしていった。


 横から襲ってくる猫鬼マオグイ


「『白雷!』」


 雷を放って遠ざけてくれるものの、すぐに復活して襲ってくるだろう。


「早くしろ! 黎明!」

「ひょうたんの口が狭くて、まだ足りないの!」


 くっ! 私が持ちやすい小さいひょうたんにしたために、中の水の出る勢いはそれほど多くない。

 しかし、大きいとすぐに取り出せない仙嚢行きになってしまう。


「後は呪で賄えばいいだろう」

「失敗すると、私に返って来るからイヤ!」


 呪詛返しのエゲツのないところは、腕のいい術者ならそれを更に跳ね返すことができるのだ。

 それだけは絶対にいやだね。


 しかし、この猫鬼マオグイはどうなっているわけ? 白が私の周りを回りながら、全方向の猫鬼マオグイに対処してくれている。だけど、すぐに復活して襲ってくる。

 普通はこんなことは、ありはしないのに。

 これは異常だ。この件から手を引いたほうがいい。


 ふと、風を近くに感じた。


「黎明!」


 目の端に猫鬼マオグイの鋭い爪が、迫ってきていた。


「『フェ……』」


 術で吹き飛ばそうとしたところで、私の前に何かが割り込んでくる。

 キンと甲高い音と共に猫鬼マオグイの悲鳴が聞こえた。


 え? 悲鳴?

 白が今まで攻撃していても、ひと鳴きもしなかったのに。


「黎明! 怪我はないか?」

琅宋ろうそうの方が大丈夫?」


 琅宋ろうそうが、私と猫鬼マオグイの間に入ってきて、私が渡した退魔の剣を振るったようだ。量産品だけどね。


 しかし、こころなしか琅宋ろうそうの目が光っているような気がする。体調は大丈夫なのだろうか。


『ミャウミャウ。ミャァァァァァン!』


 ここに来て女性の身体の猫鬼マオグイが再び鳴いた。


「黎明。これ以上増えると、そいつらの安全は保証しないぞ!」


 白から私が遅いと文句が降ってきた。

 いや、また空間の歪みが現れたので、猫鬼マオグイがこれ以上現れると、琅宋ろうそうと王離の命は保証しないと言っているのだ。


「もういい。準備はできた」


 私は渦巻く球状の水の塊を頭上に掲げる。


「雪の水玉が溶けし霊泉の。盈盈にあふるる清めし水に溶とけし、全てを生み出せし主の元へ返れ」


 渦巻く水が広がっていき、辺り一帯にいる猫鬼マオグイを呑み込んでいき、女性の身体を持つ猫鬼マオグイを中心に回っていく。


「流石、天行てんこうのところの泉の水だ。抜け出せずにもがいている」

「水に触れているのに濡れていない?」

「我が主!体調は如何に?」


 父の南山に湧き出ている水を汲んだからね。一応霊験あらたかというものだろう。


「『鬼返溢水』!」


 私が呪を唱えると、床に穴が空いたかのように水が抜けていく。女性の身体の猫鬼マオグイも水とともに床に沈んでいった。


 そして、この場には猫鬼マオグイの姿はなくなった。


「屋敷の幻術も無くなるから、私はここで失礼するよ。たぶん、どこかの場所から大量の水が溢れてきたら、そこが武官を呪い殺した人がいるから、腕のいい術士に調査依頼を頼むといいよ」


 私は、言いたいことだけ言って白の背に乗る。


「黎明!」

「あ、その剣と槍は量産品だからあげるよ。じゃあね。もう会わないと思うけど、元気でね。琅宋ろうそう。王離」

「ちょっと待つのだ!」

「黎明! 少し話を!」


 やだよ。

 周りに兵が屋敷を囲っていたの知っているんだよ。二日経ったのか三日経ったのか不明だけど、皇帝を隔離したとか言いがかりをされたら困るもの。


 だからさっさと、ここを去るに限るんだよ。


再见さようなら



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