第9話:料理は科学!理想のたまご焼きとは
商店街で買い物を終え、僕たちは両手いっぱいの荷物を抱えて帰宅した。いつもだったら こんなに大量の買い物をすることなんてない。
今日だって買ったのは半分程度。とにかく、天宮さんが行く店 行く店でおまけをもらうのでこんなことに……。彼女の凄いところは何一つ
それどころか、今日行った店 全ての店員と仲良くなった! 僕がここまで来るのに何年かかったと思っているのか……。多分、彼女と話したかったんだろう。ギャル恐るべし。
「じゃあ、始めますか」
「はい! 師匠!」
僕のボロいアパートに天宮さんがいるってのが どうにも慣れない。あの天宮華恋がうちにいるんだから。どうにも心の置き所がない。今日はたまご焼きの作り方を教えたらすぐに帰ってもらおう。
「じゃあ、いつも通り手を洗ってから始めますか」
「ちょっと待って。今日はこれ持ってきたとよ!」
彼女が取り出したのはエプロン。ピンクと薄いグレーの縦ストライプのエプロンに、胸のところにフリルが付いている。ポケットはハート形とか かわいすぎる。
「ほら! どう!? 惚れた!?」
彼女はその かわいいエプロンを身に着けて、僕の前で1回転してみせた。
ギャルなのにエプロンが似合うとか反則だ。一般的に家事とかダメそうな印象のギャルが家庭的な象徴ともいえるエプロンが似合うとか……。
「そして、髪の毛はこう!」
天宮さんがシュシュで髪の毛を後ろの方でまとめた。ポニーテールみたいになって新鮮で またかわいかった。
「じゃ、じゃあ。始めますか」
「もうっ! もうちょっとリアクションしてもいいやーん!」
僕は手で口元を隠して、赤くなっているであろう自分の顔を隠すので精いっぱいだった。
「かわいいとか言っとけー!」
だめだ。かわいすぎて直視できない。両腕を上げて「きー」とお
***
「たまご焼きを作ります!」
「え!? たまご焼きって素人でも作れるとー!?」
えー、そこからー?
「たまごは卵白が60度で凝固し始めて、卵黄は65度で凝固し始めます。混ぜた卵黄は70度で凝固を始めます」
「なんか科学の実験みたいになってきた?」
「なにを言ってるんですか。料理は科学ですよ」
キッチンの上にはボウルとたまごを数個 取り出している状態。エプロン装備で「料理フォーム」の天宮さんが僕の顔を覗き込んで訊いてきた。直視できない僕はたまごを見ながら話している。
「弁当に入れる たまご焼きに大事なことってなんだか分かりますか?」
「やわらかくて ふわふわで甘くて美味しいこと? 半熟とろふわで!」
天宮さんは、「とろふわ」のところで表情もとろふわになった。はい、かわいいー!
「はい、ぶー。不正解です」
「なーんそれ!?」
まずは、「どんなものを作るのか」具体的なゴールを設定しないと物事は方向性が掴めない。僕は天宮さんと これから目指す「たまご焼き像」について話し合うことにした。
実物がないと話しにくいので、僕はだし巻きの要領で甘くて ふわふわのたまご焼きを作ってみせた。
「いや、これ作るの!? 私が!? あり得なくね!?」
「返すのが難しいですか? ちょっとやってみますか」
溶き卵とたまご焼き用のフライパンを渡して天宮さんにもやってもらった。たまごが巻けないと次のことを考えないといけなくなる。
「あれ? こ? いや! あー……」
スーパーギャルの天宮さんらしくなく、料理は苦手らしい。それどころか、動きを見たらだいぶ不器用らしい。
僕は頭の中で考えたプランを練り直す必要にせまられていた。
「天宮さん、ちょっとすいません」
「え? ええ?! えええーーーっ!?」
僕は天宮さんの後ろに立って、彼女の手を取ってフライパンのたまごを返してみせた。
「こうやって……こんな感じです!」
「え!? あ! うう……」
天宮さんが挙動不審だった。そして、顔が真っ赤だ。どうしたんだ!? 急に! 急な体調不良!?
あ、いつの間にか僕は天宮さんの手を握っていた。それも、両腕。しかも、彼女の真後ろに立って、抱きしめるような形になっている! つい、たまごを返すことに集中して全く意識してなかった!
しまった! たまご焼きを返すことに集中しすぎて、天宮さんの手を握るなんて暴挙を! 僕はなんてことを!
僕はすぐに離れた。
「ご、ごめんなさい。気づかなくて」
「いや、いーと、いーと。教えてくれよーちゃけん」
二人の間に変な間ができた。
「こほん……」
僕は仕切り直すことにした。あと、方向性も少し変えないと。
「たまごは栄養価が高いので、常温で放置すると菌の繁殖がすごくて食中毒の原因となります。弁当に入れるたまご焼きは完璧に火が通っている必要があるんです」
「えー、それじゃ、ふわふわにならんくなーい?」
天宮さんが困り顔でこちらを向いた。その顔がかわいいんですよ! 集中できなくなるから控えてほしいです。
「だから、家で食べるたまご焼きと弁当のたまご焼きでは材料も作り方も違うんです」
「マ!?」
良いリアクションだった。幾ばくか僕も
「玉子と……これを使います」
自慢気に買ってきた白い四角いやつを出してみせた。
「はぁ? なんこれ?」
どうやら天宮さんはこいつを知らなかったみたいだった。
「これははんぺんです」
「はんぺん?」
その「はんぺん」って言葉と同時に首を少し傾げるのもやめてください。かわいいんですよ! かわいすぎるんですよ! その技はどこで どうやって身に付けるんですか!?
「ほら、おでんとかに入ってることもある」
「んー、見たことない」
はんぺんは主に東日本ではメジャーだけど、西日本ではさつま揚げのほうがメジャーで、あまり馴染みがないかもしれない。福岡だとコンビニのおでんには入っているけど、家のおでんには入っている確率は低いだろう。
「こいつをほぐして卵液に混ぜるんです。ふわふわしてるのに しっかりしてるたまご焼きができます」
「ふーん」
あれ? あんまりお好みではない?
「たまご焼きって言ったら、ふわふわ、やわやわが定番やん?」
天宮さんのこだわりか。
「じゃあ、はんぺんバージョンを作ってみて、気に入らなかったら、別のバージョンを試してみますか」
「そんなんあると?」
ここで僕は沢山の案を瞬時に思いついた。0.1秒ほどで12種類ほど思いついたけど、そのうち現在の天宮さんの料理テクニックでできそうなものを2つほどチョイスした。
「山芋を入れたり、メレンゲを作ったり方法はいくらでも」
「じゃあ、早速!」
僕たちは たまご焼きを作り始めた。基本的に天宮さんは不器用らしい。たまごを落としたり、割ったら割ったで殻がボウルに入っていたり……。
「かき混ぜるってこれくらい?」
「はい、完全に白身と黄身が混ざるように」
天宮さんは一生懸命だった。表情でそれが分かる。
この情熱が日向に向けられたものなのが少し引っかかるものの、彼女の頑張りは応援したいと考えていた。
卵液は70度で凝固し始める。甘いたまご焼きは砂糖も入ってるので火が強いとすぐに焦げ付く。だから極弱火でじっくり焼く。
「この、巻くのが難しいっちゃんねー」
「たしかに。少し技術が要るかもしれませんね」
天宮さんは たまごを巻いたりするのはできないみたいだった。結構絶望的に……。
だし巻きみたいに薄く焼いて巻き、また薄く焼くの繰り返しの方法は巻くのが早すぎたり、遅くて たまごがパサパサになったりしてタイミングが難しいみたいだった。
「フライパンにだーって流すのは?」
僕は今の天宮さんでもできる案に切り替えた。
「さっきのはんぺんのやつ?」
「そう」
卵液にすり鉢ですりおろした はんぺんを入れると何もしなくても ふわふわになる。四角いフライパンならその卵液を流すだけで厚みのある ふわふわのたまご焼きができるのだ。
「じゃあ、フライパンにこの木のフタを載せて」
「こう?」
「そうそう」
天宮さんのために考えた たまご焼きの作り方はこうだ。
四角いフライパンにはんぺん入りの卵液を流す。フライパンはフッ素加工なので油がなくても焦げ付かない。
焼けたら木のフタを載せてフライパンごとひっくり返す。そしたら、木のフタの上に たまご焼きができる。
同じ作業で再度フライパンに卵液を流したところで、さっき焼いたたまご焼きを載せる。これで2倍の厚みのたまご焼きが簡単にできるのだ。両面に焼き目もついていて、仕上がりの見た目も美味しそう。
「これマ!? 超美味しくない!?」
一切れ切って、二人で試食してみた。
「うん、よくできてる。美味しいと思う」
「いやっ、ミックの教え方が上手いだけやしー」
天宮さんが急にキョドりだし、前髪を触りながらすごく気にしてる。
結局、僕たちは色々な方法の たまご焼きを試して「はんぺんたまご焼き」に落ち着いた。
「あとは回数やって練習するだけだね。レシピは紙に書いときますので」
「笠嶋さんとやってみる」
僕の知らない名前が出てきた。だから、その笠嶋さんは何者ですか?
「笠嶋さん?」
「あ、うちのお手伝いさん」
お母さんじゃないんだってのと、お手伝いさんがリアルにいる家なんだって2つの驚きが出た。
「でも、たまご焼きってたまごを焼けばできるって思っとったー。ミックの作り方って全然イメージと違った。オリジナル?」
「いやいや、ネットで調べたりしてます」
幸い情報はあふれてる世の中だ。その見つけ方のコツさえ掴めば どんなことも知ることができる。
「へへへー、私の たまご焼き美味しい?」
「うん、美味しいと思います」
「そっかぁー、へへへー」
天宮さんが日向のために頑張っていると思うと複雑な気はするけど、彼女を応援したい気持ちはあった。
(ガチャガチャ)そこで玄関ドアのカギが開けられる音が聞こえた。心配していたことが確定した瞬間だった。
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