第8話:弁当のメニューとうれし恥ずかし買い物と
「好きな弁当のおかずー? なんだそもの質問?? えー、なんだろ。たまご焼き?」
「ほ、他は?」
僕は昼休みに日向に質問していた。日向の好きな弁当のおかずを、だ。
昼休みだというのに教室のベランダで男二人で話してる状態。他のクラスメイト達は昼ごはんを食べたら教室外に行ってしまったり、教室内で遊んでいるようだ。だから、僕たちがいるベランダには興味がないらしい。
「いや、なんでもいいけど、これ絶対 天宮さんに言われて訊いてるだろ!」
「すごいな! よく分かったね!」
「いや、分からないはずがない!」
まだ質問の一つ目だったのにいきなりバレた。日向にあっさりバレた。
「あと、天宮さんには『それとなく訊いて』って言われなかったか?」
日向は少しバツが悪そうに頭をかきながら訊いた。
「言われた!」
どうして分かったんだろう。日向も俺と天宮さんの会話を聞いていたとか!?
「……まあいいや。じゃあ、ハンバーグとたまご焼きとかって答えといて」
はー、と日向がひとつため息をついて言った。
「分かった」
やっぱり日向はすごいな。僕と天宮さんの会話を聞いていたかのように言い当てた。僕はこの辺りの特殊能力が全く無い。少しは分けてほしいと思う。
僕は用事も終わったし、心置きなく屋上でご飯を食べようと 弁当箱を持って廊下に出た。
(バシッ)「痛っ!」
廊下に出ると同時にスネに激痛が走った。いや、正確には激痛というほどではない。驚いた方が大きかった。
目の前には
「天宮さん……?」
「ばか……」
それだけ言って天宮さんがズンズンと歩いて行った。あれは怒っている感じだった。
天宮さんの希望通り日向が好きな弁当のおかずを聞き出したのに、なぜ僕はスネを蹴られて、彼女は怒ってしまったのか……。
***
放課後、僕は帰路について少し足取りが軽かった。今日は買い物をして帰る日だ。買い物は面白い。まずは、今晩のおかずをイメージして、その材料を考え、必要なものを予めピックアップしておく。
そして、どの店で何を買うのか頭の中で考えながら動く。
当然、どの店で買えば一番安いか頭の中の底値表と比較しながら買う。これがパズルみたいで面白いのだ。
「のび太! 空き地に来い! 野球の人数が足りないんだ」
学校を出て少し人通りが少なくなったところで後ろから話しかけられた。もちろん、バットを担いだガキ大将の声ではなく、かわいい声。彼女が僕に話しかけるときは野球に誘う率が高いのだけど、何か意味があるのか。それとも国民的アニメではそれが日常会話なのか……。
「天宮さん……」
「なーん? その最っ高に嫌な顔はー!」
実際、嫌なんだよ。あの天宮華恋に気安く話しかけられるとか、危険物をはいっと渡されるのと同意だ。
「良いの? 放課後に僕みたいなのと一緒で……」
「合コンの話? 私、あーゆーの行かんけんねー」
昼間の天宮さんの友達との雑談のことを言っているのか。僕としては「こんなところで僕なんかと一緒にいて、変な噂が立ったとしても大丈夫なのか」という意味で訊いたんだけど……。
「あ、でも見つかったら、なし崩し的に凜に連れていかれるけん! 木の葉を隠すには森の中ってねー」
凜ってのは天宮さんを合コンに誘った友達のことだろう。たしか、結城凜……だったかな。あの後 名簿で確認したんだ。
たしかに、沢山の生徒にまぎれたら普通の生徒なら見つからないだろう。でも、彼女は天宮華恋なのだ。多分、同じ学校のやつだったら300メートルくらい離れていたって見つけるだろう。
「それよか、た・ま・ご・や・き♪」
普通に僕の隣を歩く天宮華恋様。僕の思考はめちゃくちゃになりつつあった。
彼女は今日の昼休みに、僕が日向から入手した情報として好きな弁当のおかずとしてまず挙げたのが「たまご焼き」だったということに基づいて、早速それを作りたいということだろう。
「きょ、今日も来るつもりですか?」
「なーん!? 悪いとー!?」
少し頬を膨らせて腰に手を当て、怒ったポーズの天宮さん。それ かわいい過ぎるから、ちょっとだけ控えてください。
「今日はちょっと……」
「あ! 女やん! 浮気やねーーー!?」
ありもしない天宮さんとのドキドキ学校生活を想像して心の中ではニヤニヤしてしまったが、そんな色っぽい理由ではない。
「浮気って……」
「じゃあ、男か女かで言ったらー?」
天宮さんが歩きながら僕の顔をのぞき込む。そのお
「男か女かで言ったら……女ですけど……」
「なーんそれ! 絶対付いていくけんねー!」
きー、と最終破壊兵器がお怒りだった。余計なことを考えながら会話していたので、押してはいけないボタンを気軽にポチポチ押してしまっていたようだ。
僕は色々諦めた。元々、僕に彼女を説得するような話法はない。それどころか まともな会話もままならない。相手は成績優秀で容姿端麗で
一方こっちはコミュ障なボッチ。硬さで言ったらダイヤモンドとグミくらい強さが違う。僕はそのまま予定していた道順で帰ることにした。
***
「悠くん、鯛の良いのが入ってるの!」
寄る予定のなかった鮮魚店の前を通りかかったときに、店の奥さんに声をかけられた。ぱっと見 全長60センチはあろうかという鯛が何匹も氷を敷き詰めたショーケースの上に並べられている。価格も手ごろ。今日でなければ買っていたかもしれない。今晩の夕飯のメニューを変える程度には魅力的なお誘いだったのだが……。
「あら、今日はかわいい彼女が一緒ー? いーわねー」
鮮魚店の奥さんの目は天宮華恋を見逃さなかった。
「あ、いや。彼女は彼女じゃなくて……」
僕は何を言っているのか、僕自身がよく分からない状態になっていた。完全に言葉選びを間違えている。今、偏差値2くらいしかないな。マンガだったら目がぐるぐると渦巻きを巻いている状況のあれだろう。
「かわいいや なんてー、ありがとうございますぅー」
天宮さんは まんざらじゃなかったらしい。
「あら、かわいいわー。肌はぴちぴちだし、ホワイトグレージュの髪なんておばさん嫉妬しちゃうー!」
「おばさんだなんて、まだまだお若いですよねー!」
なんだろう。天宮さんが普段の僕以上に鮮魚店の奥さんと円滑な会話をしている。
なんだろう。僕は何も言っていないのに全身から滝のような汗が噴き出している。頭のてっぺんの毛穴からも出ている。
「かわいい子には たくさんおまけするから、また来てねー」
「はい! ぜひぜひー♪」
なぜだろう。僕は天宮さんのシャツの裾を引っ張られながら商店街を進むことになった。
そこで終わらなかった。次は肉屋の大将に話しかけられた。
「ボウズ! 今日は かわいいの連れてんな!」
「あ、あの……その……」
たった一言で僕は動けなくなった。
「かわいいなんてー、おじさまもダンディーですね!」
「ダンディーと来たか。嬉しいね! おまけしちゃうから豚こま買ってかないか!?」
たしかに豚こまが安い。もしかしたら、ハンバーグも作ることになるかもしれない。一応 買っておくか。
「じゃ、じゃあ。300お願いします」
「はい、300ね! まいどっ!」
威勢よく精肉店の大将が柏手を打った。
竹の皮っぽい包装紙に豚こま300グラムを包んでくれた後、大将が僕の肩にぶつかってきて こっそり言った。
「精力が付くレバーおまけしとくな。またその子 連れて来いよな」
これまでおまけなんてほとんどもらったことがない。「かわいい」は正義なのか……。僕は苦笑いしか出ない。
「ブタコマサンビャクって何?」
出たよ、お嬢様属性。豚こまを知らないのか。
「『豚こま』は『豚肉の小間切れ』のことで、バラ、ロース、モモなんかの整形する際に出る小さく不ぞろいな切れ端を集めたもので……要するに、安い肉ってこと。300は300グラムってことですね」
「へー、専門用語とか かっこいいね! マフィアみたい」
豚こまが専門用語だったとは。またも苦笑いが出てしまった。あと、「マフィアみたい」ってのは独特の感性だなぁ……。
「あと、あのかわいいお店はなーん?」
天宮さんがこじんまりとした店舗を指差した。
「あそこは新しいパン屋さんで、どこかの有名店から独立した若いおかみさんが一人で始めた店ですね。種類は少ないけど、焼き立てで美味しいって人気みたいです」
「ふーん、よく買いにいくと?」
基本的に僕はごはん食だ。パンはそんなに食べない。オープンしたときに物珍しさで行ったきりだった。おかみさんは「まだ駆け出しで頑張らないといけないんです!」なんて言ってたな。
「そういえば、あんまり……」
「じゃあ、あれは!?」
今度はパッと見倉庫みたいなお店。
「あれは中古の厨房屋さんですね。業務用の冷蔵庫とか……」
「へー」
なんでも珍しそうにする彼女が微笑ましかった。
「ミック! この商店街 面白いね!」
「まあ、昔ながらの鶏肉しか扱ってない『かしわ専門店』とか、最新のラッピング商品しか扱ってない『ラッピング専門店』とか色々ありますね」
珍しかったのか、天宮さんはきょろきょろしていた。少し気になっていたのはやたら後ろを振り向いていたこと。
誰か後ろから付いてきているとか!? いや、いつも通り周囲の人が天宮さんのことを誉めているってことだろうか。例の「有名税」の類なのかもしれない。
この後も買い物する先々で「おまけ」をもらってしまったんだけど、天宮さんって多分すごい守護霊みたいなのが付いているんじゃないだろうか。今までこんなのもらったことないんだけど……。
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