第21話:もう一つの物語
学園祭の本格的な片付けは明日以降を予定している。だけど、今日やっといたほうがいいことだけはみんなでやった。
僕と日向はフライヤーを早めに返せるよう、油を抜いたり一緒に作業していた。
「お疲れ様、御厨」
ふいに日向が話しかけてきた。
「お疲れ様。今日はありがとう」
日向はドーナツ販売数上位者だ。貢献度が高かった。
「あれは御厨のせいじゃないよ」
「そう言ってもらえると楽になります」
不思議と日向に言われると ほんとに気が楽になった。
「やっと御厨がみんなと一緒のところを見られた気がするよ」
なんか安堵の表情の日向。僕は彼にそこまで心配をかけていたのだろうか。クラスでは目立たないようにしていたのに、気にされていたのは意外だった。
考えてみたら、僕と日向の関係は幼馴染といった感じだろうか。もっとも単に家が近かっただけで今も割と近いくらいだ。それほど深い関係じゃない。
正直、子どもの頃に遊んだ記憶とかもない。
それなのに、やたら気にかけてくれるのは、やっぱり僕が頼りなくて、彼は良い人だからなのだろう。
僕はもう一つやらないといけないことがあった。さっき本気で思考を巡らし、捻り出した事実はブリオッシュ生地でドーナツを作ることだけじゃなかった。
あれはここ最近、僕が自分の中でモヤモヤして 答えが出ていなかったことをまとめて思考したもの。ここにもう一つの推測が形をなした。
そして、僕はそれを確かめなくちゃならない。
✳✳✳
静まり返った学校、
僕は放課後、みんなが帰っていっても一人教室に残っていた。しかも、誰にも見つからないように教卓の陰に身を潜めて。
(カララ)そこに静かな音と共に教室のドアが開いた。
足音からして人数は一人。もうほとんどの生徒が帰路についているころ。僕たちの教室には誰もいない。
忘れ物でもしない限り戻ってくることはないはずなんだ。でも、その人は教室に戻ってきた。
僕にはある意味断定にも近い確信があった。あの思考を巡らせて導き出したもう一つの推測。僕の中ではこの時点で確信になっていた。
そして、彼女が天宮さんの机から何かを取り出したところで僕は物陰から飛び出した。
「わあ! びっくりした! み、御厨……くん?」
「忘れ物ですか? ……佐藤結衣さん」
そこにいたのは佐藤結衣さん。びっくりして飛び上がる勢いだった。
「それ天宮さんの手帳じゃないですか?」
彼女は天宮さんと よくつるんでいる女の子の一人。天宮さん大好きな子だ。服装や髪形、持ち物も天宮さんに似せてる。
「違うの! これは間違えて!」
そこにもう一人、前の入り口から入ってきた。
「佐藤さんと天宮さんの席って離れてるよね。間違うことってある?」
日向だった。事前に話して僕が頼んだ。
「日向くん……これは頼まれて! 華恋に!」
佐藤さんは焦った笑顔で必死に取り繕っているのが分かった。
「結衣、その手に持ってるのは私の手帳? 私はそんなこと頼んだっけー?」
そう言って後ろの入り口から入ってきたのは天宮さん。
「華恋、違うの! これは誤解なの! 説明させて!」
やたらと慌てている佐藤さん。
天宮さんは佐藤さんに近づいて彼女のポケットからスマホを取り出した。
「天宮さん、そのままスマホは取り上げておいてください」
天宮さんは言われたとおり、佐藤さんのスマホを胸に抱えて確保した。
「なに? 泥棒? 私のスマホよ!」
僕は探偵ばりに黒板の前に立った。恥ずかしいから口には出さないけど、僕は心の中では言っていた。
『さあ、謎解きを始めよう』って。
「あるとき、気づいたんです。天宮さんはストーカーにおびえているって」
「え? ストーカー? そ、そうなの?」
黒板に「天宮さん」、「ストーカー」と書いた。そして、ストーカーから天宮さんに矢印を書いた。
佐藤さんは既に声が上ずっていた。
「天宮さんは商店街で やたら後ろを気にしていました。学校から帰宅するときも」
「へ、へー」
分かりやすく無関係を装う佐藤さん。
「全然気づかなかった。ストーカーって被害者が名乗り出ないと表面化しにくいんですよね。これはミステリードラマでもマンガでもない。その兆候を周囲の人間が見つけるの なんてほぼ不可能だったと思います」
「じゃ、じゃあ、なんで!?」
佐藤さんの左右には日向と天宮さんがいる。彼女はもう逃げられない。
「おかしいと思いませんか? 誰も知らない三人の暴漢が学園祭の日を狙って襲ってくるなんて」
「そ、それは たまたま……じゃない?」
僕は黒板に「三人のDQN」と書いた。そして、同じように「天宮さん」に向けて矢印を書いた。
「私は違うわよ? 単に華恋が好きなだけ。一番の友達だから!」
「ストーカーは単に天宮さんを好きなんじゃない。天宮さんのものを盗んだり、あとを付け回したり、挙句の果てには暴漢に襲わせたり……。友達はそんなことはしません」
「わ、私じゃないってば!」
佐藤さんは叫ぶように否定した。
「天宮さんがなくしたシャーペンって、ある日 佐藤さんが教室で普通に使ってましたよね。あの学園祭の料理の練習の初日の日です。レシピに色々メモしてたときです」
「え!? そうなん!?」
天宮さんは気づいていなかったらしい。
「三人の暴漢……防犯カメラから学校と名前を割り出して警察に突き出しましたよ。そしたら、佐藤さんのことを全部話しました」
「そ、そんなことできる訳ない! こんな短時間で!」
僕はポケットから折りたたんだ1枚の紙を取り出した。
「この学校には保健室に保険医がいます。診断書を書いてくれたんですよ。正式な。だから、警察に被害届を出した。防犯カメラの映像と共に。あとは、佐藤さんのスマホから指示した内容を確認するだけです」
天宮さんが持っている佐藤さんのスマホを指さした。
「本当なのか!? 佐藤さん、天宮さんのこと好きなんだろ!」
日向は未だに信じられないといった感じだった。
「うるさいわね! 華恋の一番の友達は私なの! 他のやつらなんか要らないのよ! 華恋のことなら何でも知りたいの! 華恋の持っているものは全部ほしい! 華恋が絶望したときに私が助けてあげたい……それのどこが悪いっていうのよっ!」
佐藤さんが僕のほうを見てキッとにらんだ。
「僕は他人の気持ちは あまり理解できませんが、そんなのは友達じゃありません。そんなのが周囲にいたら迷惑なだけです」
天宮さんも後ずさりして佐藤さんと物理的に距離を取っていた。僕は無言で天宮さんと佐藤さんの間に移動して割って入った。
「ち、違うよね……。そんなことしとらんよね……。嘘よね……」
天宮さんは、ここまで来てもまだ佐藤さんを信じているみたいだった。
僕は天宮さんから佐藤さんのスマホを受け取り、彼女の顔に向けた。顔認証だ。
そして、認証を突破したスマホの中を開いた。
暴れるかと思ったけど、日向が佐藤さんを押さえてくれて、大きな乱闘にはならなかった。実際には佐藤さんが観念した格好だった。
メッセージアプリをチェックしたら、あの暴漢と思われるやつに具体的に指示している内容が見つかった。
写真のフォルダを見たら天宮さんの盗撮と思われる画像も多く見つかった。
驚くべきことに僕のうちの中の画像もあった。どうやってか不法侵入したらしい。これは完全に予想外だった。
失くなった天宮さんの物のうち、エプロンかシュシュは僕の家に忘れたのかもしれないと思った。それを盗むために どうやってか入ったのか!? いや、わざわざ写真を取るぐらいだから、彼女にしか分からない別の考えがあったのかもしれない。
僕は、スマホの画面を天宮さんに見せた。
「いやー! 見せないで! 違うの! 違うの! 私は華恋が好きなの! それだけなの! 純粋で、可憐で、神聖で、崇高な華恋を守りたかっただけなの……」
佐藤さんが教室の床に丸まって天宮さんに謝罪とも、贖罪とも、陳謝とも思える言葉をつぶやいていたけど、彼女と天宮さんの間には僕と日向という物理的な壁で天宮さんは守られていた。
「佐藤さん、一連のこと……認めるんだよね?」
日向の優しい問いかけに 彼女は日向のきれいな顔に爪を立てるという蛮行で返事をした。
僕は彼女の腕を背中にねじり上げるという制圧方法で彼女の顔が地面にべったり付く形で固まって、すべては終わった。
天宮さんは次の瞬間、気を失ったみたいに倒れ、床にたたきつけられるのは日向の手によって回避された。
最後のほうは、すべてがスローモーションみたいだった。
あまりにもあまりの状況だったので、エヴァンゲリオンのBGMがクラシックになるあの光景がリアルの僕たちの目の前の場面で再現されたみたいだった。
ちなみに、DQN云々のところはフェイクだった。被害届は出せるとしても、そんなに急には出せないし、DQNの身元を特定するには時間が短かった。
ただ、状況からそれしかありえないと思った僕の断定……ある意味 決めつけだった。
ただ、実際そうだったので反論者はいないと思う。
そして、一連の会話はヴォイスレコーダーは持っていなかったけど、僕のスマホに動画で録画できたので、佐藤さんの自白という形で記録はできたと思っている。
僕が一番心配しているのは、天宮さんだ。
これまで友達だと思っていたクラスメイトが、泥棒であり、ストーカーであり、自分への暴行を指示した人間だったのだから……。
僕の物語がミステリだったとしたら、 最も後味の悪い形で終結したんだと思う。
天宮さんの友達がストーカーだったことを天宮さんが気づく前に解決してしまったのだから。
そして、ここまで気づかなかった一番の理由は、僕が興味のある人間以外、顔も名前も覚えないという普通の人から考えたら 異常な状態がデフォルトだったというオチが付いてしまっているということに他ならない。
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