第12話「不運王子と幸運聖女の新しい暮らし」

「結婚してほしい」


 リオネスの突然のプロポーズに、ルナは混乱の極みにいた。


「む、無理です! 私が王子様のお妃になるなんて、そんな……!」


「なぜ無理なんだ? 君は国を救った聖女だぞ。身分としては、申し分ないはずだが」


「そういう問題ではなくて……!」


 ルナは、王宮の窮屈な生活を思い出した。

 自分には、華やかな妃の務めなど到底こなせない。

 それに、彼と結婚すれば、ミモザ村に帰るという願いも叶わなくなってしまう。


「……私は、やはり村に帰りたいです。だから、そのお話は……」


 断りの言葉を口にしようとしたルナを、リオネスが慌てて制した。


「待ってくれ! 僕の話を最後まで聞いてほしい。僕が言った『いい考え』というのを」


 そう言うと、彼は自信満々の笑みを浮かべた。


 ***


 数日後。

 王宮の玉座の間に、国王と国の重臣たちが集められていた。

 その前で、リオネスとルナは並んで立っている。

 リオネスは、一同に向かって高らかに宣言した。


「父上、そして皆に、ご報告があります。この度、私リオネス・フォン・アストリアは、王位継承権を辞退し、聖女ルナ様と共に、辺境の地の視察官として生きることを決意いたしました!」


 玉座の間は、驚きの声で満たされた。

 国王は驚きのあまり、玉座からずり落ちそうになっている。


「り、リオネス! お前、正気か!?」


「はい、正気です、父上」


 リオネスは、臆することなく答えた。


「兄上がいれば、この国の未来は安泰です。不運ばかりを呼ぶ私のような王子は、王宮にいない方が、むしろ国のためかと」


 彼の言葉は自嘲的に聞こえたが、その表情はどこまでも晴れやかだった。


「そして、ルナ様の力は、王都だけでなく、この国の隅々まで必要とされています。特に、先の邪気の影響で疲弊している地方の村々には、彼女の癒しの力は不可欠です。私が彼女の護衛兼補佐として付き従い、各地を巡りながら、人々の暮らしを支えたいのです」


 それは、誰にも文句のつけようのない、完璧な理屈だった。

 第二王子としての立場と、聖女の力を、国のために最大限に活かす方法。

 そして何より、それは、二人が一緒にいるための、最高の口実だった。

 国王は、しばらく難しい顔で腕を組んでいたが、やがて深いため息をついた。


「……分かった。お前の好きにしろ。ただし、これは王族としての任務だということを忘れるな。そして、ルナ様を必ずお守りしろ」


「はい!」


 こうして、前代未聞の「王位を捨てた王子」と「王宮に住まない聖女」のカップルが誕生した。

 二人は、国王からの祝福(半ば呆れられていたが)を受け、正式に婚約者となった。


 ***


 その数週間後。

 ミモザ村の薬草店のドアベルが、チリンと鳴った。


「こんにちは、リナさん。……いや、ルナ様、とお呼びすべきかな?」


 村長が、ひょっこりと顔を出す。

 カウンターの中では、エプロン姿のルナが薬草を調合していた。

 その隣では、同じくエプロンをつけたリオネスが、慣れない手つきで薬草をすり潰している。


「村長さん、こんにちは。前と同じように、リナと呼んでください」


 ルナは、幸せそうに微笑んだ。

 二人は、活動の拠点としてミモザ村を選んだ。

 この村をベースに、周辺の村々を巡り、人々の治療や土地の浄化を行っている。


「しかし、驚いたよ。あの王子様が、本当にあんたと一緒に村に戻ってきてくれるなんて」


「ははは。俺はもう王子じゃない。ただの、リナの助手だ」


 リオネスが、誇らしげに胸を張る。

 その時、彼がすり潰していた薬研が、つるりと手から滑り落ちた。

 ガッシャーン!

 薬研は床に落ちて、見事に真っ二つに割れた。


「あ」


「……」


 リオネスの不運体質は、相変わらず健在だった。

 ルナは、やれやれと肩をすくめると、ほうきとちりとりを持ってきた。


「リオ。言ったでしょう? 薬研を持つときは、両手でしっかり持ってって」


「す、すまない……」


 しょんぼりする元王子に、ルナは優しく微笑みかける。


「ううん、大丈夫。怪我がなくてよかった。でも、弁償代は、今月のお小遣いから引かせてもらいますね」


「そ、そんなあ!」


 リオネスの悲鳴が、穏やかな午後の薬草店に響き渡った。

 村長は、その様子を微笑ましそうに眺めている。

 不運な出来事は、今も日常茶飯事に起こる。

 けれど、二人が一緒にいれば、それはもう不幸なことではなかった。

 どんなトラブルも、二人で笑い飛ばせる、愛おしい日常の一コマに変わるのだ。


 夜、店の片付けを終えた二人は、店の裏のハーブ園で、星空を眺めていた。


「なあ、リナ」


「なんですか、リオ」


「僕たちは、これからずっと、こうして一緒にいられるんだな」


「はい」


「なんだか、夢みたいだ」


 リオネスはそう言うと、ルナの肩をそっと抱き寄せた。

 ルナも、今度はもう彼の体に触れることを恐れず、その胸に顔をうずめた。

 彼の心臓の音が、優しく伝わってくる。


「夢じゃ、ありませんよ」


 ルナは、顔を上げてリオネスを見つめた。


「これが、私たちの現実です。不運と幸運が、ごちゃまぜになった、私たちの新しい暮らし」


 リオネスは、愛おしそうにルナの瞳を見つめ返すと、その唇に、優しくキスを落とした。

 呪われたと信じていた聖女は、愛する人を見つけ、本当の自分を取り戻した。

 不運だと言われ続けた王子は、運命の人と出会い、自分の力を受け入れた。

 辺境の村で始まる、元不運王子と幸運聖女のスローライフ。

 彼らの前には、たくさんの小さな不運と、それを上回るほどの大きな幸せが、きっと待ち受けているだろう。

 物語は、まだ始まったばかりだ。

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