第11話:科学を最大限に活かしたハンバーグと疑惑

「今日はハンバーグの作り方を教えますね!」

「え!?  ハンバーグって素人でも作れるとー!?」


またこれだ。


「もちろん、作れます! 例によって一般的な作り方じゃなくて、僕が美味しいと思う作り方です」

「はい、師匠!」


 天宮さんの返事と共に敬礼のポーズがかわいい。


 少し恒例となりつつある うちでの料理教室だけど、ご飯、たまご焼きと制覇して、メインのハンバーグへとメニューは移行してきた。


 驚いたことに作り方さえ決まれば、数日後にはモノにしてくるのだ。はんぺんを使ったお弁当用の たまご焼きで、あまり器用ではない天宮さんでもできる工程だけで作った たまご焼きはもうできる。


 そうは言っても、料理はこれまでやってこなかったみたいだし。家にはお手伝いさんまでいて、完全に料理とは無縁の世界の住人だったことを考えると、その上達はすごいものを感じる。さすがスーパーギャルと言ったところだろうか。


「師匠! ハンバーグの作り方について調べてきました!」


 天宮さんが学校で発表するときみたいに右手を高らかに上げて宣言した。いつもの博多弁はどこに行った!?


「さすがです。では、発表してください」


 メモを取り出し、天宮さんの発表が始まった。


「まずは、玉ねぎをみじん切りにします」

「はい、合ってます」


 肯定に気をよくしたのか、明らかに天宮さんの表情が明るい。喜々として続きを読み始めた。


「アイビキ肉にパン粉、牛乳、塩と砂糖を少々、コショウも少々、おろしニンニクも入れて混ぜる。このとき、肉に手の温度が伝わらないように、氷水で十分 冷やしてから作業する」

「はい、ストップ。合ってるけど、それだとハンバーグは美味しくなくなります」

「え? 違った?」


 不安げな表情を浮かべるスーパーギャル。


「そうじゃないです。合ってるけど、世の中のレシピ自体が間違ってるんです。多くの人が誰かのレシピで料理を作ってるよね。僕も誰かのレシピを見るんだけど、科学的に合理性の高いレシピで料理を作ってるんです」

「どゆこと?」


 伝わらないか。やっぱり、僕のプレゼン能力はゴミクズだな。


「ごめん。僕は伝えるのが下手なので、科学の話 寄りになるけど付いてきてください」

「うん」


 僕は事前に準備していた合いびき肉に塩を振って見せた。そして、それをキッチンペーパーの上に置いた。ハンバーグみたいに丸じゃなくて、できるだけ薄くしておいたのだ。天宮さんの頭の上には「?」が浮かんでいるのが分かる。でも、僕は僕の考えを言葉で伝える術がない。


 しばらくすると、キッチンペーパーは水分でべちゃべちゃになってしまった。


「……」

「……」


 二人とも言葉が出ない。僕は天宮さんに伝わったと思ったけど、彼女は なおも伝わっていない表情をしている。


「えーと……ハンバーグの美味しさは主に肉の美味しさだと思っています」


 補足説明を頑張ることにした。


「そうやね。ハンバーグやしねー」

「そして、日本の場合、肉そのものの旨味よりも油の旨味が喜ばれているようです。例えば、ステーキは赤身肉よりもサーロインとかのほうが人気です」

「そーかも」


 良かった。ここまでは同意を得られた。


「先に塩を混ぜてしまったら浸透圧の関係で肉の水分は出ていく方向に働きます」

「あ!」


 ひらめいた表情だったので、天宮さんにも伝わったみたいだ。


「じゃあ、塩はない方がいいってこと? 美味しいの?」

「塩は使いますけど、僕は最後でいいと思ってます。あと、僕が買うような肉は安い肉なので、比較的硬いです。ハンバーグはやわらかい方が食べやすいし、食感がいいのでやわらかくしたいと思います」

「高いお肉を買うんじゃダメなの?」


 出た。お金持ちのお嬢様発言。マリーアントワネットのように「パンがなければケーキを食べればいい」的な。「肉がやわらかくなければ、やわらかい肉を買えばいい」みたいな。


「それでも良いけど、良い肉ならもっと美味しくなる方法だとしたら、やった方が良いと思いませんか?」

「そーやね。そんなんあるん?」


 ダメ元で説明を試みることにした。先に何をするのか知っておくことはゴールの設定が明確でその工程を理解しやすいはずと思ったからだ。


「まずは、玉ねぎはみじん切りしてレンチンします。こっちは水分を出したいので塩を振ります」

「うん……」


 僕は玉ねぎをみじん切りにして見せた。


「すごくない!? プロ!?」

「まあ、長いこと自炊してるから……」


 塩を少々とオリーブオイルを少し入れて電子レンジで3分かけた。そして、待ってる間にツナギを作ることにした。


 ツナギはパン粉に牛乳を入れて顆粒だしを入れた。


「ついでに、粉ゼラチンを少々」

「粉ゼラチン?」


 僕は粉ゼラチンの小袋をつまんで見せた。


「普通はゼリーとか作る材料だけど、肉のうまみを保持するために入れる感じです」

「美味しさのゼリーをハンバーグの中に閉じ込める感じ?」

「うまいこと言いますね。その通りです」


 次にベーコンを取り出してみじん切りにした。


「ハンバーグにベーコン!?」


 ここで玉ねぎのレンチンが終わったので、電子レンジから取り出した。


「玉ねぎはレンチンすることで細胞壁が壊れてフルクトースという甘み成分が出てきます」

「ふるく……とーす? なんそれ」


 玉ねぎのみじん切りを冷凍庫に入れて冷やし、いよいよ肉の登場だった。僕は冷蔵庫から合いびき肉を取り出した。


「合いびきは牛肉6割、豚肉4割くらいのものを選んでいます。牛肉はイノシン酸が豊富で旨味が強いですけど、熱を加えると硬くなりやすいです。一方で豚肉は油の融点が低いのでやわらかくなりやすいです。そこに乳酸発酵したベーコンを入れることで、さらに美味しく感じやすくなります。肉の総量の1パーセントの塩を入れて練ることでミオシンを発生させ結着させます」

「ちょ、ちょ、ちょ! 科学じゃん!」


 何を今さら。僕はきょとん顔だっただろう。でも、説明に集中しすぎて一人でぺらぺらと しゃべりすぎたかも。天宮さんが置いてけぼりだったかもしれない。


「料理は科学です」


 ツナギや卵黄、冷やしていた みじん切りの玉ねぎなども一緒にしてハンバーグのタネができた。小判型にして焼いて見せ、最後にソースづくりを説明することにした。


「ソースはケチャップに使ってあるトマトのグルタミン酸とキノコのグアニル酸を使って、肉のイノシン酸と合わせて相乗効果で人間は約20倍美味しさを感じると言われています」

「20倍!?」


 肉は焼いた後、少し休ませて余熱で中まで火が入った状態になった。そこに今作ったソースをかけて完成した。もちろん、肉から出た油もソースの材料の一つにしている。


「はい、完成。食べてみてください」


 フォークとナイフを受け取ると天宮さんは恐る恐る切って口に運んだ。


「なにこれ!? めちゃくちゃ美味しいやん!」


 人は美味しいと目を見開いて驚くんだな。作った料理が美味しいと言ってもらえるのは嬉しいものだと実感した。母さんはあんまり反応ないしな。


「よかったです。じゃあ、今からこのハンバーグを天宮さんも作っていきましょう」


 完璧だと思った。


 少し時間は取られたものの実演も兼ねてハンバーグを作って見せたんだ。各工程を僕が見ながらサポートしていけば、すぐにマスターできるはず!


 ……はずだった。


 まず、天宮さんは包丁を持ったことがなかったので、最初の工程の「たまねぎのみじん切り」ができないことが判明した。こんなオチが付くとは……。


「じゃあ、フードプロセッサーを……」


 ここまで言って近い未来が想像できた。フタを閉めないと回転しないフードプロセッサーを天才級の不器用さの天宮さんなら、フタなしで回転させかねない!


 そしたら、天宮さんがけがをしてしまうかもしれない。下手したら、一生「10」が数えられない身体になってしまうかもしれない。


「えーーー……『炒め玉ねぎピューレ』ってみじん切りにして炒めた商品があるので、今日はそれを使いますか……」

「なんか、テレビの料理番組みたいやね!」


 やっぱり、僕は他人が分からない。他人が分からないことが僕には理解できない。僕が天宮さんのことを理解しようと考えること自体、おこがましいのだろう。


 その例の一つとして最近、天宮さんがスマホをちょくちょく見ているんだ。誰かとメッセージのやり取りをしているみたいな感じ。僕にはそれが誰かは分からない。でも、彼女がメッセージを見たときや返しているときは笑顔なことが多い。


 それがどうにも僕を不安にさせるんだ。


 彼女はいつもバニラの香りにも似た甘い香りがする。多分、香水とかじゃなくて、女の子特有というか、彼女特有の香りだろう。


 スマホの画面を にこにこした笑顔で見ている彼女を見ていると、その画面の先に誰がいるのか気になってしょうがない。焼けたハンバーグの強い香りですら、今の僕には感じられないのだった。


 考えてみたら、天宮さんは歩いているとき、ときどき後ろを振り返ったり、街中で急にきょろきょろすることがある。この行動も気になる。僕は理解できないことがあると不安になる傾向にある。僕は天宮さんのことがもっと知りたいと思っている。


 その一方で、もう料理から天宮さんの興味が離れてきてしまっているんだろうか。もっと美味しい料理で天宮さんを惹きつけないと……。そんなことを考えていた。


 そして、現状を報告して、相談できる人なんて僕の頭の中には1人しかいなかった。


「はーーー……」


 無意識にため息が出た。


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