第29話:日向の大会と天宮さんの告白と
僕の物語はほとんど終わったようなものだった。なんといっても天宮さんとの「契約」の半分は終わってしまったのだから。
もう半分は、……今日終わるんだ。
日向のサッカーの大会当日に天宮さんの家に向かっていた。天気は良くて降水確率は0パーセント。天宮さんの日頃の行いが良いのかもしれない。僕のてるてる坊主が役に立ったとしたら 少しは嬉しい。
昨日、「お嬢様がうっかり転んで大事なお弁当を台無しにしてしまわないか、ちゃんと近くで見ていてください」とあの苦手なメイドさんから電話がかかってきたのだ。
僕は彼女に電話番号を教えていないのに、いきなり電話してきて……。もう嫌だ。僕はあのメイドさんが怖いまである。
しかも、天宮さんの家の前について、あの荘厳な音のチャイムを鳴らすために 心の準備をしていた時だった。あの黄金の鉄柵が重厚な音と共にゆっくりと自動的に開いていったのだ。
「はあ!?」
以前はちょこっとだけ開いて、僕一人すら入れないくらいしか開かなかったから、僕が手で押して開いて敷地内に入ったのだ。それが、自動ドアだったなんて……。また嘘か!
天宮さんの家の屋敷からは黒い車がゆっくりと出てきた。
一目で高級車と分かる重厚な車。
ボンネットの一番前には羽が生えた何かがエンブレムとして掲げられていた。名前は忘れたけど、間違いなく超セレブの高級車。
車は僕の目の前で止まったと思ったら、運転席のドアが開いた。そして、中からはあの無表情のメイドさんが出てきた。あのメイド服だよ!
「笠嶋さん!?」
「名前を憶えてくださって大変光栄です」
またも深々と頭を下げられた。
「指示通り来ましたけど、天宮さんは……」
そこまで言いかけたところで、笠嶋さんは高級車の後部座席のドアを開けた。
そこには、天宮さんが座っていた。
「はろはろー♪」
軽い! この重厚な高級車の中の人とはとても思えない。対象的というか、彼女にとってはこれが「当たり前」レベルにお嬢様なのだと実感させられた。
「それでは、会場までお連れしますので、車にお乗りください」
「はあ!?」
もうね、異世界だった。
車の床って絨毯が敷いてあるもんじゃないよね!? 土足で入ってしまっていいのか 気後れするような内装だった。その前に、天宮さんの家の車なのに僕 乗っていいの!?
「ここ、警察の取り締まりが厳しいエリアなので、早めに乗ってください。そうでないと摘発されてしまいます」
「あ、そうなんですか。すいません」
運転席には笠嶋さんが急いで乗り込んだ。
そして、ルームミラーをキュッと動かして後部座席の僕と視線が合った。
「嘘でございます」
嘘かーい!
そして、静かに車は発車した。後ろを振り返ると自動で門が閉まっていく。すごいなぁ。うちには車自体がないので、なんでもすごく見えた。
「ごめんね、ミック。やっぱり最後は不安だから……」
たしかにそうだろう。何か月もかけて料理の練習をしてきたんだ。それが今日その結果が決まるんだ。緊張もするだろう。
「一時間前後で到着しますので、しばしご歓談ください」
笠嶋さんがこちらには少しも視線を向けず、運転のために前を見ながら言った。
僕はなんとなく、ペコリと頭を下げた。笠嶋さんには見えてないかもしれないけど、多分、僕と天宮さんの最後の時間だと思ったから。
そして、どういう訳か分からないけど、笠嶋さんがその時間を作ってくれたと思ったから。
皮張りのパンとしたシートにちょこんと座っている天宮さん。
ギャルなんだけど、こうしてみたらお嬢様に見えなくもない。
膝の上にはランチクロスに包まれた弁当箱が載せられている。そして、両手で倒れないように支えられていた。
考えてみたら色々と不思議な人だ。
成績はほぼトップ。ギャルで間違いなく陽キャのトップみたいな人。教室内カーストで言えば一人でトップに立っているような人だ。それなのに、全然 嫌味な部分がなくて、友達が多くて、誰からも好かれている。
敵なんて一人もいない。
当然、モテる。沢山 告白されているらしいし、それを全部 断っているって聞いた。彼女は自分が好きになった人がいて、その人を追いかけているってことだろう。
そのために、告白でのオーケーの確率を最大限に高めるために弁当を作ったんだ。
日向の大会の初日に、その最高の弁当を天宮さんが直接手渡しで渡す。
悪い気がする男はいないだろう。
しかも、相手も天宮さんのことが好きっぽい日向だ。
二人は美男美女。お似合いの二人だ。
もしかしたら、それぞれ付き合った後のことを想像するかもしれない。目立つ二人だからお互い満足だろう。
「弁当の仕上がり具合はどうなんですか? よくできましたか?」
「うん、ハンバーグは何度も作ったお料理だけど、何度も何度もミックにもらったレシピを見ながら作って、一番 出来が良いのをお弁当箱に詰めた」
笠嶋さんが無表情ながら迷惑そうに手伝いとかしてたんだろうか。
見たことがない天宮家の厨房を想像してしまった。
「ご飯も上手に炊けたっちゃん」
「そうですか」
それは炊飯器の手柄だろう。水加減さえ間違わなければ、大体の場合 美味しいご飯が炊けるはず。
「あと、たまご焼きは一応 巻けるかもう一度やってみたっちゃけど、ダメやった。とても世の中には出せるできじゃなかった」
「そうですか」
ついつい口元が緩んでしまった。他人の努力を笑うのは良くないけど、一生懸命 たまごを巻こうとしている天宮さんを想像したら、ほほえましいというか、温かい気持ちになったんだ。
「ミックに教えてもらった方法で作って、一番いいところをお弁当に詰められたっちゃん」
ご飯、ハンバーグ、たまご焼き、それだけちゃんとしていればもう、弁当としての体裁は整っている。
「あと、ソーセージは色々種類があって、どれがいいのか分からんかったけん、たくさん買って焼いて、一番美味しいと思うのを準備したとよ」
たしかに、ソーセージの銘柄までは考えてなかった。うちはいつも安いのを買ってたから。
「それ以外の空いた部分はどうしたんですか?」
弁当箱はその3つだけでは容量に少しだけ余裕があるだろう。
「ミックが言ってくれた通り、ブロッコリーとミニトマトと、バラン? バレン?」
「バランですね」
あの緑のギザギザの葉っぱみたいなやつ。間仕切りで使うやつのことだ。ちなみに、バレンは版画のときに紙を擦り付ける道具のこと。言葉の語感は似ているけど、全く別のものだ。
「そう! そのバランも入れた」
「完璧ですね」
イメージでは色合いもかなり良いと思う。
ご飯の白、ハンバーグの茶色、たまご焼きの黄色。ソーセージはピンク? ブロッコリーは緑でミニトマトは赤だ。
「ミック、先にちょっと見てくれん? 盛り付けとか変やないかな?」
「え? 見ていいんですか?」
天宮さんは意外にも弁当の中身を見せてくれるという。会場まで開けないかと思ってた。
それだけ不安なのだろうと僕は了承した。
天宮さんから弁当箱を受け取った。彼女の手は心なしか震えているように思えた。多分、これは僕の気のせいだ。
薄いブルーのお弁当箱。天宮さんのにしたら少し大きい感じ。午後からも動き回る日向の消費カロリーまで考えたサイズなのだろう。
ご飯は白く美しい。艶々していて完璧にご飯だ。炊飯器を知らなかった天宮さんが作ったとは思えない。
次は、黄色く輝く たまご焼き。天宮さんは たまごを巻く練習を何度もしていた。それでも「一番よくできたお弁当を見てもらいたい」って言って、味と見た目を兼ね備えた今の作り方を選んだんだ。
そして、ハンバーグ。僕のレシピを完全にモノにしている。最初は合いびき肉をこねるのも手触りが気持ち悪いとか言ってたなぁ……。最高に美味しくなるために、ベーコンを入れたけど、ベーコンの塩分を考慮して合いびき肉の塩分量を1パーセントより少し減らしたんだ。
ブロッコリーはきちんと緑が映えてる。茹ですぎると色が抜けるから、最適な茹で時間を笠嶋さんと何度も茹でて割り出したんだろうなぁ。
ミニトマトも真っ赤なものばかりが選ばれている。ヘタを取るかどうかをずっと悩んでいたけど、付けるようにしたんだな。レイアウト的にヘタの分、緑が増えて健康的かつ、美味しそうに仕上がってる。
この弁当が完成するまでに、彼女は僕の家に何度来たんだろう。試食のときの輝く笑顔、みじん切りに挑戦したときの真剣な表情、「疲れたーーー」って言って僕のソファに両手両足伸ばしてダーって座ったときの顔。たまたま よくできた たまご焼きを天宮さんは一人で食べちゃったり……。
一緒に商店街に買い物に行ったら沢山おまけをもらったりして。僕は1人1パックのたまごを たまご焼き用にそれぞれ1パック買いたいって言ってるのに、天宮さんは買い物カゴに次々お菓子を入れていって……。「それじゃ、お菓子でお腹いっぱいになっちゃいます」って言ったのに……。
僕は無意識にこれまでの天宮さんの好きなところを1つずつ数えていた。そしたら、カウントしきれなくなるくらい沢山あった……。
僕達の思い出の結晶がこの弁当だとしたら、僕ができることは全部やったと思う。それくらい天宮さんの思いが叶うように想ってる。
もし、心のエネルギーが人の感情に何かしらの影響を与えるのなら、僕は僕の心のエネルギーを彼女のために全て捧げてもいい。この弁当にはそれくらいのポテンシャルを秘めている。
ハッピーエンドが確実の弁当……。その先に、天宮さんの隣を歩く男が日向じゃなくて……僕だったら……どんなにいいか。
一瞬、また天宮さんと一緒に歩く僕が思い浮かんだけど、それはもう二度と起こらない奇跡の時間。
あり得ないけど、天宮さんが僕に微笑みかけてくれた瞬間ばかりが思い浮かぶ。
これからはあの笑顔は日向のものになるんだ……。日向が天宮さんの頭を撫でて、天宮さんは照れながら笑うんだ。二人がキスするときは、日向は背が高いから天宮さんは少し背伸びして、つま先立ちになって……。
あの笑顔はもう僕のものじゃないのに……。くやしい。……くやしい。そうか、これが……嫉妬か。僕は天宮さんが好きなんだ。僕が持っていないものを全部持っている彼女のことが……。そして、日向に嫉妬しているんだ。
段々、弁当がぼやけてきたので、チェックはこれくらいが限界だろう。
彼女の渾身の弁当は、見た目も想像通り きれいにできているし、完璧と言ってもいいんじゃないだろうか。
「最高の出来だよ」って言ってあげたかったけど、僕の喉は音を発せないでいた。これだからコミュ障は……。鼻もツンとしていたんだ。カラシやワサビなんて使ってないはずなのに。
僕はできるだけ優しい笑顔で 彼女に弁当箱を返した。彼女も絶対に落とさないように、大事に両手でそれを受け取った。
「ありがとう」
高級車で静かな車内でも 聞き取れるかどうか分からないくらい小さな声で彼女が言った。
「お二人とも、そろそろ着きますので ご準備を始めてください」
笠嶋さんの声で天宮さんは弁当箱にフタをした。そして、再びランチクロスで包んでいった。
いよいよ日向の大会の会場だ。広い会場に人はたくさんいたけど、うちの高校の休憩室の場所は分かっている。笠嶋さんはその有能さから、会場のうちの高校の休憩スペース近くに車を停めてくれたみたいだ。
僕と天宮さんを会場付近に降ろすと、さすが笠嶋さんと言いたくなるくらい、すぐに車はいなくなった。多分、どこかで待機して、天宮さんが声をかけるまで目立たないところにいるんだろう。めちゃくちゃ目立つ車だし。
僕と天宮さんが立っている場所から100メートルくらい先に日向の姿も見えた。 沢山のチームメイトと楽しく話をしているみたいだ。多分、午前中の試合は日向が活躍したんだろうな。遠くから見ても盛り上がっているのが分かったほどだから。
雰囲気も悪くないし、タイミングとしてはかなり良いんじゃないだろうか。
さすがにファン的な女の子たちもいるみたいで、チームの周囲にはギャラリーがいた。特に日向の周囲には沢山の女の子がいる。もちろん、差し入れの父兄たちもいるから、そこはすごい人だかりになっていた。ただ、天宮さんなら一気に目立つだけのポテンシャルがある。
天宮さんがあの場に立てば人混みは一気に割れる。みんな黙って彼女の次の行動を見守るだろう。告白……そして、あの弁当。うまく行かない要素がまるで浮かばない。
「ミック、お弁当完璧やったかいな?」
天宮さんが作った弁当箱を両手で大事そうに持ったまま、視線だけは日向のほうに固定して僕に訊いた。見たら、弁当箱を持っている手は小さく震えていた。彼女でも緊張することがあるんだ。一撃必殺、絶対に失敗なく落とすと考えたらそれも理解できる気がした。
「この弁当なら、うちの高校の男子なら誰でも確実に落とせるよ」
僕はしっかりと、そして、ゆっくりと言った。できるだけ彼女が自信をもって告白に臨めるように。
これを渡すのが天宮さんなわけだし。そこまで含めたら100パーセント大丈夫と言い切っても語弊はないだろう。「太鼓判を押す」って、こんな時に使う言葉なのかもしれないな。
「じゃあ……はい」
天宮さんが右手を伸ばして僕の前に弁当箱をぶら下げた。彼女はまだ会場のほうを見ている。
なに? トイレにでも行くから持っててってこと?
役に立てるなら、と思って僕は天宮さんの弁当箱の包みを受け取った。
「……」
「……」
トイレの場所が分からないのかな? 天宮さんは仁王立ちのまま動かない。
僕は主人の横で状況が分からず きょろきょろする犬か付き添いみたいな感じになっている。
「ミック……じゃなかった。悠くん。……好きやけん。付き合って」
トイレ? ツレしょんってこと? 彼女の顔は僕のほうからは見えないけれど、耳まで真っ赤になっているのは分かった。僕は弁当箱を持って待ってるから先に天宮さんが行ってきていいよ、と言おうと思い、天宮さんのほうを見た。
彼女は両手で口のあたりを隠して顔も真っ赤だった。
……え? 僕? この弁当、僕に!? 嘘だろ、だってこれは日向の……。
「早く答えを聞かせて。このままじゃ私、泣くかも……」
そこまで言われて僕は全てを理解した。
この弁当は日向のじゃない。僕のために作ってくれた弁当なんだ。努力も全部見てきた。弁当の仕上がり具合を見て、そして彼女の表情を見て、心が動かないわけがない。
僕の答えはもちろん決まっていた。僕の物語は……。
「華恋さん……」
そのとき、風がびゅうっと吹いた。そして、僕には甘いバニラのような香りが届いたのだった。
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