第15話:学園祭の準備

 学園祭の準備は実に円滑に進んで行った。これは日向の企画力と采配の勝利だろう。


 まず、「お化け屋敷担当」。実際は、女子が中心でお化け屋敷がしたかったのではなく、ハロウィンのときにした 特殊メイクが忘れられずに、吸血鬼やゾンビナース、魔女、猫娘などのメイクをしただけかったらしい。


 メイド服やコスプレ服を多数持っているらしく、女子たちの衣装はほとんど賄えるらしかった。それでも、多少はサイズを調整したりするので「手芸担当」が活躍することになったらしい。


「コーヒー担当」がヤバかった。よくあるサイフォンの道具を一式持っているのはもちろん、ほぼ蒸気だけで動く珍しい業務用のコーヒーマシンも持っているとのことだった。その機械が500万円もして、既に市場には ほとんどない伝説のコーヒーマシンだということだった。


 日向が、コーヒーマシンのコーヒーと担当者が1杯ずつ入れるコーヒーとメニューを分ける提案をした。


 コスプレ店員が目の前で1杯ずつ淹れるコーヒーは1杯800円、伝説のコーヒーマシンの方は一度に大量に抽出できるので1杯300円。できるだけ人間が動かなくていいようにした価格設定らしかった。


「コンカフェ担当」は衣装の問題がいきなり解決して、みんながそれぞれ好きなものを選んだ。主に女子用しかなかったので、女子が中心に接客をすることになったのだが、手芸部女子たちが「執事も絶対に必要!」と謎のやる気を見せ、日向を中心として数人分は男子接客担当用の服も作られた。


 なお、手芸品と盆栽はそれぞれの趣味全開の物だったが、お店によってはハンドメイド品が置かれている喫茶店もあることから 割とマッチしていて疑問に思う人もいなかった。


 そして、僕的にやっかいなのが「仕入れ」だった。でも、僕は表舞台は絶対に向いてない。やっかいだけれども、仕入れ担当にしてくれたことに感謝しないとな。


「あの……、日向。仕入れ担当にしてくれてありがとう」

「え? ……うん。御厨は無理しなくていいんだよ。適材適所。人にはそれぞれ合った場所があるからね」


 日向は優しいなぁ。なぜこんなに優しいのか。これじゃ、同級生というよりは「お兄ちゃん」みたいだ。もっとも、僕には兄はいないからお兄ちゃんではないのだけど。


「しょーてんがい♪ しょーてんがい♪ しょーーーてんがいっ♪」


 日向と一緒だからか やたらとテンションが高い天宮さんは鼻歌で「商店街の歌」を歌いながら歩いている。多分、作詞作曲 天宮さんだ。


「天宮さん、付いてきてもらってありがとう。メニュー担当がいると助かるよ」


 天宮さんの気持ちを知ってか知らずか、さわやかな笑顔の日向。ここはクラスの……というより、学校で一番二番の陽キャの二大巨頭だ。


 そして、クラスで一番目立たないボッチの僕。この組み合わせは神様でも想像できなかっただろう。


「いーって、いーって。ちょうど商店街のほうに用事もあったけんねー」


 もしかして、それは僕の家で料理の練習をすることだろうか。今日はそんな約束はしていないのだけど……。


「いいね、こうして三人で歩くのって」

「そうやね」


 日向の言葉に天宮さんが同意した。本当は二人のほうがよかったに違いないのに。


「なつかしいなぁ」

「なんが? あ、商店街? あんまり行かんと?」

「そうだね。昔は駄菓子屋とか行ってたけど、最近はあんまり行く用事がないかな」


 お、会話が続いている。さすがコミュニケーションお化けの二人。僕は二人の後から黙ってついて行った。


「まずは、何が必要かな? 天宮さん」

「まずは、たまごでしょう! たまご焼きと言えば たまご!」


 たまごは比較的簡単だった。僕のレシピでは1食分の たまごサンドの玉子は1.5個だから必要数×1.5個を事前に注文しておけばいいだけだ。配達もしてくれるので楽だ。


「何食分くらいを想定してるんですか?」


 たまごの数を聞かれると思い、先に天宮さんに訊いてみた。


「何食分?」


 天宮さんはその質問をそのまま日向に投げた。


「そうだなぁ……。普通なら50食もあったら十分だと思うけど、天宮さんの人気を考えたら100食はないと瞬殺だろうね」

「そんなー」


 分かりやすいくらいに天宮さんが照れている。もういいんじゃない? 今 告白したら。多分、オーケー出ると思うし。


 1.5個×100食。いや、たまご焼きとハンバーグがあるんだから、半分の50食。たまご75個。1パック10個なので、8パック。1パック300円くらいだから、15パックで2400円くらい。多少予備も含めたら3000円くらいか。ここまで0.1秒以下。そんなことを頭の中で瞬時に計算していた。


「あと何が必要?」

「そうねー、調味料と……、はんぺん」

「はんぺん!?」


 天宮さんの言葉に日向が驚いている。そうだろうなぁ。はんぺんは普通 たまご焼きに使わないもんなぁ。


「天宮さんって料理上手なんだね」

「へへへー」


 日向の誉め言葉に天宮さんが液体化しているように照れている。なんだ、弁当を作るまでもなく、たまご焼きとハンバーグでミッションはコンプリートするんじゃないか?


「ハンバーグの方は?」

「アイビキと、玉子、パン粉……あと、舞茸」

「舞茸!?」


 僕がソースに使うのに提案したキノコが舞茸だった。ハンバーグと言えばなんとなくマッシュルームのほうが合いそうだけど、マッシュルームのグルタミン酸の量は32ミリグラム、舞茸のほうは180ミリグラムと圧倒的にうまみ成分が多い。


 旨味の相乗効果だと、ぶなしめじで約6倍、まいたけだと約20倍と圧倒的においしく感じる食材だ。


「すごいなぁ、天宮さん。メニュー担当を引き受けてくれて助かったよ」


 お、日向の中の天宮さんの株が上がった気がする。


 なんだろう、良いことのはずなのに僕の心の中には焦りのようなものがあった。


「あとはパンかな。パンもすごいのがあったりして?」


 日向の振りに天宮さんが急に挙動不審になる。


「そ、そりゃあね。すごいのもすごいの、もんのすごいのがあるけん!」


 天宮さんの視線が僕と合った。「助けて」ってことだろう。今、僕が言葉で伝えることはできない。単に頷いて親指で小さく進むべき方向を指し示した。


「こ、こっちやけん! こっちー」

「もう、店まで決まってるんだ。頼りになるなぁ」


 日向は天宮さんが指示した方向に進んで行く。僕もそのあとに続いたんだけど、天宮さんがドンと肩をぶつけてきた。


「(こそっ)なん? パンはなんがあると?」


 天宮さんが小さな声で訊いてきた。


 しまった。何も考えがなかった。パンは食パンでも頼めばいいと思っていたけど、「すごいの」でないといけなくなってしまった。たしか、この先には小さなパン屋があって、生地から作っている店がある。


 最近は、冷凍で仕入れた生地を焼くだけのパン屋もあるというから、この店は手間をかけて本物を作る良いお店だ。


「ブリオッシュ生地を準備してもらったら、焼くだけでクロワッサンみたいにサクサクになるよ。デニッシュ系全般に合うはずだから、甘いたまご焼きにもハンバーグにも合うはず」

「分かった」


 そして、お店についた。


「ここ?」


 日向が天宮さんに訊いた。


 天宮さんは日向に気づかれないように僕に視線を送ってきた。僕は、無言で頭をコクコクと縦に振って「そうだ」と肯定した。


「そう! ここなん」

「はい、いらっしゃいませ。なににしましょう」


 ちょうど、パン屋の若いおかみさんが顔を出した。ここは持ち帰り専門の小さなパン屋さんだ。普通、パンは大量に作らないと採算が取れないから 注文数はホテルが注文するみたいに大量に頼む必要がある。


 一方、このお店は有名店で修業した おかみさんが独立して作ったお店だ。まだ多分20代だと思うけど、小ロットの注文を受けてくれていて、個人店にパンを収めている いわばパン屋界のベンチャーみたいな店だ。小ロットから、中型店まで対応してくれる店なので、僕たちの学園祭には最適な店だと思う。


「えーと、今度 高校の学園祭で店をやることになりまして……」

「はい?」


 素っ頓狂な返事の若いおかみさん。そりゃ、パンを買いに来たと思った客が急に学校行事について話し始めたんだ。変なリアクションになるだろう。


 でも、そこは日向。持ち前のコミュ力で少ない言葉で こちらの都合を説明していく。この辺りが僕にはできないことだ。


「なるほど、承知しました。それでうちはどうしたらお役に立てますか?」


 すごい、本当に通じた。ほんの数分で協力してもらえそうになってる。


 日向はここで天宮さんに視線を送った。暗に「あとは説明お願い」ってことだろう。


「えっとぉー、ブリオッシュ生地!」

「ブリオッシュ生地ですか、センスありますね!」

「ほんとー? へへへ」


 いや、照れてる場合じゃないから。ブリオッシュ生地しか言ってないと相手には伝わらないから。


「学校で焼く感じですか?」

「え? はい! そう! 教室で焼きます!」

「それだと生地だけ作って、半冷凍でお届けしたらいいですか?」

「そ、そうやねー!」


 天宮さんの視線は僕の方に飛んできているけど、とりあえず頷いた。商店街の中古の厨房機器屋には窯もあったはず。教室で焼くとなると食パンで30分くらいかかる。大丈夫かな!?


「たまごサンドとハンバーグサンドを作るっちゃん」

「あ、美味しそうですね。サンドイッチなのにブリオッシュ生地って珍しいですね。珍しいから人気 出そうですね」

「へへへー」


 多分、天宮さん分かってないや。笑ってごまかしているな。「いっちょん分からん」って言われそうだから、後で説明しておくか。


 パンは1食で1枚くらいの計算。100食作るとしたら食パンが100枚必要となる。スーパーの食パンの8枚切りくらいの厚さを想定したら、ここのパン1斤で16枚取れるから7斤くらい焼くことになる。一度にいくつか焼ける窯があればギリギリ間に合うかな。


「注文単位は何になりますか?」

「キロ単位になります」


 横から僕が訊いた。1斤250グラムくらいだから、7斤で1750グラム。約2キロ頼めばいい計算だ。


 僕が指で「2」を示すと天宮さんはそれを見て「じゃあ、2キロ……なんですが いいですか?」と聞いていた。


 おかみさんも「大丈夫ですよ。ちょうど学校の近くのお店に配達しているので朝早くても良かったらお届けしますよ」なんて言ってくれた。


 失敗や問題はなかったはずだ。


 僕たちはこの後、厨房機器のお店に行きいくつかパン焼き器と たまご焼きやハンバーグを作るホットプレートを借りることができた。僕の予想通り日向の人当たりの良さと、天宮さんも含めてのルックスの良さでタダで貸してもらえることになった。


 本当にすごい。


 ここまでで僕の役目は終わったと思っていた。注文も間違いないみたいだし、僕の出る幕は終わったはずだった。


■お知らせ

本日、予定を大幅に超えて合計6話公開しました! ランキング的には苦しい戦いが続いていますが、応援してくださる皆様のおかげで書き切ることができました。


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