第22話:天宮さんは寝込んでいる

 学園祭の翌日から天宮さんは欠席している。


 色々あった。


 もちろん、学園祭では天宮さんに色々と負担はかかっていた。みんなが「彼女なら何かやってくれる」という期待を一身に受けていたこともある。


 そして、身近な友達だと思っていた佐藤さんが天宮さんのストーカーで、彼女の持ち物をちょこちょこ盗んでいたこと、彼女を精神的、肉体的に追い詰めて、マッチポンプ的に佐藤さんが天宮さんを助けようとしていたことを知ってしまったこと。


 これらの事実を一気に突きつけられて、同時に全てから解放された彼女の精神的な負担は計り知れない。


 学園祭の日は、彼女は気を失ってあの後、保健室から自宅に連絡がありご両親が迎えに来たという大事になっていた。


 僕もメッセージアプリで何回かメッセージを送ってみたけど、既読にはなるものの返信はなかった。


 あれから3日……。


 僕は天宮さんの家にお見舞いに行くことにしたのだ。


 言ったらなんだけど、天宮さんの家は具体的には知らない。


 家の近くのコンビニまでは何度か送ったことがある。


 国東先生には聞いたけど、教えてもらえなかった。


 個人情報が云々と……変な時だけ大人のルールを持ち出す人だった。


 そこで、大体の位置は分かっているのだから、その当たりをローラー作戦で見て回って表札に「天宮」って書いている家を見つけ出す作戦を思いついた。


 先日の佐藤さんの(ストーカー)とそれほど変わらない作戦かもしれないのだけど……。


 僕は佐藤さんみたいに天宮さんの後を追いかけない。


 迷惑をかけない。


 暴漢をけしかけたりしない。


 その点で、彼女とは明確な線引きをしていると自分を納得させている。


 それにしても、該当の家は見つからない。


 勝手にお金持ちだと決めつけていたので、大きな家を考えていたのだけど、そもそも家が見つからないのだ。


 この町内は全部回ってみるつもりだった。


 家を1件1件探してみているのだけど、「天宮」という表札を掲げた家は一軒もない。割と珍しい苗字なので、1件でもあれば天宮さんの家だと思っていたのだけど……。


 唯一気になるのは、公園なのかある区画だけずっと壁が続くことだ。


 天宮さんの家が見つからないので、今日は半分やけくそでその壁を壁伝いにどこまで続いているか探す旅を決行している。


 1つの町内なので、そんなに何キロにも及ぶことはないと思っていたのだけど、壁伝いに歩いていると1キロは超えたと思う。


 そして、一見すると小屋のように見える建物が実は立派な門だということに気づいたのは今日が初めてだった。


 そして、その表札には重々しいフォントで「天宮」と書かれている。


 和風な武家屋敷の門みたいな門じゃなくて、例えるならベルサイユ宮殿の門。黄金色の鉄柵で沢山の装飾が施されている。左右には子どもの天使があしらわれていて小さな弓を持っているのだ。


 あーーー。天宮さん、僕の想像の16倍くらいお金持ちの家の子らしい。門を見ただけで分かる。分かっちゃったもんね。


 これは入れてもらえないのでは、と嫌な予想を立てていたのだけど一応 呼び鈴のボタンを押してみた。


(リンゴーン♪ リンゴーン♪ リンゴーン♪)


 ヤバい。天国への扉が開いたときの擬音ではないかと思うほどの豪華な音がした。


「はい、ご用でございましょうか」


 明らかに家の人っていうよりは、お手伝いさんという感じ。ちなみに、出るまでに1分くらいかかったからかなり広い家なのではないだろうか。


 カメラも付いていたので、大きく一度頭を下げてから僕は名乗った。


「ぼ、僕は……、あまっ、天宮さんと……同じクラスのみく、御厨と申します。あ、全員 御厨さんか、えーと、華恋さん。華恋さんのクラスメイトです! 天宮さんが連日学校をお休みだったので、体調をくずくず崩されたのではないかと思い、お見舞いにまいりました!」


「……」


 インターフォンの向こう側がどんな人か分からないと僕みたいな人間はいよいよ話しにくい。相手の表情で判断する練習をしているので、その情報すらないのだから。黙られるのが一番辛いのだ。


「甘々宮さんのクラスメイトのミクミクリヤ様ですね?」」

「すいません! 御厨です!」


 緊張すると、どもる癖が嫌な風に働いてしまったか。「甘々宮さん」って誰だよ!?「ミクミクリヤ様」はネギ持ってそうで嫌だよ!


「はっ、もしかして、お嬢様に料理を教えるという無謀なことに挑戦され、ハンバーグとたまご焼きを作れるようにするという快挙を成し遂げた御厨様ですか!?」


 なんか嫌な枕詞が色々付いているけど、たぶんその御厨だよ!


「は、はい」

「ある日突然、お嬢様が帰ってこられたときに突然『炊飯器はどこ!?』と謎の言葉を言ったかと思ったら、わたくしに炊飯器の使い方を夜中まで何度も説明させることの原因となった御厨様で間違いございませんか?」


 あー、そうだよ! 多分、その御厨だよ! そして、お手伝いさん、迷惑かけたみたいで本当にごめんなさいねっ!


「は、はい」

「学園祭でサンドイッチを出していたのに、突然ドーナツを販売することにして周囲を大きく混乱させた御厨様で間違いございませんね?」


 どんだけお手伝いさんに色々話してるんだよ! 天宮さん!


「そうです! その御厨です! 天宮さんに会わせてください!」


(ギギ……)と、金色の鉄柵が開いた。「入っていいよ」ってことか。変なお手伝いさんがいたもんだ。


 僕は鉄柵をもう少し開けて、天宮家の敷地内に入った。


「いらっしゃいませ」

「びっくりした!」


 物陰で、メイド姿の女性が頭を下げて挨拶をしていた。


 僕としては、全くの予想外だったからビックリして2メートルくらい横に飛んでしまった。


 それにしても、このメイド服の人、若いぞ。僕と同じくらいの年齢だと思った。無表情なのが怖い。


「あ、敷石からはみ出ると訓練されたドーベルマンが群れで飛びついて全身の肉という肉を食いちぎりますので、ご注意ください」

「うわ! あぶな!」


 僕が2メートル飛んだ先は敷石ギリギリの場所だった。


「嘘でございます」


 メイドさんがまた深々と頭を下げた。


 なんだんだ、この人! 嘘かよ! 無表情だから冗談なのか、本気なのか判断が難しい。


「申し遅れました。わたくし、この天宮家に仕えております笠嶋と申します」


そう言うと、メイドの人は深々と頭を下げた。


「これはご丁寧に。改めまして、御厨悠と申します」


反射的に僕も深々と頭を深く下げて挨拶をしてしまった。


「ささ、こちらに」


 メイドさんは右手で家を指し示し、中に案内してくれるみたいだった。


 よく分からない人だけど、悪い人ではないみたいだし、僕に敵対している訳でもなさそうだ。僕は彼女の後を追って家のほうに進んだ。


「この家の主人は大変気難しく、また、娘のお嬢様を溺愛してございます」


 世間話かな?


「だから、お嬢様の関係で男性なんかがいらっしゃったと分かったら全武力で威圧し、ドラム缶にコンクリート詰めにして博多湾に沈めて魚のエサになさるようなお方です」

「え、嘘! 僕、ここにいたら魚のエサ!?」


 メイドさんがピタリと止まってこちらを振り返った。


「嘘でございます」

「嘘かい!」

「主人はとても気さくな方です」


 そう言うと、またメイドさんは家のほうを向いてつかつかと歩き始めた。


「お嬢様は学園祭の日に帰ってこられてからずっと部屋にこもりっきりでございます。あたかも、クラスのみんなに良いところを見せようとして、インカムで御厨様に色々アドバイスをしてもらっていたことがバレてとても恥ずかしい思いをしてみんなに合わせる顔がないと言わんばかりのご様子です」

「見てきたんですか? メイドさんはそれを現場で見ていたんですか?」


 色々つかみどころがない人だ。


「さらに、仲のいい友達だと思っていた女の子が実は自分のストーカーで、持ち物がなくなったり、ジュースのストローがなくなったり、お箸がなくなったりしたのを思い出して、そのお友達と思っていた子があとでべーろべーろしていたと考えたら怖くなった上に、その子のスマホの写真フォルダが容量いっぱいまで自分の隠し撮りだったことに生理的に無理になってガクブルしているかのようなのです」

「絶対、全部見てましたよね!? 聞いただけでそこまで分からないですよね!? 同じ高校の生徒ですか?」


 またメイドさんがピタリと止まった。


 嘘か!? 嘘なのか!?


「隣のクラスの笠嶋でございます。近距離で会って、話しても全く気付いてもらえなくて少し意地悪をしてしまいました。大変申し訳ございません。どうか、お嬢様にはこのことはおっしゃらないでください!」


 また深々と頭を下げられてしまった。変な人だなぁ。


「僕こそ、他人の顔とか名前を覚えるのが苦手で……。笠嶋さんのことはこれでもかってくらい覚えましたので」

「では、お嬢様には内密に?」


 メイドさんはきょろきょろしながらこそこそ話の感じで訊いてきた。


「はい、言いませんよ。そんなこと」

「では、後ほど、私の全裸写真と下着をお渡しするということで手打ちにしてください」

「要りませんから!」


 すごく変な人だ。いや、全裸写真と下着……。いや、要らないから!


「こちらが天宮家でございます」


 家に着くまでに既に僕は疲れ果ててしまっていた。門から家までの距離が長かっただけじゃないはずだ。

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