第26話:ラストスパートをかけるけん!
「ラストスパートをかけるけん!」
「は!?」
いつものように天宮さんは僕のうちに来て料理の練習をしている。もちろん、日向を落とすための弁当作りのためだ。
あの一度は失なったエプロンも着けている。佐藤さんのことは とりあえず吹っ切れたことを示しているようだった。
それにしたって、弁当作りに「ラストスパート」なんてあっただろうか。
僕は天宮さんのほうを見て、無言で説明を求めた。
「ほら、学園祭でハンバーグと たまご焼きはみんな美味しい言って食べてくれてたから、かなり手ごたえを感じと-よ」
たしかに、最終ターゲットの日向も味見してたし、美味しいって言ってた気がする。これはもう完成なのでは!?
「ご飯だって炊けるようになったっちゃけんねー」
あー、あの笠嶋さんに散々嫌味を言われたやつ……。
「あ、ミックなんか今、めちゃくちゃ失礼なこと考えとろー?」
「い、いえ。全然!」
あの無表情なメイドが どんな顔で困っていたのか、ちょっと想像しただけだ。
「ただ、私のお弁当には決定的に欠けている物があるったいね!」
「欠けている物?」
なんだろう。
ご飯にハンバーグ、たまご焼きと言えば ほぼ弁当は完成していると言ってもいいんじゃないだろうか。
あとは脇のほうにブロッコリーとかミニトマトとか詰めとけば問題ないだろうに。
「みんな大好き、お弁当の王道。王道中の王道のあのおかずがまだ入っとらんとよ! まだ、それを習らっとらん!」
天宮さんは、腕組みをしてお
本気でなんだろう。
僕のしているお弁当の知識で、知らなかったようなおかずがあっただろうか。僕がこれまで習得してきたお弁当技術の中で見逃してきたおかずがあるっていうのか!?
母さんも部屋から無言でキッチンのほうに近づいてきていた。そうなのだ、今日は母さんもいるんだ。
「そ、そのおかずってのは何?」
「それはね……」
ごくりと僕の喉が鳴った。
「私も大好き」
母さんも座ったまま身を乗り出して、こちらを見ている。もしかして、天宮さんみたいにお金持ちの家にだけ常識のおかずが存在するのか!?
「ソーセージよ!」
「市販品じゃないですか!」
「?」
天宮さんがきょとんとしている。
母さんはずっこけた。ドリフみたいにずっこけた。
僕は吉本新喜劇みたいに膝に来た。カックンってなったわ。
「ソーセージは、市販品だよ。おじさんが趣味で急にキャンプに行った時に コスパとタイパを忘れて100%趣味で作ろうと思った時くらいしか手作りしないですよ」
「そーなん!?」
天宮さんは本気で驚いているようだった。
たしかに、彼女はお嬢様。見た目がギャルなんでギャルギャルしていると思われがちだけど、家にはメイドさんがいるくらいのお嬢様だ。家の門が黄金の鉄柵なくらいのお嬢様なのだ。
ハンバーグやたまご焼きが手作りできることを知らなかった人だ。
ソーセージも手作りだと思ってもおかしくはない。
(んー、んー、んー)急に天宮さんの電話が鳴った。
「どうぞ」
僕が促すと、天宮さんが電話に出た。
「うん、うん。そーなん!? 分かったー」
誰だろう。誰と話しているんだ?
(ピッ)電話を切ってポケットに仕舞った。
彼女を見ていたら天宮さんが察してくれたみたいで電話の相手を答えてくれた。
「あ、笠嶋さんやった。ソーセージは市販品だということがよく分かった」
今の電話 一方的に笠嶋さんが話して、天宮さんは「分かった」しか言ってなかったか!? あの人、盗聴でもしてるんじゃないのか!? 僕は家の中をきょろきょろと見渡した。どこで見て、どこで聞いているのか分かったもんじゃない。忍者みたいだな、あの人。
「ソーセージは茹でたほうがいいとか、焼いた方がいいとか、いろいろな説があるんですけど、メーカー推奨の焼き方があるんです」
「メーカー推奨?」
僕はソーセージの袋を取り出した。
「ほら、ここに書いてあります。袋の裏の『調理方法』の欄を指さした」
「茹で……焼き?」
「はい、そうです。2分くらい茹でて、中身がパンパンになったところでお湯を捨てて焼きます。そのとき、皮を破らないように焼くのがコツです」
次に僕はフライパンを取り出した。
「実際にやってみますか」
「りょ!」
僕と天宮さんはソーセージの袋に書かれてある通りに作った。
そして、試食。
(パリッ)「ウマっ!」
「ですよね~。でも、これってお弁当に入れたことを想定して冷やしてみます」
「せっかく焼いたのに~?」
「お弁当には熱いものも冷たいものも、食べるときには常温になってしまいます」
「そか」
冷える間に、僕は別の方法でソーセージを調理した。
「焼くん? 普通の焼き?」
「はい。単に焼くだけです」
2種類の調理方法で作ったソーセージができた。ちなみに、両方とも冷やして常温くらいになっている。
「食べてみましょう」
「りょー」
僕たちは食べてみた。
「あれ? 茹で焼きのほうは食感が『ふにゃ』になった」
「ですよね。水は蒸気になると体積が1000倍になります。熱いうちはソーセージ内はパンパンなんですが、冷えると逃げた水分の分だけふにゃふにゃです」
一旦膨張してそのあと中身が萎むので皮がしわしわ、ふにゃふにゃになるのは道理だ。
「じゃあ、焼きは?」
「食べてみましょう」
僕たちはもう一方の「焼き」のほうを口に運んだ。
(パキ)「あ、出来立てほどじゃないけど、冷えたらこっちのほうが美味しいっちゃない!?」
「ですよねー」
僕も食べて改めて確認した。
「僕は自分とか母さんの弁当にソーセージを入れるときは焼きます」
「そうなの!? そんなに研究してたの!?」
後ろから母さんが驚いていた。
「当たり前だろ。一番美味しくしたいじゃない」
「そか、ベストが最上とは限らん……」
矛盾しているのは分かる。でも、そうなのだ。
「メインのおかずはハンバーグとたまご焼きがあれば十分だと思います。それ以外は、ブロッコリーとかミニトマトとか、そんなので間を埋めてあげてください。相手のことを思って、美味しいと思える弁当になっていれば、天宮さんが作る最高の弁当だと思います」
「私が作る……最高のお弁当……。分かった。やってみる!」
一応、焼きすぎてソーセージの皮が破れない焼き方の練習だけして、この日は終わった。
これから定期テストがはじまる。
そして、そのあとはいよいよ日向の大会がスタートする。
「最後の最後は自分で仕上げるけん。一人で頑張ってみる」
「……分かりました。良い結果になるといいですね」
ストーカーの事件は解決したけれど、僕は天宮さんを家まで送って行った。
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