第30話:御厨、保健室にお礼に行く
(コンコン)「失礼しまーす、笠嶋先生いますか?」
僕は昼休みに保健室に来た。いつかの学園祭のときの治療とか、迅速な診断書発行とか色々お世話になったけれど、まだお礼を言ってなかったことに気がついたからだ。
そして、どういう訳か天宮家のメイドさんも同じ名字の「笠嶋」さんだという。
天宮さんの家のメイドさんは普段は僕たちの隣のクラスにいると言ってたから、てっきり同級生だと思っていたのに、もしかしたらと思って確認も兼ねてここに来たのだ。
相変わらず、僕は興味が沸いた人しか名前も顔も覚えられない。学園祭のときは保険医の先生は保険医の先生としか認識がなく、例によって顔すら覚えていない。
天宮さんの家のメイドさんは強烈なキャラクターだから、すっかり顔も名前も覚えてしまった。
今なら天宮家のメイドさんとうちの学校の保険医の先生が同一人物かどうか判別できると思ったのだ。
「笠嶋先生はいませんが」
そこには保健室の事務机の椅子に座り優雅にティーカップを持って、ハーブティーでも飲んでいる白衣の女性がいた。
間違いない。この独特の世界観、無表情な感じと抑揚のない喋り。天宮家のメイドさんと同じ人だ。
「嘘ですよね、あなたが笠嶋先生ですね!?」
「さて、なんのことでございましょう?」
笠嶋先生は「私は無関係です」みたいな顔をしている。
「この間の日向の試合の日は車で送っていただいてありがとうございました」
「いえいえ、礼には及びません」
「……」
「……」
二人の間にしばしの沈黙が訪れた。
「やっぱり、保険医の笠嶋先生と天宮家のメイドさんの笠嶋さんは同一人物ですよね!?」
「ちっ」
今、舌打ちした!?
すっくと立ち上がって白衣姿の笠嶋先生は静かに話し始めた。
「わたくしは双子で一人は天宮家でメイドとしてお世話になっています。わたくしは姉の方で、この学校で保険医をしています」
「……嘘ですよね?」
「嘘でございます」
笠嶋先生は深々と頭を下げて言った。
「ハーブティーを淹れますね、適当なところにかけてください」
「あ、はい」
そう言われて部屋を見渡したけれど、イスは先生用の事務机のものしかなく、あとはベッドとか、健康診断のときに使う身長を測るあれとか、体重計とかしかなかった。
「あの……」
僕は困って笠嶋先生に声をかけた。
「あ、すいません。この部屋にはイスはありませんてしたね。適当にベッドに座ってください」
多少の違和感を感じつつも、実際にイスはないので近場のベッドに腰掛けた。
ちょうど笠嶋先生がこちらに来ているようだった。
笠嶋先生は、僕の前に立ったと思ったらベッドに座っている僕の両肩をポンと押してベッドに倒れさせた。
何ごとかと思ったら、すぐに笠嶋先生がのしかかってきた!
「お嬢様ー! 御厨様は誰とでも寝る節操のない男性ですよー! 逃げてー!」
急にとんでもないことを叫び始めた。慌てて笠嶋先生を撥ね退けて起き上がったのだけど、そのときには笠嶋先生はベッドの前に立っていた。
「冗談でございます」
「シャレにならんわっ!」
誰かに聞かれたら危うく謂れのない罪で社会的に抹殺されるところだった……。
「笠嶋先生……。いや、笠嶋さん、全部知ってましたね?」
「なんのことでございましょう?」
予想通りすっとぼけていた。
「学校と家で天宮さんのことをいつもサポートしていましたね?」
「わたくしは天宮家に雇われたメイドですから。それが仕事でごさいます」
「家はともかく、学校はメイドさんの範囲を超えてるでしょう」
「副業です。世の中世知辛いので」
絶対に嘘だ。
笠嶋さんはメイド服ではなく、白衣姿なのだけど、まっすぐに立ってその姿だけでプロだと分かった。
「人知れず天宮さんに迫るストーカーの事件とか酷くならないように見張ってましたね?」
「さて、なんのことやら……」
笠嶋さんは僕に背を向けてその表情を隠した。元々、無表情で感情なんか僕に分からせるつもりがないのに。
「天宮さんの告白が上手く行くように、当日僕を天宮家に呼び出したり、急に車を出して天宮さんとの会話の時間を作ったり……」
そうなのだ。考えてみたら、笠嶋さんは不器用で料理をしたことがなくて、炊飯器すら知らなかった天宮さんに炊飯器でご飯が炊けるところまで教えたり、寝込んで弱っている天宮さんを僕に見せて庇護欲を高めたり……。
いつも人知れず天宮さんのサポートをしていたんだ。
しかも、メイドでは学校内に入れないからメイド服を白衣に着替えて静かに学校内にも入っていたり……。
それはお手伝いさんの範疇を超えていた。
イメージで言ったら忍者とか……。
もしかしたら、人知れず潜入SP的に身辺警護とかもしているのかもしれない。
もはやお手伝いさんというよりは、ガーディアン、いや お節介な……。
「笠嶋さんは、天宮さんのお姉さんみたいですね」
「なっ……!?」
珍しく笠嶋さんの表情が変わった。しかも顔が真っ赤だ。
「天宮さんの『お姉さんみたい』って言われるのがそんなに恥ずかしかったですか? それって照れているんですか!?」
僕は初めての優勢と、初めて笠嶋さんの感情を見た気がしたので彼女を問い詰めた。ちょっと調子にのっていたかもしれない。
「とにかくっ! お礼の言葉は受け取りましたので、教室にお戻りください」
笠嶋さんはすぐに冷静になり、いつもの無表情で抑揚のない笠嶋さんに戻った。
まあ、そうか。彼女は若く見えても大人なんだ。僕と違って仕事もしっかりしているんだ。とりあえず、お礼も言ったし僕は退散するか。
「それとも、お嬢様ではなく、大人の魅力のわたくしをご所望でしたら、ここにベッドがありますので早速……」
そう言って白衣を脱ぎ始める笠嶋さん。
「分かりました! 戻ります! 戻りますから!」
慌てて保健室を出ようとする僕。
「もし、お嬢様とご結婚なされたらもれなくわたくしも付いてきますので、めくるめく夜を毎晩……」
「大丈夫です! 間に合ってます!」
保健室のドアをピシャリと閉めて僕はため息を一つついた。
「はーーー。やっぱりあの人は苦手だ……」
■お知らせ
次回、21時が最終回となります。
ハッピーエンドを迎えたはずの物語はまだ終わっていなかったのです。
怒涛の4000文字(いつもの2倍!)!
物語の終わりを見極めてください!
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