第16話:共犯と共闘

 三人で商店街を回った後、日向は家に帰って行った。天宮さんも一旦は別れたのだけど、すぐさま うちに来てチャイムを連打してきた。


「は、はい……」

「私! 開けてーーー!」


 声で天宮さんと分かるようになるとは、僕も まあまあかもしれない。


「ヤバい。どうしたらいいか いっちょん分からん!」


 僕は天宮さんが言っていることがいっちょん分からん。ちなみに、「いっちょん」は博多弁で「全然」っていう意味だ。


 天宮さんが訪問販売も真っ青の押しの強さで玄関に入ってきた。


「どうしたんですか?」

「これから料理とか教えないかんっちゃけど、工程とか調理器具とかここと違うし、順番とか、焼き具合とか いっちょん分からん」


 あー、そうか。たまご焼きは巻かないでも たまごやきらしく仕上がるように色々方法を考えたんだ。ハンバーグも包丁を全く使わないようにベーコンはやめた。玉ねぎも炒めてペーストになったものを使うようにしたから あのハンバーグができたんだった。


 そう、忘れていたけど、天宮さんは不器用だった。そして、料理は完全に素人だった。


 よく考えたら、それでよく「たまご焼き作れる」とか名乗り出たもんだ。相当なもんだよ。


「じゃあ、一足先に厨房機器屋から実際の機材を借りて練習してみますか」

「それだけじゃ足りんと! 教室でみんなの前で料理するっちゃけん、リアルタイムに見てもらわんと絶対ボロが出る!」


 そうかも。でも、僕が横で見てたりしたら、絶対に変だろう。


「やけん、これ!」


 天宮さんが出してきたのはイヤホンだった。それもかなり小さいワイヤレスイヤホン。


「これは?」

「イヤホンだけじゃなくて、マイクも付いとーけん、教室で料理を教えようときとか陰でアドバイスして!」


 なるほど、面白いことを考えるものだ。それなら、スマホにつないで会話ができる。誘導の仕方次第ではその場面を見なくても指示ができるから、同じ教室にいる必要すらない。


「なるほど。分かりました。じゃあ、今後放課後とかに学園祭の練習として料理の練習をするときは 僕もこっそり付き合います。遠くで指示を出すときはどういう状況か分からないこともあるので、いい具合に困っていることを口に出してみてください」

「分かった」


 自動的に僕も学園祭の準備に携わることになってしまったが、現実的にはそれは叶わないことなので、天宮さんを通して陰ながら参加ということで 僕の中でも比較的簡単に折り合いが付いた。


 ***


 学園祭の準備は順調だった。店の飾りつけなんて高校の学園祭だ。看板の一つも作ったら それはもう店となる。メニュー表はコンピ研(コンピュータ研究会)の人たちが部室のパソコンで良い具合に作って印刷、ラミネートまでして持ってきてくれた。


「あれ? 私のエプロンがない!」


 天宮さんが自分のカバンの中を探していた。


「また失くしたっちゃない?」

「「「わはははは」」」

「あれー? 忘れてきたとかいなー?」


 天宮さんがエプロンを忘れてきたらしい。もしかしたら、僕の家に置き忘れてきたのかも。帰ったら確認してみるか。トラブルと言っても、この程度しか起きておらずいたって平和そのものだった。


 コーヒーも事前に器具があるので練習できたし、コーヒーマシンは練習するまでもなかった。サイフォンはアルコールランプがあるので 火気使用申請が必要だったけど、日向がうまい具合に許可証を持ってきてくれたので問題にはならなかった。


 衣装は男女みんなでワイワイ進めていたみたいだけど、かなり早い段階で完成していた。手芸部だけは目の色を変えて日向たちの執事衣装を作っていたけど、ここは他の誰も口も手も出せない。彼女たちに任せておけばいいのだろう。


 盆栽は、坂本の意見だったらしく、早々と教室の後ろの棚の上に置かれている。


「いいだろ? すげーだろ?」と周囲の人にすごいと言わせようとしているみたいだけど、誰も彼の世界を理解することはできないでいた。


 調理器具は厨房機器屋から事前に貸してもらえたので、実際に当日使うものを使って練習することができた。それでも、一番の問題はパンを焼くことと、たまご焼き、ハンバーグを作ることだった。まあ、パンは生地を店で買ってくるので教室で焼けることだけ確認しておけば間違いがない。あえて言うなら、玉子焼きとハンバーグ、つまり天宮さんだった。


「じゃあ、レシピはみんなに渡すけん、よかったら家でも作って練習してねー」


 僕が事前に作り方をまとめて印刷したものを天宮さんに渡していたものだ。


「すごい、材料とか一覧になってるし、作る工程も詳しく書かれてる!」

「画像も入ってて分かりやすい! 天宮さんレシピ本出せるよ!」

「たまご焼きにはんぺん? ハンバーグに舞茸? なんか独創的ー!」


 女子を中心に当日料理担当になる男子も含めて 数人に天宮さんが料理の方法をレクチャーするらしい。当然、当日天宮さんだけで料理を担当するなんて無理だから、当たり前だろう。


 なんなら、天宮さんは100パーセント接客に駆り出される可能性だってある。そのほうが店として儲かるだろうし。


「完成品は持ってきたけん、先に試食してみてー」


 放課後の教室の前の方の机をいくつか付けて、その上にホットプレートやら材料やらを並べている。ご丁寧に試食まで作ってきたらしい。それは家で練習してきたハンバーグと たまご焼きなのかもしれない。上手いことそのグループの中に日向も含まれていた。


 一足先に弁当のメインとなるハンバーグと たまご焼きを食べさせて感想をゲットできるチャンスだった。


 僕は教室の後ろの方で一人席に座って肘をついて本を読むふりをしていた。耳にはワイヤレスイヤホン。


『どう? 美味しい?』


 天宮さんの声が耳のそばでダイレクトに聞こえるというのは どうにも心が落ち着かない。本を読んだふりで下を向いているのは赤くなっているであろう顔を隠すのにもちょうどよかった。


「すっご! ハンバーグめちゃくちゃ美味しい!」

「冷えてこれ!? お店レベル!」

「うちのお母さんメシマズだったのかも、クラスメイトのハンバーグで私は感動している!」


 なんか独特の感想も入っていたけど、ハンバーグは まあまあの反応らしかった。天宮さん大好きな佐藤さんなんて涙を流して喜んでるし……。


 さて、気になるリアクションの一人が日向なわけだけど……。


「美味しい! 天宮さん、料理も上手なんだね!」

「にゃはははー、照れるなー」


 独特な照れ方の天宮さん。よかったな。日向に誉められて。無意識に僕は机を指でタッタッタッと叩いていた。顔も手で隠している。どう見ても本を読んでいるという風には見えないだろう。でも、教室の一番後ろだし、誰にも気にされてないと思う。


「じゃあ、レシピ通り作っていくけん、今日は見て覚えてー。明日からはみんなで練習しようねー」


 周囲のクラスメイト達はもらったメモに自分なりの補足をメモしているようだった。


 僕はここで一つ気が付いた。 あれ? あの子の持ってるシャーペン……。どこかで見たような気がしたけど……。今はどうでもいいことにした。それよりも天宮さんのほうだ。


 ホットプレートはうちのフライパンよりだいぶ大きい。うちのフライパンは たまご焼き用でそもそも小さ目だし、ホットプレートは たまご焼きを作るための物じゃない。5~6倍大きいのだ。


 天宮さんがたまごを焼き始めたまでは良かったけど、ひっくり返すのができないらしい。


『あ、うちのフライパンより大きい! ひっくり返すときどうしよう』


 彼女は上手く独り言みたいに、友だちに聞かれても不自然じゃないように困りごとを口にした。これは僕へのヘルプサインだろう。


 彼女は不器用だから、出汁巻きたまごみたいに たまごを焼きながら巻くことはできない。単にフライパンに卵液を流し込むだけだと たまご焼きに厚みが出ない。


 そこで僕が思いついたのは、一度焼いてそれを片面として、一度フライパンから取り出す方法。別にフライパンに卵液を入れて、固まる前に先のたまご焼きの「片面」を載せることで両面焼けている上に、ひっくり返さなくても厚みがある たまご焼きを作る方法なのだ。


 僕は同じ方法がホットプレートでも できるようにアイデアをその場で考え付いた。


「そのままの大きさでは作るのを諦めてください。ホットプレートの上でたまご焼きを10等分くらいにフライ返しで切るんです。それをトングで別の皿に移動させて、もう一度 卵液をホットプレートに流し込むんです。そのあと、先に10等分した たまご焼きをトングで並べたら うちでやったみたいにひっくり返したり、巻いたりしなくてもたまご焼きができるはずです」

『なるほど、分かった』

「え? なに?」


 天宮さんがとっさに僕のアドバイスに返事をした。それをクラスメイトが疑問に感じたのだろう。


「いーのいーの、こっちのこと。独り言やけん♪」


 上手くごまかしたようだ。


「はい、こうして表と裏を合わせて焼いたら大きなたまご焼きができたーーー!」


 なんとかうまく たまご焼きができたようだ。


「すっご! 巻いたりしなくていいんだ!」

「これ簡単!」

「私たちのために簡単な方法を考えてくれたんやろ!」


 クラスメイトにも好評みたいだ。変な勘違いが良いほうに働いているみたい。


 この「ワイヤレスイヤホン作戦」も概ね問題はないみたいだし、必要なら僕は遠くから天宮さんを助けることができそうだ。「買い出し」という仕事を終えた後なので、僕が当日 活躍をしなくても目立つサボり方をしなければ、クラスメイトからもクレームは出ないだろう。そこは日向に感謝だと思った。


 どうやら心配事はないらしい。ラノベじゃないんだから、当日ヤクザみたいな荒くれ者が来て 学園祭をめちゃくちゃにして行ったりはしない。そんなのはお話の中だけのもので、実際にいたら すぐさま警察を呼ぶことになるだけだ。


「なあ! これ見てくれよ!」


 別のところから坂本が縦長の大きな板を持って教室に駆けこんできた。


 その板の表面には「コンカフェ」という文字が浮彫で彫られている途中だった。


「どうや! 良かろー!? 文字も俺が書いたっつえー!」

「「「……」」」


 大きさから裁判所前で「無罪」とか書かれた紙を掲げる人みたいになっているが、クラスメイト達の反応は かなり静かなものだった。


「コンカフェの看板が木彫りってことはないんじゃない!?」

「お店のイメージとは合わん気がする」

「どこに置く気だよ」


 面白いくらいに大不評だった。


「日向くん、お願い」

「分かった。任せて」


 誰かが頼むと、日向が坂本に駆けよって行った。


「ここまで彫った努力はみんな認めるけど、コンカフェは もっとポップで親しみやすい感じにしたいんだ」

「これじゃダメってこと!? せっかくここまで彫ったのに!」

「うーん、それだと料亭とか蕎麦屋とかになりそうだし! コンカフェだから。コンカフェだよ?」


 木彫りの看板を作る人に その「感覚」を伝えることはできるのだろうか。


 坂本は教室の後ろのほうに連れてこられていた。そして、日向がこそこそと小声で説得に入ったみたい。奇しくも僕の席のすぐ近くで話しているので話が丸聞こえだ。それでも、僕は本を読むふりを続け聞こえていない振りを決め込んだ。


「坂本、その看板を作り進めたとして、誰が手伝ってくれる?」

「え? 俺一人でも彫り続けるけど?」

「板は良いと思うんだ。そんな大きな板は探しても中々見つからない」


 日向は坂本を全否定しない。人は否定されると意固地になるらしい。「イエス・バット・ノー」の方法で表面的には否定しないで、最終的には自分の意見の「ノー」を納得させる。日向にはそれができる。


「メイド服を着た女子の写真を撮って、そこにフォトショで文字を入れたやつを印刷したら目を惹く看板になると思わないかい?」

「それよりも、俺の男らしい文字のほうが……」


 センスがまるで違うのだから坂本が折れる様子は全くない。今回ばかりはさすがの日向でもダメかな?


「(こそっ)今、衣装合わせでコスプレした女子たちを撮影してくれるカメラマンが不足しているんだ。それを坂本に頼みたいんだけど……」

「木の看板とかコンカフェに合わんよな! やっぱり時代はフォトショだろ! よーし、俺がカメラマンするわ!」


 すごい、ものの数分で坂本の意見を180度変えた!


「みんなー! 坂本がカメラマンやってくれるって! 俺は坂本を衣装班のほうに連れて行くから、一旦 席外すね! 天宮さん、あとよろしく!」

「りょー!」


 坂本も日向も腕をぶんぶん振って教室を出て行った。すごい交渉術だった。やつは相当 頭の回転が良いと思う。


 でもまあ、僕たちのトラブルなんてこんなもんだよな。こんなもんだよ、きっと。なんか振りみたいな気がしてきた……。「起こりうる悪いことは、必ず起こる」……僕の物語はマーフィーの法則じゃないよね? 違うよね!?

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