第23話:天宮さんの昔の話とメイドさんの嘘

「ささ、お入りください」


 奇妙なメイドさんに案内され、僕は天宮家に招き入れられた。まずは、ご両親にご挨拶をしなければ!


「まずはご両親にご挨拶を……」

「こちらでございます」


 右手で家の中を案内してくれた。明らかに広い家で、玄関を入ったら吹き抜けのホールみたいになっていた。なんだろう、イメージ的には城の中って感じ。異世界ものの撮影をするんだったら、みんな天宮さんの家のエントランスでしたらいいよ。


「階段がございます。足元をご注意ください」


 天宮家のリビングは2階なのか。お金持ちだし、防犯とかもあるのかもしれない。


「こちらでございます」


 2階に上がってもまずは廊下。廊下の片側にズラリとドアが並んでいる。まるでホテルみたいだ。


「お嬢様は学園祭の日以来、お部屋から一切出てまいりません」

「そうなんですか」


 廊下を歩きながらメイドの笠嶋さんが世間話をしてくれた。


「鍵を閉めてしまわれていて、主人も奥様も一切入れないご様子で」

「それは深刻ですね……」


 あれ? 学園祭からは既に数日経過している。


「じゃあ、水とか食事とかは……?」


 メイドの笠嶋さんがピタリと止まってこちらを振り返った。


「わたくしがお届けしております」


 エプロンのポケットから小さな金色の鍵を取り出して見せた。


「……」


 また僕はこの奇妙なメイドさんのワールドに飲み込まれてしまっていた。


「それでは、こちらがお嬢様のお部屋です」


 そう言って、いつの間にかついていたドアのカギを開けて扉を開いてくれた。


「ご両親がお留守のときを狙ってお嬢様のお見舞いと称して いらっしゃった御厨様、張り切って行ってみましょう!」


 そう言って、扉の中に背中を押された。嫌な紹介だなぁ、おい!


「笠嶋さん!」


 天宮さんの声だった。どうやらベッドで横になっているらしい。


「わたくしは、御厨様にお嬢様の部屋に連れて行かないと全裸写真を撮った上に下着を持ち帰るぞ、と脅されてここまでまいりました!」

「嘘だーーーっ!」


 僕は慌てて否定したけれど、メイドの笠嶋さんは僕を部屋に押し込むようにしてドアを閉めてしまった。


「あーっと! わたくしはお買い物の買い忘れがあったので、外出しないとー! あー、このお屋敷にはお嬢様と御厨様しかいないけど、買い物にいかないとー! 隣の県のスーパーにしか売ってないカップラーメンを買いに行かないとー! 3時間は戻れないかもしれませんが、しょうがないー!」


 外でメイドの笠嶋さんが説明がましい何かを言っている。隣の県のスーパーにしか売ってないようなカップラーメンは全国どこにも売ってないよ! この屋敷みたいな大きな家でカップラーメンって! あなたの仕事、なんだよ!?


 色々ツッコミたいけれど、今はそれより天宮さんだ!


「ご、ごめん。寝込んでいるところ……。メイドさんが案内してくれて……」

「案内せんと全裸写真?」


 天宮さんは聞いた。


「いやいやいや。あれはあのメイドさんが勝手に……変わってるよね? いつも?」


 天宮さんのベッドを見てみた。部屋は30畳くらいある広い部屋。この部屋だけで僕の家より広い。玄関と風呂場とトイレを足しても天宮さんの部屋のほうが広い!


 そこに、ものすごくデカいベッド。これがうわさに聞くキングサイズ!? 海外でもこんなに大きいのは見たことがなかった。天宮さんはそこで顔だけ出して横になっていた。


「大丈夫? あのこれ……おみやげ……じゃなかった、お見舞い」


 プリンを作って持ってきたのだけど、このお屋敷にはそぐわない。普通に友達の家に行く感じで準備したのだけど、そもそも僕には友達がいなかったので、それっぽいイメージで準備したのに。


「ありがとう……」


 天宮さんがゆっくりと上半身を起こした。パジャマ姿にドキリとした。


「えーっと、あのあと色々あって、佐藤さんは天宮さんのストーカー行為を認めたし、あのDQN三人は逮捕……じゃなかった、補導されたよ」

「そー……」


 最初、佐藤さんは天宮さんの持ち物を真似ていた。天宮さんが持っているものと全く同じものを買ったりしていたらしい。そのうち、それでは物足りなくなり天宮さんの物と自分の物を交換していた。最終的に、天宮さんの物を盗んでいた。


 これは佐藤さんの異常性を天宮さんに理解してもらうために話をした。


 僕は天宮さんにプリンを手渡した。念のためスプーンも一緒に持ってきていてよかった。


「食べていー?」

「もちろん」

「おいし……」


 天宮さんは少しやつれているようだった。毎日ご飯を運んでいたとか言ってたさっきのメイドの話はまた嘘だったのかもしれない。


「そうだ、結局 佐藤さんはカウンセリングを受けることになったらしいし、転校することになったみたい」

「そう……おらんくなるったいね……」

「うん……だから、安心して……」


 安心して学校に行けるよって言おうとしたけど、天宮さんは少し寂しそうだった。


 ちなみに、佐藤さんは他校で関係のあったDQN達に天宮さんを襲わせようとしたらしい。彼女が一番目立って、一番輝いている学園祭の日に。ボロボロになった彼女は周囲から腫れ物に触るみたいになるだろうとの魂胆だったらしく、一人になってボロボロの状態になった天宮さんに佐藤さんが手を差し伸べるつもりだった、と。


 異常者の考えることは常人には理解できない。これは天宮さんには伝えなかった。弱っている天宮さんに伝えたって、さらに弱らせるだけだ。


「私ね、昔、子供んとき……」

「うん?」


 急に天宮さんが昔のことを話し始めたみたいだった。


「昔、習い事みたいなのをしとったと。幼稚園に行く前よ?」


 さすがお嬢様。ピアノの英才教育とか2歳とか3歳とかのときから始めるって聞いたことがある。


「仲が良い子もおったっちゃけど、段々私の前からおらんごとなるとよ。私がなんか言うたびに、みんなの顔がこわばっていって……」


 レッスン代とかも高額だって聞く。家庭の事情で続けられない子とか、そもそも才能がないと判断してやめちゃったり、子ども特有の飽きちゃったってのもあるかもしれない……。


「私、ずっと自分が悪いと思っとって、なんが悪いっちゃろうか、って……」


 そう言えば、僕もずっと周囲はライバルばかりだと思っていた。負けたらいなくなる。これは勝負ごとでは当たり前かもしれない。だけど、子どもにとっては厳しい世界だ。


「うまく立ち回っとった つもりやったのになぁ……」


 そう言うと、天宮さんは目を閉じて眠ってしまっているみたいだった。

 僕はこの場にいてはいけないと思って、静かに部屋を出ようとしたらドアが開かない。


 よく見ると、鍵なんてない。


 さっき、外からカギを開けてくれたメイドさんのあれは……あれも嘘か。そして、鍵がかかっているように思えるこのドアは……。


 ドアに肩を当ててノブをひねった状態でぐっと押すとドアは急に開いた。ドアを開けると廊下にメイドの笠嶋さんが転がっていた。どうやらドアを外から押していたみたいだった。


 もしかしたら、僕が部屋の中にいたときはドアに耳を当てて中の音を盗み聞きしていたのかもしれない。


 笠嶋さんは床に転がって、スカートが乱れていた。下着もちょっと見えていた。


「いやーん。まいっちーんぐ」


 抑揚のない声と無表情な彼女は本気で恥ずかしがっているのか、からかっているのかよくわからなかった。他人の心が分からない僕は表情から他人の感情を読み取る練習をした。このメイドの笠嶋さんは最も相性が良くない相手だろう。


 本気か嘘かも分からない。パンツを見られても眉一つ動かないんだから。


「失礼しました」


 静かにメイドさんが立ち上がり、スカートをパンパンと払った。


「動画用のカメラをお忘れでしたか?」


 どこから取り出したのか、コンパクトだけど高性能そうなカメラを取り出した。これで何を撮影するというのか。


「天宮さんが寝たので帰ろうと思って……」

「プリンに睡眠薬を盛ったから、これからお楽しみでは!?」


 片方でカメラを顔の近くに持ってきて撮影の姿勢、もう片方の手は何かをもむようないやらしい動きをしていた。


 ドアは閉まっていたはずだ。中を見ていたかのようなことを言う。もちろん、プリンは普通のプリンで睡眠薬なんて盛ってないけど。


 こういうときはスリッパで頭を叩くというツッコミが日本のお笑いの歴史上の習わしなのだけど、他人の家のメイドさんの頭を叩いていいものか……。


「帰ります。玄関まで案内してください」

「お嬢様ではダメでしたか。では、お姉さんが恋のABCの手ほどきを……」


 そう言って、エプロンのうなじのあたりに手をまわした。


 この人は何歳なんだろう。「恋のABC」が何なのかは分からないけれど、とにかく下ネタを言っていることだけは分かる。


 彼女はピタリと止まって佇まいを直し、姿勢よくまっすぐ立った。一本筋が通ったようにプロの立ち方だ。


「嘘でございます」


 深々と頭を下げた。


 もう、やだ。この人。


 その後はちゃんと玄関まで案内してくれた。強烈に覚えちゃったので、今度学校で見かけたらこちらから挨拶してやろうと思っていた。


「本日はご来訪、ありがとうございました。学園祭の折には色々とお手数をおかけしました」


 玄関ではまた深々と頭を下げてお礼を言われた。


「笠嶋さんは、学校では同級生として一緒にいるんだったら、暴漢は無理でも佐藤さんのストーカーは止められたんじゃないんですか?」


 僕はふと思いついた疑問を投げかけてみた。


「お嬢様が選ばれたご学友ですから。メイド風情が水を差せるものではございません」


 また深々と頭を下げられた。これは半分本当で、半分嘘なんだろう。自分にできなかったから、こうして礼を言っているんだろう。そして、あとの半分は照れ隠しだったのかもしれない。


 僕は天宮家を後にした。

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