第11話「偽りの聖女の末路」

 国を危機に陥れた巨大な魔物は消え去り、王都には再び平和が訪れた。

 全ての元凶であったセレーネは、その場で兵士たちに取り押さえられた。

 彼女はもはや抵抗する気力もなく、虚ろな目で床を見つめている。

 国王は、威厳に満ちた声で判決を言い渡した。


「セレーネ! 貴様は聖女の名を騙り、真の聖女であるルナを陥れ、国を滅ぼしかけた! その罪は万死に値する!」


 その言葉に、セレーネの肩が小さく震えた。


「よって、貴様の聖女の位を剥奪し、魔力の全てを封じた上で、北の塔に生涯幽閉とすることを命ずる!」


 死罪を免れたのは、国王の最後の慈悲だったのかもしれない。

 あるいは、義理の娘とはいえ、家族であった者への情けだったのか。

 兵士に両脇を抱えられ、連行されていくセレーネ。

 その顔には、もはや何の感情も浮かんでいなかった。

 彼女がこれから過ごすであろう、光の届かない塔での孤独な日々。

 それは、彼女がルナに与えた苦しみを、自らの身で味わい続けるという、ある意味で死よりも重い罰だった。

 人々は、偽りの聖女の末路を、静かに見送っていた。


 事件が解決した後、ルナは正式に聖女として復位することになった。

 国王は、ルナの前に深々と頭を下げた。


「ルナ……すまなかった。この父は、真実を見抜けず、お前に辛い思いをさせてしまった。どうか、許してほしい」


「父上……」


 ルナは、静かに首を横に振った。


「もう、いいのです。父上も、セレーネの魔法に惑わされていたのですから」


 彼女の心に、もはや父を恨む気持ちはなかった。

 それよりも、これから聖女として、この国のために何をすべきか、その使命感の方が強かった。

 彼女の復位を祝う式典が、盛大に執り行われた。

 純白の聖女の衣をまとったルナが神殿のバルコニーに姿を現すと、広場を埋め尽くした民衆から、割れんばかりの歓声が上がった。


「ルナ様、万歳!」


「我らが聖女、ルナ様!」


 半年前、石を投げつけられた同じ場所で、今、彼女は賞賛の声を浴びている。


 本当に、夢のよう……。


 ルナは、民衆に優しく微笑みかけ、そっと手を振った。

 彼女の心は、晴れやかな光に満たされていた。


 式典の後、神殿の庭園で、ルナはリオネスと二人きりで話していた。


「すごい人気だったな、聖女様」


 リオネスが、からかうように言う。

 ルナは、少し頬を赤らめて答えた。


「やめてください、王子様。……本当に、ありがとうございました。あなたがいなければ、私は今もミモザ村で、自分を呪いながら生きていたと思います」


「礼を言うのは僕の方だ。君のおかげで、国が救われたんだからな」


 二人の間に、心地よい沈黙が流れる。

 庭園の花々が、風に揺れて優しい香りを運んでくる。


「これから、どうするんだ?」


 リオネスが尋ねた。


「聖女として、王宮に残るのか?」


 その問いに、ルナは少し考えた後、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。私は、王宮には戻りません」


「え?」


 意外な答えに、リオネスが目を見開く。


「聖女としての務めは、果たします。でも、私の居場所は、ここではないと思うんです。私は……ミモザ村に戻りたい」


「ミモザ村に……?」


「はい。あの村には、私の力を必要としてくれる人たちがいます。王都のような華やかさはありませんが、私にはあの村の穏やかな暮らしが合っているんです。薬師として、人々を癒しながら生きていきたい。それが、今の私の願いです」


 きっぱりと告げるルナの瞳は、自信に満ちて輝いていた。

 もはや、そこに自己肯定感の低い、怯えた少女の姿はない。

 リオネスは、そんな彼女の顔をじっと見つめ、やがて、ふっと笑みをこぼした。


「……そうか。君らしいな」


 彼は、ルナの決意を尊重してくれたようだった。


「でも、そうなると、僕たちは離れ離れになってしまうな」


 少しだけ寂しそうな声で、リオネスがつぶやく。

 その言葉に、ルナの胸がきゅんとなった。


「それは……」


「僕も、王子としての役目がある。王都を長く離れるわけにはいかない」


 分かっている。

 身分が違うのだ。

 彼には彼の、私には私の、生きる道がある。

 ミモザ村での日々が、まるで遠い夢のように思えた。


「……お元気で、王子様」


 寂しさを押し殺し、ルナは笑顔で言った。


「君もな。……たまには、顔を見に行くよ。僕の不運が、君の村に迷惑をかけない程度にね」


 リオネスも、冗談めかして笑う。

 これで、終わり。

 二人の道は、ここで分かれるのだ。

 そう思った時、リオネスが真剣な顔でルナに向き直った。


「ルナ。一つ、言い忘れていたことがある」


「なんでしょう?」


「ミモザ村で言った、僕の告白。あれの返事を、まだ聞いていない」


「え……!」


 忘れていたわけではない。

 けれど、この状況でその話が出てくるとは思わず、ルナは完全に不意を突かれた。


「僕の気持ちは、今も変わらない。いや、前よりもっと、君のことが好きになっている。君のいない王都なんて、考えられない」


 リオネスは、ルナの前にひざまずくと、彼女の手を取った。


「だから、ルナ。僕と、結婚してほしい」


「け、結婚!?」


 あまりに唐突なプロポーズに、ルナの頭は真っ白になった。


「王子様、何を……! 身分が違いすぎます!」


「身分なんて関係ない。それに、いい考えがあるんだ」


 そう言うと、リオネスはいたずらっぽく笑った。

 偽りの聖女の末路は、孤独な幽閉。

 では、真の聖女が選ぶ未来とは。

 そして、不運な王子が考えた「いい考え」とは、一体何なのか。

 二人の物語は、まだ終わらない。

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