エピローグ「丘の上の小さな家」

 ミモザ村の少し外れにある、小高い丘の上。

 かつては誰も住んでいなかったその場所に、今では一軒の小さな家が建っている。

 家の周りには、色とりどりの薬草が植えられた庭が広がり、煙突からは温かい煙が立ち上っていた。

 ここは、ルナとリオネスが結婚して、新しく建てた家だ。


「パパ、ママ、おかえりなさい!」


 家のドアを開けると、金色の髪と、青い瞳を持つ小さな男の子が、元気よく飛び出してきた。


「ただいま、アレン」


 ルナは、息子の小さな体を優しく抱きしめた。


「今日は、いい子にしてたかい?」


 リオネスがアレンの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 あれから、五年が過ぎた。

 ルナとリオネスは、辺境の地を巡る役目を続けながら、ミモザ村に根を下ろし、ささやかな家庭を築いていた。

 ルナは今も薬師として村人たちを癒し、リオネスは彼女の助手として、そして夫として、彼女を支えている。

 そして、三年前に、待望の第一子であるアレンが生まれた。

 アレンは、父親譲りの不運体質と、母親譲りの浄化の力を、少しずつ受け継いでいるようだった。

 彼が歩くと、小石が跳ねてリオネスのすねに当たったり、彼が触った花瓶が、絶妙なバランスで倒れそうで倒れなかったりする。


「パパ、見て! お庭に、虹が出たよ!」


 アレンが指さす先を見ると、庭に水を撒いていたホースの先端から、綺麗な小さな虹が生まれていた。

 アレンがホースを手に取った途端、水が変な方向に飛び出し、リオネスの顔面を直撃したのだが、それももはや日常の風景だった。


「ははは、本当だな。アレンは、虹を作るのが得意だなあ」


 ずぶ濡れのリオネスが、息子を優しく抱き上げる。

 その光景を、ルナは微笑みながら見つめていた。


 本当に、幸せ……。


 五年前、自分が呪われていると信じて、絶望の中にいたことが、嘘のようだ。

 今、彼女の周りには、愛する夫と、愛しい息子がいる。

 そして、彼女を頼ってくれる、温かい村人たちがいる。

 時々、王都からカイや、第一王子であるアルフォンスが、様子を見にやってくる。

 そのたびに、城では起こりえないような珍事件が頻発するが、それもまた、今では皆の笑いの種になっていた。


 夕食の後、家族三人は、暖炉の前で寄り添っていた。


「ねえ、ママ。昔の話をして!」


 アレンが、ルナの膝の上でせがむ。


「昔の話?」


「パパとママが、どうやって出会ったか、っていうお話!」


 それは、アレンが一番気に入っているお話だった。

 ルナは、リオネスと顔を見合わせて、くすくすと笑った。


「そうね……。昔々、あるところに、自分は呪われていると信じている、臆病な聖女がいました」


「そして、王国一の不運をものともしない、お調子者の王子様がいました」


 リオネスが、物語を引き継ぐ。

 二人は、まるで歌うように、自分たちの出会いの物語を息子に語って聞かせる。

 派手に転んだ王子のこと。

 恐る恐る看病した薬師のこと。

 祭りの夜の小さな奇跡。

 王都での、大きな戦い。

 そして、二人が手を取り合って、新しい暮らしを始めたこと。

 物語を聞きながら、アレンはいつの間にか、すやすやと寝息を立てていた。

 ルナは、眠る息子の額に、優しくキスを落とす。


「リオ」


「ん?」


「私、あなたと出会えて、本当に良かった」


「僕もだよ、リナ」


 リオネスは、ルナとアレンを、まとめて大きな腕でそっと抱きしめた。

 暖炉の炎が、三人の姿を優しく照らし出す。

 触れると不幸になると言われた聖女と、歩けば災いを呼ぶと言われた王子。

 そんな二人が出会って生まれたのは、誰よりも温かくて、幸せな家庭だった。

 丘の上の小さな家には、今日も、優しい笑い声が響いている。

 彼らの物語は、これからもたくさんの小さな不運と、それを遥かに上回る大きな愛に彩られながら、ずっと、ずっと続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ